初めての釣り

初めての釣り




───都内某所


「偶には黙って糸垂らすってのも乙なもんだろ」


「壱護さん、俺釣りなんてやった事無いんだけど」


「僕も無いなぁ、でも東京にもこんな所があったなんて初めて知りましたよ。よく知ってましたね社長」


僕達は今、都内のとある釣り堀に来ている。社長が大口の契約をようやく締結させられたとの事だったので、それの骨休めで行くところに同行させてもらった。学校の課題も終わらせて暇をしていたアクアにも声を掛けていたようで、今日はいちごプロの男衆3人でのオフだ。


「良い所だろ、昔っからの馴染みの場所なんだよ。必要なモンは全部レンタル出来て、手ぶらで良いから楽だ」


「ふーん…」


アクアも少し興味が湧いてきたのかな、先ほどから受付の中をキョロキョロと見渡しているみたいだ。

その間に社長が受付を終わらせてくれたようで、人数分の釣竿とその他必要な道具を持って来た。


「ほら、借りてきたぞ。んじゃ早速行こうぜ」


───釣り堀


受付を済ませた僕らは、入り口から釣り堀エリアへと入った。そこには、東京の中だとは思えないような景色が広がっていた。

木々に囲まれた広い湖、そして水面から跳び跳ねる魚。僕もアクアも、初めて見る景色に圧倒された。


「「おお……」」


「ここだとメインはイワナとかヤマメ、ニジマスが釣れるな。釣った魚は捌いてもらってその場でも食えるし、持ち帰りも出来るぞ」


その言葉に僕達は素早く反応。どうやらアクアも同じ事を考えたようだね……


((アイとルビーにお土産を!))


─────────。


3人で糸を垂らして1時間。時々当たりは来るものの、釣り上げるとなるとこれが中々どうして難しい。社長がもう4匹釣ってるのに対し、僕とアクアはまだ1匹ずつだ。

焦りそうになる心を落ち着けていると、社長がアクアに声を掛けた。


「おいアクア、最近どうなんだ?役者としての調子はよ」


「……今の俺は役者崩れだ。どうもこうも無いよ」


「スレてんなぁ。こう見えてよ、俺は結構お前に期待してんだぜ?なんせヒカルの……おっと、外でする話じゃねぇな」


今ここに居るのは僕達3人だけ。だが噂というのはどこで聞かれているか、どこから漏れるかなんて分からないもの。用心に越したことは無いだろう。


「…俺にはアイのような人を惹き付けるような才能も、有馬のような演技力も無い。役者としての星野アクアなんて、掃いて捨てる程居る人間の1人なんだよ」


「アクア……」


自嘲のような表情でそう呟くアクア。父親として励まそうとしたその時、社長がアクアに対して口を開いた。


「いいんじゃねーの?それでも」


その言葉に驚いて目を見開くアクア。


「アイはアイで、有馬かなは有馬かな。それと同じみてえにお前はお前だろ。有馬かなにアイのような演技は難しいだろうし。逆は…まぁあいつに周りを立てる演技なんて出来ねぇだろ」


だからよ、と言いながら社長がアクアの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。


「お前にはお前の演技ってもんがある。お前はまだまだガキなんだからよ、そのうち見つけられるさ」


そんな社長の言葉に、いつかのやり取りを思い出す。

事務仕事を早く覚えるために奔走していたあの日、期待してると言ってくれたあの時の社長の顔を。


「…壱護さん、俺は………っ!?」


その時、突如アクアが糸を垂らしていた竿が強くしなる。竿のしなり具合から見ると素人の僕でも分かる、これは相当な大物の予感だ。


「竿を立てろアクア!持ってかれちまうぞ!」


「頑張ってアクア!」


「く…ぉ、こん……の……!」


竿を引っ張られないよう必死でこらえるアクア。本人は役者崩れだと口では悲観的な物言いだが、体はある程度きちんと鍛えている。そのはずなのにアクアの腕は魚が掛かってからずっとプルプルと震えている。魚の引っ張る力ってこんなにも強いのかと驚いた。

10分以上魚との力比べ根比べをして疲労したアクア。だがそれは相手も同様らしく、引っ張る力がかなり弱まっている。


「アクア、いけ!一気に引っ張り上げろ!」


「う、お、お、おぉ!!」


アクアが最後の力を振り絞って、全力で竿を持ち上げる。

バシャア、という大きな音と大量の水飛沫と共に水面から姿を現した特大のニジマス。そのサイズは1mにも届こうかという程のヌシみたいな獲物だった。


10分以上にも渡る格闘の末、勝ったのはアクアだ。肩で息をしながら自分が釣り上げた獲物を見つめる。その大きさに満足したような爽やかな微笑で呟く。


「…たまにはこういうのも、悪くないな」



この後も3人で釣りを続け、合計10数匹程の釣果を達成した。

釣り上げた魚を全部捌いて下処理をしてもらい、その内3匹を3人で1匹ずつ焼いていただいた。残りは全ていちごプロに持ち帰り、ミヤコさん達も巻き込んで盛大な晩御飯にし、皆で心行くまで味わった。



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