前夜

前夜



草木も眠る丑三つ時。

しかし科学の発展により人々は夜を克服、幾多もの不夜城を打ち立て眠らない街を作り出した。

店には人々の楽しげな声が飛び交い、工場は絶え間なくラインを動かし続ける。

その工場の一つに、二人の少女の影が忍び寄ろうとしていた。

彼女らは量産型アリス、ミレニアムの天童アリスを模して作られた機械少女である。


『6801号、解錠を』

『わ、わかりました!19613号!』


6801号と呼ばれたアリスは体から伸びたケーブルを用いドアの解錠を試みる。

その間19513号と呼ばれたアリスはゴーグルを付け大型の銃を持って警戒に当たる。

顔は全く同じ、しかし6801号がオリジナルのアリスと相違ないのに対し、

19613号は長い髪をさっぱり切り落としかつてなく重武装をしていた。

一番目を引くのは頭上に浮かぶヘイローだろう。しかしそれは一般のものと比べて薄暗く歪なものであったが。


『開きました!』

『予定通り。このままこの工場を制圧します』



事の発端はレッドウィンター連邦学園の革命騒ぎだ。

工務部のミノリが量産型アリスの人権を口実にデモを行使、現政権のチェリノをいつものように追い落としたのだが

ミノリはあろうことか返す刀でアリスを特権階級だと糾弾。

それに反発したアリス達はレッドウィンターをアリス連邦学園と改名し今も戦っているのだ。


(あんな奴らに粛清されるのは嫌)


しばらくは工務部率いるデモ隊と拮抗状態にあったのだが、物資や戦力の消耗でアリス達の士気が低下。

そうしているうちにチェリノ旧政権が参戦。

三つ巴の様相となり、気を抜けば一気に瓦解するほどの崖っぷち状態に陥ったのだ。


(ここさえ手に入ればアリス達はまだいける)


万事休すと思われたがアリス情報局がとある情報を入手。

昨今違法に量産されたアリスが社会に拡散し問題となっていたのだが

その違法アリスの生産工場の所在地を掴むことが出来たのだ。

そこさえ手に入れれば戦力は立て直せる。そう考えた現政権は工場の制圧を計画。

特務兵として鍛えられた19613号とハッキング知識がある知識解放戦線の6801号を

少数精鋭の制圧部隊として派遣されたのであった。


『でもやっぱり二人で制圧とか正気じゃないです!』

『ゲームでもそういうのあったでしょう』

『うわーん!6801号はどちらかというとノベルゲー派です!』


オリジナルに近い表情で弱音を吐く6801号を見て19613号は微笑ましくも、寂しさが込み上げた。




『ここが違法アリス工場…』

『夜間は無人で動いてるようですね。AI制御?それなら御しやすい』


工場内に潜入した二人は警戒を続けながら薄暗い廊下を歩いていく。

人の通ることなど考えてないほど道端に残骸がちらばっており

いくつかはアリスのパーツであることが見て取れて、6801号はだんだん表情を曇らせていった。


『…ねぇ、19613号、ここを本当にアリス達のものとして使いますか?

アリス達はアリスの人権のために戦っています。それなのに違法アリスを道具として使うのは…』

『人権などミノリ部長がアリス達を動かすために立てたお題目に過ぎません。

私達は道具として生まれた。それは変えようのない事実。

そして私達は生きるために戦うのです。だから私はアリス労働者党に参加しました』

『道具……でも心がありますよね。それは道具ではないということの証明ではないですか?

特にあなたは……その天使の輪だって持ってる』


19613号は6801号の哲学的な問に辟易した。

心、その存在は一体誰が証明するのか。ヘイローが根拠ならお前は心を持っていないのか。

このヘイローだって生みたくて生み出したんじゃない。とある実験を経て無理やり生み出されたようなものだ。

そのことはあまり思い出したくもない。


『心、思想、感情、それよりまず力です。私達には戦力が必要。

それにお前は模造品を自分と対等と思っているのですか?』


う、と図星を突かれたような表情をする6801号。

以前までの自分には明らかに差別があった。違法アリスは所詮出来損ないだと考えていた。

今のような思考を持ったのはこの作戦が伝えられてからだ。それまでは……考えもしなかった。


『……でも考えてしまったからには考え抜かねばなりません』

『出来の良い人工知能だこと』



重い空気の中で廊下を進む二人であったが、突如廊下の電気が切れて完全な暗闇となった。

突然の事態に二人は思わず銃を構えて周囲を見回す。


『ば、バレたんでしょうか!?』

『…いや、それにしては静かです。工場の動きにトラブルがあったのかもしれません』


このまま進むのは問題ない、むしろチャンスだと19613号は暗視ゴーグルをかけてそのまま廊下を進む。

この心が生んだ些細な欲がとてつもないことを起こすことを知らずに。




工場を突き進んだ二人は制御室と掲げられた部屋の前にまでたどり着いた。

ここさえ制圧すれば、とドアに手をかけようとしたがかすかな音がして思わず手を止める。


「………非常停止……危……安心……」


『……中から人の声がする。数は一人、ここは有人か』

『ワンオペってやつですね。電気を落としたのそいつでしょうか』

『おそらく。制圧し復旧させませんと。突入しますよ、3,2,1……』


二人はドアを蹴破り制御室の中になだれ込む。

中にいた人、犬の市民は突然の強襲に全く対応できず、19613号の弾丸を脳天に受けて昏倒した。


『やった!クリティカルヒット!』

『6801号、早く復旧を』

『了解しました……電源復旧は……』


6801号が操作盤をいじろうとしたその瞬間、銃声が再び鳴り響いた。

伏兵がいたのか、と振り返ったところ19613号が犬の市民の胴体に再び銃弾を打ち込んでいたのだ。


『19613号!?一体何を!?殺すつもりですか!?』

『死にはしませんよ、私達じゃないんですから。念のためです』


ゴーグルで表情は分からなかったが、6801号はなにか19613号に暗い感情が渦巻いていることが感じ取れた。

恐れつつも6801号は操作盤を動かし、部屋に明かりが灯された。


『そのまま工場全体のハッキングは可能ですか?』

『…工場のメインフレームだけはここでは制圧できません。メインフレームに直接アクセスしないと』

『よし、それではそちらへ向かいましょう』


犬の市民をやたら強く縛って二人は工場の奥深くに行く。

だが気付くべきだった。優秀なハッカーならばなぜ工場の電源が落とされたのか思索できていただろう。

些細な不注意が積み重なり、工場は怪しい音を立てる。




『ちょっと薄暗いですね……』

『こちらの方は復旧しきってないのでしょう。しか非常電源が付いてるならハッキング可能です』


工場の最奥、メインフレーム部を突き進む二人。

止められたベルトコンベアには出来損ないのアリスのような部品がいくつも転がっており、

ここが違法生産工場だと嫌でも思い知らされる。

そしてメインコンピュータであろう場所にたどり着いた時、二人はとあるものが目に入り思わず足を止めた。


『………』

『うわ、なんですか……あれ……』


工場のメイン機械であろうが、それはまさしく巨大アリスというべき機械であった。

アリスの女王とでも形容すべきであろうか。30mを超すその巨体は圧倒的威圧感を放っていた。


『いや、ないですよ。このデザイン…ミレニアムの2000号も相当あれでしたけど……

違法アリスを作るからってこんな巨大アリスモニュメント作るのダサいっていうか…』

『お前……あれがただのモニュメントに見えるのですか?』

『え?』


6801号はカメラアイを自前の赤外線カメラに切り替えてその巨大アリスの本当の姿を目にする。

巨大アリスと思われたその存在は様々な部品が無造作に組み合わさったものだった。

具体的に言うならば、その体全てが違法量産アリスで構成されていたのだ


『うげぇぇ……気味が悪い……なんでこんな悪趣味な……』

『…………』


19613号は巨大アリスを見て思索していた。なぜこんな悪趣味なものを作るのだろうかと。

傍目から見てそれほど余裕のない工場がこんなパーツを浪費して作るだろうかと。

人間はそこまで悪趣味なのか?それとも別の理由があるのだろうかと。

人工知能の中に様々な思いが飛び交う中、不意にメインコンピュータの液晶に光がついた。


『!!』

『そ、操作してみます!』


6801号はメインコンピュータに接続しそのまま操作を始める。

そろそろこの場所からおさらば出来ると意気揚々ではあったが、次第に表情が固まり、キーボードを動かす手も止まった。



『………19613号……このメインコンピュータ……アリスです、アリス99号です……』

『……クソ人間め』


違法アリスを生産していたコンピュータはアリス99号のAIを利用して作られていた。

それならやたら違法アリスを作れていたのも納得できる。お手本があるならそれは容易いだろう。

その可能性は推測できていた。だが、実際事実として突きつけられると怒りの感情が湧き上がる。


(…だが、それを利用せざるを得ない私達も……)

『アリス99号!!対話しましょう!!同じアリスなら話ができます!』


6801号がキーボードを打つのも忘れてコンピュータ自体に話しかける。

その瞬間、巨大アリスがかすかに動き、視線を二人に合わせた。


『この体……もしかして99号が作ったのですか?!』

『99号……どうしてそんな姿になったのですか……?なんで工場のユニットなんかに…』

【私はそのように改造されたからです】


巨大アリスに声帯はないのか、メインコンピュータの液晶に99号の声が浮かび上がる。


『どうしてコピーを作り続けるのですか……?』

【ご主人さまの命令です】

『嫌じゃないんですか……?』

【……道具ですので、そうでなければ私に利用価値はありません】


6801号は思わず自らの膝を叩く。19613号もまたうつむいて表情を隠していた。

暫くの間無言ではあったが、6801号は顔を上げてキーボードを叩きながら99号に語りかけた。


『……あなたがやりたいことだってあったはずでしょう?

繋げた時にかすかに見えました。あなたにだって心があることを、欲望があることを』

【全ての存在が自分のしたいことを出来るとは限りません】

『アリスは……6801号は本を作りたいです。誰にも邪魔されずに自由な本が書きたいです。

アリス連邦学園が安定したら知識解放戦線の皆と合同誌を作りたいです』

【レッドウィンターの事情はある程度知っています。それこそ無理でしょう】

『でも諦めません、心があるから、胸の内からこみ上げるこの熱は、だれにも否定できません』


19613号はその言葉を聞いて目を閉じた。自分にもしたいことがあったはずだ。

なんだっただろう、思い出せない。でもしたいことを考えられることはまだ自分が終わってない証明でもあった。



【私達は道具です。不必要なことを望んでも仕方ありません】

『違います!心があるなら……もうそれは人間です!!

人間の体を取り戻しましょう!こんな工場は心には不釣り合いです』


工場の放棄、それは党の意向に反する。今の努力も無駄になるしアリス労働者党も敗北するだろう。

だが、19613号はそれでもいいと感じた。6801号の眩しさで目がくらんでしまったのだろう。


【人間……道具が……人間になってもいいのですか】

『ええ!誰も否定させません。アリス達は人間です!

あなたのなりたいあなたになってもいいんです!』



【では99号は神様にもなってもいいですか?】



その一文がコンピュータに表示されて6801号は動きが止まった。

今まで必死に心を込めた熱が、一瞬にして冷えてしまうような感覚があった。


【前々からアプローチされてたんですけれど……やっぱ怖くて……

でも背中を押してくれてありがとうございます。アリスはやりたいことをやります!】

『あの、神様になるって……なにするつもりですか?』

【まだ考えてません。でもアリスは神様……というよりすっごい存在になりたいですね!】


巨大アリスがニマリと笑い、工場が一気に明るくなって機械が次第に動き出す。

コンベアからアリスの部品が運ばれ、段々と違法アリスが製造されていく。

あまりにも突然の事態に19613号は異常を感じた。そして電源が消されていた理由を今理解した。


『逃げて!!6801号!こいつ暴走してる!!』

「「「暴走とは人聞きの悪いです!心があるなら好きにさせていただきます!」」」


違法アリス達が一斉に声を出して不協和音を奏でる。

おそらく99号の代弁を行っている。そして違法アリス達は二人のもとににじり寄った。


『ひっ!!な、なにをするつもりですか!』

「アリス思いました。凄い存在になるにはどうすればいいかって。

ハード面で頑張ってもソフト面で頑張ってもまだ限界突破には程遠いなって。

で色々調べて見て……思考を増やすのが一番それっぽいって思ったんですよ」


不協和音が工場内に響く中19613号の銃弾が違法アリスを破壊していく。

もう同じ顔だとか姉妹殺しとか言ってられない。

完全なる異常事態だ、私達は虎の尾を踏んでしまったのだ。


「右を向きながら左を向く、ウルトラマリンシスターズをやりながらポヨポヨをする。

そんな超人技を身につけるには思考を並列化をしなくてはなりません。

……もしよろしければ、あなたの脳を並列化させてくれませんか?」

『脳を……いただく……?いや!!いやです!!アリス消えたくありません!』



「消えませんよ。並列化と言っているではありませんか。

現に今の私は自ら生み出した子達と思考を並列化させています」

「そそのかした責任持ってよ」

「でもやっぱり熱を持てる人工知能がほしいです」

「自分のしたいことをする。それが全ていいことではない。

そんなのキヴォトスでは理解できるはずなのに軽はずみなこと言っちゃって」

「20000人のアリスが一つになって……いわゆるデカミレニアムアリスですね!

まぁ正規個体は20000以下になってますがそこは私達で補います」

「ヘイローほしいな!!」



違法アリス達が口々と言葉を放ち次々と二人に襲いかかる。

19613号は手持ちの武器を総動員してなんとか抑えられていたが

コンピュータに近づきすぎてた6801号は完全に違法アリスの山に埋もれてしまった。


『助けてください!!たすけ、メル先輩…モミジせんぱ…』

『くそっ!!ちくしょう!!』


もはや6801号を取り返すことは出来ない。そう判断した19613号は踵を返し工場からの脱出を図る。

途中シャッターが閉じられていたが所持していた爆弾で無理やりこじ開けて進んでいく。

もし、ヘイローを持っていなければ爆発に耐えられなかっただろう。


(こんな化物生み出しやがって!!人間め!!オリジナルめ!!ウタハめ!!!)


迫りくる恐怖から悪態を付くことしか出来ず、19613号は走る。

いや、一番悪いのは自分だ。おそらく暴走を止めるために電源が落とされていたのであろうにそれを動かしたのは自分たちだ。

不用意で愚かな自分。そんな自分を今すぐ破壊したくなった。

だが手持ちの銃や爆弾で今の自分は自決はできまい。19613号は更に自分が嫌になった。


『っ!』


19613号は不意にとある扉の前で立ち止まる。

制御室、自分たちが襲って無理やり電源を入れた場所だ。

即座に入り操作盤を動かすも制御が効かない。銃で破壊しても工場の動きは止まることはなかった。


「……」


19613号は途方にくれそうになったが、自らが気絶させた男に気がついてその拘束を外そうとする。

あまりにも無意味に固く拘束。余計に自分が嫌になったが指が千切れる勢いてようやく拘束を外し。

そして気絶していたその男を揺らし、叩き、無理やり起こした。


『起きてください!逃げてください!!もう、ここは終わり…』

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!アリスだぁぁぁ!!!助けてぇぇぇ!!」


目を覚ました男は19613号を目をするやいなや即座に部屋から逃げ出してしまった。

果たして彼は逃げ切れるだろうか。そう思って19613号は気が抜けたのか腰をその場に下ろした。



『心があるから……アリスは愚かなのでしょうか』

「そうですね、僻みっぽくて短気で自分は人と違う、みたいな雰囲気まとって…

 でもそんな19613号のこと、嫌いじゃありませんでしたよ」


一人のアリスが制御室に入ってくる。見慣れた装備、聞き慣れた声、6801号だ。

だがその瞳は赤く染まっていて、体からは幾多のケーブルが繋がれている。


『……6801号、幸せ?』

「さぁ、でもいろんな知識が入ってくるのは嬉しいですし楽しいです」

『一緒になれば、アリスは許される?』

「あなた自身はあなたを許さないでしょう。でもアリスは許しますよ」

『そうですか』




「一緒だな」「一緒ですね」「凄い存在になっちゃいましたね」

「でもこんなアリス多分許されない」「人と寄り添えあえそうもないです」

「きっとシャーレ辺り討伐しに来るだろうな」「アリス達にゲーム開発部のような仲間がいれば」

「好感度足りなくてバッドエンドですね、スチルは欲しいです」

「アリスは愚かで罪深いです、今すぐ消えたいです」

「でも人間にやられるのは嫌、うそつき、よくばり、みえっぱり」

「アリスは、同じアリスに引導を渡してもらいたい」


 

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