前スレ19ルート

前スレ19ルート


荒涼たる合戦場があった。


地獄の軍団が如き怪物たちを無数に率い、輝く鉄騎(マシン)にて睨み合う鎧の騎士(アーマードライダー)。橙と紺の鎧武者と、銀と紅の鉄騎士。

それを高みから見下ろす、また鎧の騎士。泰然と座する緑と白の剣客と、その傍らに立ち見に構える紫と緑の銃士。やはり軍勢を従えて。

戦場の高揚が場を満たしていく。

ここを征した者こそ、この戦いを終わりにできる、天下無双の勝者。


そして一際高い崖のような、あるいは特等席のような場所に佇む白き異貌の女。険しく……あるいは悲しげに見守る。

その光景は、女がその異貌を持って現れた瞬間から、過去を遡って決まっていた未来の姿。女自身の行動によって限られてしまった可能性の形。

名付けるなら、運命。


重厚な装備が似つかわしくない、小柄さとなよやかな曲線の伺える体躯で、騎馬を駆り立てる鎧武者。

スマートな意匠と迷いのない佇まいでその身の誇り貴きを物語り、真紅の鋼の戦馬で迎え撃つ鉄騎士。

見守る女には最早、立ち会う『武神』を止める手立てはなく。

こんな未来にならないための力だったはずなのに。

涙が溢れるよりも早く、二騎は軍勢を率いて剣を打ち交わす──




──そのとき、まさに、時空が歪んだ。


白き女の様子が変わった。

先程よりも背が低い。

先程にはあった女性的な細さと丸みがいくらか、骨太に引き締まったものへと変わっている。

それどころか、先程と明らかに顔が違う。

なによりも表情が……先程の険しさと物悲しさを、決意と覚悟に入れ替えて。

先程の女は無手だったその小さな手には、一欠片の『禁断の果実』。


  《《この、世界最強のパワーの鍵を開けたら、俺達の運命はどこに繋がっていくだろう?》》


女が睥睨する崖下には、やはり悪魔の軍団もかくやたる軍勢。だが今やそれらは皆で入り混じって徒党を組み、女を見上げていた。

銀と紅の鉄騎士。

緑と白の剣客。

紫と緑の銃士。

数え切れないほどの鎧の騎士。

そして、橙と紺を灰色に褪せさせた鎧武者。


戦場の高揚が場を満たしていく。

彼女を征した者こそ、この戦いを終わりにできる、天下無双の勝者。


得物を手に見上げる『武神』たちを見下ろしながら、女もまた高らかに叫ぶ。


「  !」


橙と紺を銀色に染め上げた、鎧武者。

女は、『その運命』を負いながらも、まだ『武神』で在り続けていた。

ここを征した時、彼女にもまた、この戦いを終わりにできる資格が与えられるのだ。その身の銀を黄金に磨き上げ、天下無双の勝者となる資格が。


そう、運命が──


「──形を変えた。満足かい、『始まりの女』。いや、今や『元・始まりの女』と呼ぶべきかな。あるいはただ、高司舞と呼ぼうか?」


その場にいながら、世界そのものから一枚のカーテンを隔てたような『そこ』に、彼らは立っていた。

独りは、ターバンとサイケな意匠の民族意匠のような男。爛々と光る目と不敵な笑み。そして大仰な、それでいてしなやかな仕草。例えるなら、蛇のような男であった。

また独りは、先程の、光景が変わる前にいた異貌の女だった。だが、彼女の悲嘆は先程よりも色濃い。そして彼女の纏う『白』そのものが、儚い金色の光と粒となって、どうやら薄れていくようだった。


「どうしてなの……私は、こんなことになるためになんか……!思うように行かなくても、己詩にも、戒斗にも、ミッチにも、苦しんでほしくなくて……」


選び抜いた天下無双の勝者へ、禁断の果実を手渡す『始まりの女』。白い女は、未来で『始まりの女』となった高司舞。

だがその身に禁断の果実を宿すまでに流れた血と悲嘆を許せなかった彼女は、過去へと渡り、大切な人たちが戦いに巻き込まれないよう働きかけようとした。

しかし、皮肉なことに。


「そうだな。だからこそ、お前が話すあいつらを、俺はこのゲームの『本命』と見て取った。お前の無謀な干渉こそが運命を固定したわけだが……」


白銀に染まった橙と紺の鎧武者が、手にした大剣でまた挑戦者を斬りつける。

黒の…否、可能性を失った灰色の和騎士は、その手の黒槍ごと地に伏せた。


「ただ一人。女の身の葛葉己詩は、『始まりの男』にはなれない。元来、最も本命から遠いはずの存在だ。それなのにお前はむしろ、奴にこそ強く働きかけていたな。俺は、そこが面白いと考えた。本命になれないはずなのに最も本命に近いものを受けている。その歪さが、ゲームに更なるスリルと、番狂わせを与えると期待して。しかしまさか……」


蛇の男の見る先、次の挑戦者を迎え撃つ白銀の鎧武者の、フルーツバスケットを思わせる果物たちが刻まれた胸。実は豊かなその胸の奥に、金色の光が明滅する。それは鼓動。

胸の光に連動するように、鎧武者が今まさに手を添えて鍵を回すように操作したベルトのアタッチメントもまた明滅する。

  《《状況、打開していく程に》》

虚空から現れた剣の雨が、北欧の騎士とバイキングを合わせたような出で立ちの『武神』を打ち、その赤色の…否、可能性を失った灰色の体躯が派手に打ち捨てられた。


「……奴が黄金の果実を手にするなんて特大の番狂わせがあるとはな。目をかけた甲斐があったってもんだ。

 『始まりの女』交代。これでゲームは全く分からなくなったぜ。まだ立っている者全てに可能性が生まれるだろう。全ての挑戦者が奴とその胸の果実を手にするために戦う資格を得ることになるのさ。お前の出現によって縛られたルールを、奴は見事に破壊したんだ」


ギョロつかせた目を爛々と輝かせながら、身振り手振りで心底愉しげに、蛇は語る。

『武神』たちが鎧武者を取り囲む光景を背に、蛇が大股で歩き出す。

白の…白を失いつつある女の背後をぐるりと回るような歩み。


「時間の強制力は、お前自身が実感したように強大だ。お前の無謀で何が変わるわけでもないと思ってたんだが……なんとお前は、まさに自分の運命を変えた!実におめでとう、お前は新しい未来を勝ち取ったのさ!」


「勝ち取ったって何!?己詩に全部押し付けただけじゃない!他人の辛いことを全部引き受けちゃういつもの優しい己詩に、今度こそ誰にも分かち合えない辛いことを!こんなの……もっと酷いよ……っ!」


『それでいいんだよ、舞』


その声。『白かった』女……舞は、自分から黄金の粒子となって乖離した『白』が、新たなる形を創り出していたのを見た。

  《《変わらない願い》》

それは、紛れもない、舞の大切な親友。

小柄な自分よりなお少し小柄で。そのくせ誰よりもアクロバティックなダンスができて。

小柄で筋肉質な体がちょっとコンプレックスだって愚痴るような女の子で。

優しくて強くて、優しいから誰かのために傷付いて、強いからもっと強くならきゃって傷付いて。

いつだって一緒だったのに離れて、いつの間にか取り返しのつかないものを喪って。

喪ったものの代わりに、欲しくもないものをいくつも押し付けられて。

それでも笑って戦える……戦わなきゃならなくなった──


「己詩……」


──ただの女の子。だったのに。

舞から離れた白い色がそのまま己詩にまとわりついたかのような出で立ち。

小柄で活動的な彼女にあわせてか細部が違っている。しかし、その金髪も、赤い片目も、白いドレスも、舞自身が、先ほどまで身に纏っていたものに違いなく。

そして入れ替わるようにいつものチーム鎧武のジャケット姿に戻っていた舞の出で立ちが、その身の犯した罪を物語っていた。


「ようこそ、葛葉己詩。新しい『始まりの女』よ」


蛇……サガラは、腕を広げて歓迎を示す。

白い己詩は、サガラには一瞥もくれずに、困ったように、いつものように微笑みながら、舞を抱きしめた。

……その、己詩の感触をなんと形容しよう?

暖かいとも冷たいともつかない。己詩らしい飾り気のないあの香りもしない。心臓の鼓動音さえどこか堅く、ビートが異なっている。

葛葉己詩は、変わり果てていた。


「ごめん……ごめんね、己詩……っ。こんなの、酷いよねっ。私、己詩も戒斗もミッチも傷ついてほしくなかっただけなのに。私が無茶したら、いつだって己詩と裕也が助けてくれて……結局また、私の無茶を己詩が助けてくれた。私、あの日のインベスゲームのときから何も変わってない、もう裕也だっていないのに!」


『いいんだ、舞。言ったじゃん、最初に変身したとき、お前を守るためならって。

 私は変わりたかった。責任を引き受けることが大人になるってことなら、私が引き受けるべき責任はこれだった。あの日、ドライバーを手にして、白い舞に出会って、裕也を手にかけたんだから。それでも立ち止まらないって、裕也に誓ったんだから。ね、裕也は、この誓いのなかに、私と一緒にいるよ』


変わり果てたことがはっきりと分かるのに、声は、言葉は、その想いだけは、葛葉己詩そのもので、己詩の背に回した舞の手を震わせる。

その様を、一歩も動かずに、サガラが見守っていた。


「それじゃ、お前の選択は変わらないな、葛葉己詩」


『あぁ。押しつけられたんじゃない。犠牲でもない。これが、私が大人になるってこと。望むこと。私の希望』


己詩がサガラに向ける眼差しは激しい。覚悟と、真っ直ぐな希望。番狂わせを現実のものにした、サガラが最も求めた瞳。

一転、舞に戻した視線はまた優しい。だが、どこか儚い。


「己詩……?」


『つまり、変身だよ、舞。変身』


涙と微笑み。大人になりきれない少女たちと、見守る蛇の背後で、戦いはついに膠着状態に陥っていた。何合と武器を打ち併せるも、一向に誰もが決着をつけられないでいる。

これから新しい戦局……新しい未来が展開されていくのだろう。

洋騎士を打ち払った銀の鎧武者が、顔を上げた。己詩と目が合う。

無双セイバーを天に掲げて、己詩に合図を送るように頷いてみせた『武神』の姿を、舞が見ることはなかった。


『……時間みたいだ。行かなきゃ』


不意に離れたその身を追って顔を上げた舞は、自分の手が透き通り、目の前の己詩が、素通りで見渡せることに気がついた。

そして己詩もまた、黄金の光芒とともに、その世界から消えていく。


「これって……」


『新しい今、現実の舞は普通の人間として生きている。その舞のなかに、お前も一体になっていくんだと思う。だから、後は任せて。ミッチも戒斗も、チャッキーもラットも、ザックや城ノ内、ペコも、姉ちゃんも、坂東さんやシャルモンのおっさんも、みんな、なんとかしてみせるよ』


「己詩……?」


『ここからは、私のステージだ。だから、生きて。舞』


あの勇ましい決め台詞を、そんな悲しい意味に変えて。

葛葉己詩は、現実の世界に……戦いに戻っていった。


ふと、舞の視界に、この荒涼たる世界ではやく、見慣れた沢芽市の、いつものガレージの景観が滲むように見えてきていた。

きっと、今の現実の舞の視界だ。このまま溶け合うように、当たり前のように、舞は『始まりの女』ではない、ただの舞に戻るのだろう。

既に背後で打ち合う『武神』たちの音も気配も遠い。

もう、何もかもが遅い。舞は、何もかも己詩に押し付けて、生きていくのだ。己詩のくれた平凡な幸せを噛み締めながら、残された者の努めとして。

そんなことを考えながら力なく座り込む舞に、サガラは、語りかけた。


「それで、お前は何を残す?」


「え……?」


「未来は変わり、『始まりの女』というお前は可能性を失って、今を生きている高司舞に統合されることになるだろう。だが、仮にも黄金の果実の担い手だったお前には、ただでは消えないくらいの力は残ってるはずだ。果実が潰える時ってのは、種子を残すもんだからな」


視界に滲む現実の舞の視界にも、いつものDJ姿のサガラが見える。DJのサガラと蛇のサガラが重なって、現実とこの『可能性』の世界で、同じ会話がなされる。


「「己詩は、何をしようとしてるの?」」


「「究極の掟破りさ。本来、『始まりの女』は、最後の勝者に黄金の果実を手渡す役割だ。つまり、裁定者であり、選定者に過ぎない。あくまで選ばれた勝者に渡すために持たされてるだけで、果実のもつ力を自在に使う資格はないってわけだな。だが、奴は自分を選んだ」」


「「自分を……?」」


サガラはニヤリと笑って、わざとらしく『お手上げだ』のポーズをした。


「「このゲームのルールじゃ、『始まりの女』が果実を勝ち取ることはできない。だが奴は、誰も選ぶつもりがない。黄金の果実が齎す最後の運命を、誰にも渡すつもりがないのさ。この意味、あんたになら分かるだろう?」」


──背後に、騎馬の蹄の音。

舞は噛み締めるように言った。


「「誰も巻き込まないつもりなんだよ、己詩は。世界を救って、世界から追い出される、そんな役割を、自分だけで背負うつもりで……」」


「「あいつらしいよな。勿論、そんなことは不可能なはずだ。だが、俺はかつて奴に言った。そんな世界のルール、ぶっ壊せってな。だから、奴のとるべき手は一つ。誰よりも先を往くこと。奴と果実を求める挑戦者悉くを退け、勝ち取らなければならない。我こそが最も果実に相応しい、天下無双の勝者だという証を!」」


拳を握って、サガラはそんな究極の番狂わせを夢想する。今や有り得ない話ではない。

──新しい鎧の戦士の気配。


「「世界を護るために……世界と戦うつもりだなんて……」」


「「だから、おまえだけに聞いてるんだ。そんな葛葉己詩を前に、お前は何を選ぶ?見ぬ振りか?もぎ取るか?」」


ぐっと、舞は手を握り締めた。

涙を拭って、瞬き。

すると、あのガレージで、白い自分が目の前にいて、手を差し伸べる光景が見えた。

だが同時に見える、白い手を差し伸べる先に、あのガレージに座り込むいつもの自分がいる光景。

手に手を重ねると、白金の光が手を満たす。

「     。    、           」

白い自分が告げた言葉は、きっといつもの。


──あの荒涼たる景観に新たな色彩が差し込んだ。


瞬き。

いつの間にか、見える景色はガレージだけになっていた。

いやずっと舞はガレージにいた。それなのに髪や肌に、砂っぽい錯覚がある。

ガレージの耳が痛いほどの静けさと、ダンスステージよりもテンションの高い集団の声を聞いたような残響。

何か、とんでもないことを己詩にしてしまった、そんな悔いに似た想いがある。

何かを託されたような気配と、託したような予感がある。


──ステージに乱入者。ビートを上げろ。


「押し付けたままでなんていられないよ、己詩。今度は一人になんてさせないから……!」


口をついた言葉の意味は、舞自身、分からなかった。だが、ステージに立った時のような決意だけがある。これからステップを踏み出す、そんな高ぶり。

そう、舞の手の中に。

──銀の鎧武者の前に立つ、新たな『武神』のベルトに。

白いオレンジ。オレンジエナジーロックシード。


私の押しつけた運命の重荷を、返してもらう。

いや、一緒に背負うために!!


──白金・ボーナスステージ!その運命に名付けて、アーマードライダー鎧武・真!


──役者は出揃った。誰が禁断の果実を手にするのか、あるいは誰も手に出来ないままに終わるのか。さぁ、ゲーム再開といこうじゃないか!


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