初恋を知る、その前に

初恋を知る、その前に

生存if/🥗コラさんがポーラータング号に乗る話


……十三年。

十三年もの長い時間を、あたしはドレスローザで、あの兄の庇護の元で、仮死状態の儘ただ眠って過ごしていたらしい。

「よく戻って来た、ロシナンテ」

記憶より随分と老いたセンゴクさんが、恩人に嘘を付いて死に掛けた裏切り者の義娘を、震える手で強く抱き締めながら教えてくれた。


────────────


寝たきり状態の身体は筋力が削がれていく。十三年も寝たきり状態なら、本来起き上がるのも難しい筈。ただ、有難い事に主治医の先生に『十三年寝たきり状態だったとは思えない』と言われる程、あたしはあっさりと杖無しでも歩ける様になった。最も激しい運動は不可だけど。それでも、退院までは後もう少し。そんな穏やかな陽射しの午後二時頃。

お見舞いに来てくれたセンゴクさんから『自由に生きなさい』そんな言葉と共に、あたしに引き合わせたい人物が居るのだと言った。"今のあたしに"という時点でその人物が誰なのか、確信にも近い予感がした。

予想通りの人物が病室の扉を開けた時、あたしはどんな表情をしていたのだろうか。

センゴクさんからドレスローザでの事のあらましは聞いていた。ハートの海賊団船長『死の外科医』の手配書も見せて貰っていた。まぁ、海軍に所属していないのはその境遇を考えれば仕方ないけれども、海賊になっているとは。しかも、あのドフラミンゴを打ち倒してしまうなんて。……あたしは、ローを縛る気なんて、無かったのに。

「……コラさん」

だから、こうして目の前にすると複雑な気持ちになる。あたしが海軍所属な事はローに明かしていなかった。嫌われていても可笑しくないと思っていたのに、目の前のローは何処か嬉しそうに目元を緩める。

「大きくなったなぁ、ロー」

思わず口を付いて出た言葉は本心だった。あたしの記憶上ではほんの少し前、実際には十三年前に命懸けで助けたクソガキは、随分と大きくなっていた。白い肌は何処にも見当たらず、両手に刺青までしちまって。あたしの膝辺りの背丈しかない位ちんちくりんだった背はスラリと縦に伸びて。随分と男前になったなぁ、と素直に感嘆する。嗚呼、本当に良かっ


「コラさん、俺も愛してる」


ぴゃっと思わず肩が跳ねる。すぐにあの時の返事だと気付いたけれど、今のローに言われるのは何だかとても心臓に宜しく無かった。ローからすれば39歳のオバサンでも、感覚は心身共に完全に26歳の儘なのだ。とはいえロー相手に勘違い仕掛けるなんて。危なかった。気を付けないと。そんな事を考えるあたしを置いて、あたしの知らない表情でローは言う。

「隣町からは随分と遠回りしちまったけど。約束通り、一緒に世界を見て回ろう。俺の船に来てくれよ、コラさん」

「……そ、れは」

言葉に詰まる。確かに約束した。だけど其れは、破る筈の約束だった、から。

「……まぁ、コラさんの返事がどうであれ連れてくけどな。海賊ってのは欲しいモンは力ずくで奪っちまうもんだ。知ってるだろ、元海軍中佐サマ」

悪役めいた笑みでこんな事を言っているけれど、何だかんだ義理堅いローはあたしの考えを尊重してくれる事を知っている。だから、本当に嫌ならただ一言『嫌だ』と言うだけで良い。

こんなドジで戦力の一つにも成らない元天竜人をローの船に乗せるなんて、迷惑にしかなり得ないと理性が咎める。

……でも、分かっていた。例え再度センゴクさんを裏切る事になろうとも、例え大人としてはぐらかし諭したとしても、ローがあたしを求める限り『あたし自身』がローを選んでしまうんだって事。

だから、諭す言葉を呑み込みはぐらかす唇を閉じて、腕を伸ばして彼を抱きしめる。ローは、答えを急かす事も無く静かに抱き締め返してくれた。

「……"room"、"タクト"」

気付けば、狭い鳥籠では無く窓の外何処までも続く薄青の膜に覆われて、あたしの身体は勝手に宙を浮きローに横抱きにされていた。流石は究極とまで謳われたオペオペの実の能力者と言うべきだろうか。

全く、本当にイイ男になったなぁ。愛おしくなって、記憶の中の幼いローが被っていたのとよく似たデザインの帽子にそっと口付けを落とす。



「……ロー、」


どうか、海賊らしく


有無を言わさず、連れてって。






「……"シャンブルズ"」




────────────




結局、脅しでは無く本当に有無も言わさず連れて来てしまった。十三年間亡くしたのだとばかり思っていた、俺の恩人にして初恋の人。

「へぇ〜、これがローの船か?潜水艦なんて凄いなぁ」

俺が無理矢理連れて来た筈のその人は、ポーラータング号の前で逃げるでもなく暢気にそんな事を言う。

「あ!お帰りなさい、キャプテン!」

「……ああ、ただいま」

クルー達の同意を得る為とは言え、これから乗せるのが俺の恩人である事を教えてしまったのが悪かったのか、甲板には気になって仕方ないらしい野次馬共の姿があった。彼らから注がれる何時も通りの挨拶ですら浮かれてしまうのは、間違いなく俺の真後ろではしゃぐ存在の所為だろう。

どうしても浮かれてしまい、とある事を俺は完全に忘れていた。急いで振り返って、

「あ、コラさん。そこ濡れてて滑るから気を付け────」

……遅かった。そう俺が言っている合間にもコラさんは器用に足を滑らせて、其の儘ドシャっと3m近い巨体が地面に落ちる。

「ちょ、大丈夫ですか!?」

焦った様なペンギンの声に、

「ドジった!」

なんて言って、可愛らしく笑うコラさんは相も変わらずドジっ子の儘で、それが今はただひたすらに愛おしかった。




────────────




オマケ

ひらり、真っ白なビブルカード一枚残してもぬけの殻となった病室にて。




あの娘がどうして色んな事を諦めなくてはならないのだと、ガープに愚痴を零した事は一度や二度では無い。ドジも愛嬌と言わんばかりに、親の欲目込みの評価ではあれど真っ直ぐ可愛らしく育った義理の愛娘は然し、その元天竜人という出自の所為で成長するにつれ、恋愛・結婚というモノに興味を示さなくなっていった。

それどころか、その手の話題を露骨に避ける始末。恋愛や結婚ばかりが幸せでは無いのは重々承知だが、然し。その理由を思えば『どうして』と思わざるを得なかった。

そんな、どんなに歳を重ねようと可愛くて可愛くて仕方の無い愛娘を白昼堂々と攫って行ったあの海賊は心底腹立たしい。

…───だが、


「あの娘の旅路に幸多からん事を」

そう願わずに居られないのは、どれだけ手が掛からなくなろうとも、どれだけ遠く離れてしまっても、子供の幸福を願うのが親の愛だからだろう。

Report Page