初めてのラブ・パンドラ

初めてのラブ・パンドラ


夜の八時。チケットを持ち扉の前で合言葉を唱えれば、案内人がやってくる。

そんな如何にもな都市伝説の話を聞いた後、そのチケットが手元に舞い込んで来た。舞い込んで来た、というか、一応は

手渡されたのだろう。ポケットティッシュを配る活動に紛れて。

だから、それは気まぐれだった。暇潰しにもならない行いとして、その青年はやってみた。


「ヘーイヘイヘイヘイヘーイ!いっち名様ぁ~?」

「ご案内致します、どうぞ此方へ」


案内人がやって来た。不自然なほどに光り輝く扉の先から。


「お財布の準備はOK?予算はどんだけ?ああ大丈夫!カードも使えるよん!」


そして現れた案内人は、白と黒の二人組。片や男用のキッチリとしたタキシード、もう片方はオフィスレディと言った風体。

快活に笑みを見せるのは、真っ白な女。白いタキシードに白い髪の毛を短めのポニーテールにしている。

髪に一房混じった黒と、黒い鳥のような翼、そして真っ赤な瞳がコントラストを引き立たせる。


「御予算の方をあらかじめ提示して頂ければ、此方でプランを組む事も可能です」


もう片方は寡黙で堅物と言った感じの、真っ黒な女。黒のスーツ、黒いボブカット、褐色の肌。

髪に一房混じった白と、白い蝙蝠のような翼、そして金色の瞳がコントラストを引き立たせる。

どちらも、極上の美女と言った風体。


「そいじゃあ!」

「参りましょう」


財布あり、携帯あり、異常事態だけどまぁ多分大丈夫。そんな感じで頷いた青年を、彼女たちは左右から挟み込んだ。

ぐい、と白い女に右手を引っ張られ、むにゅり、と黒い女に左手に抱き着かれる。

素っ頓狂な声を上げて女を見やるが、黒い女は前を向いたまま事も無げに言う。


「当てていますのでご堪能下さい。暫し退屈な道のりの手慰みになれば僥倖です」

「あっははははは!うひゃあだって!うひゃあ!女慣れしてないのかにゃ~……おっぶぇ!」


一しきり笑い揶揄うように顔を覗き込んで来た白い女の額に、何かがぶつけられたらしい。野太い声を上げ仰け反る。

ぶつけたのは隣の黒い女だろう。微かに眉根を寄せ、指の先で何かがバチバチと音を立てている。


「ライティーヌ、お客様への無礼は許しません」

「うえー、レフティが怒ったぁ~暴力反対~」

「……お気分を損ねてしまい申し訳ありません、お客様。この補填は必ず」


スッと青年の傍から離れ、前方で深々と謝罪を口にする黒い女に、青年は慌てて気にしていない事を伝える。

補填というなら、あの胸の感触で大分元は取れているらけで……。

青年の言葉を聞いても尚、頭を下げ続ける黒い女に顔を上げて欲しいと言うと、彼女は漸く顔を上げた。


「寛大な処置、痛み入ります」

「よ!お大臣!あんたが大将!」

「ライティーヌ」

「すいませんでした」


無感情に白い女の名を呼ぶ黒い女に、流石に反省したらしい白い女はぺこりと頭を下げた。

ともあれ、彼女らに手を引かれ扉の先に進み出る。

先ほどまでまで光に溢れていた扉を抜けると、そこには未知の世界が広がっていた。


絨毯のごとく敷き詰められた宝石の歩道。幾つもの扉から案内されてやってくる、異様な姿の来訪者たち。

その誰もが真っすぐに宝石の歩道を進み、その果てにある建物へと入っていく。

ライトアップされた大きな館、ネオンの看板をギラギラと輝かせ、妖艶な美女のイラストが描かれた看板には異国の言語で

こう書かれていた。


「ようこそ、ラブ・パンドラへ。申し遅れました、私、案内人を務めるレフティーナ」

「そっして私が同じく案内人!超絶きゃわいいライティーヌちゃんでーす!ライティって呼んでね!」


かくして青年は、ラブ・パンドラへ初めての来訪を体験する事となったのだった。


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「————うん、いらっしゃい。新たなお客様」


だゆん、ぼいん、どゆん。目の前で揺れるとんでもない質量に、青年の眼は釘付けになった。

扉を入ってすぐ、どういう仕組みか扉は一つ。豪奢な個室へと通された。そして即座に眼前に飛び込んできたのが、

淡い水色、透明感のある浅葱色と言うべきか、兎角そんな印象を受けるナイトドレスに包まれたそれは、

重力と慣性の法則に従い、所有者の些細な動作でぶるんと揺れるのだ。


「お客様、視線を上に」

「ふふ、熱視線。火傷してしまいそうね」


くすくすと鈴を転がすような声に、ハッとして顔を上げる。あまりにも失礼な行いだったと所有者の顔を見る。

そこでまた視線が釘付けとなる。

長い浅葱色の髪の毛を長く伸ばし、片目を隠しても尚、その美貌はあまりにも輝かしかった。

透き通る様に白い肌、薄く塗られたリップは厚みのある唇の魅力を引き立て、艶やかな印象を深める黒子。

眠たげな瞳はどういうわけか見る角度でその色合いを変えていく。


「……私はこのキャバクラ「ラブ・パンドラ」のオーナー。皆からはマダム・セントレアと呼ばれています」


どうぞ、お座り下さいな。そう言ってす、と彼女が手を翳すと、音もなく椅子が現れる。椅子と彼女を見やると、

再びどうぞ、と言う身振り。腰を下ろすと酷く座り心地が良い。

笑みを浮かべて後ろを向き、カツカツとハイヒールの音を立てて自らの席に向かうマダム。長い髪が揺れ、その隙間から

美しい程に白い背中が見え、そしてこれまたどっちりとしたデカい尻が揺れる。

滑らかな所作で腰を下ろした彼女は、その巨大な胸の果実を机の上にどぼんと乗せる。改めて、凄まじい質量だ。


「失礼、吸わせて頂きます」


またしても、無音の内に手の内に煙管が握られていた。魔女のような三角帽子を少し傾け口に加えると、

脇に控えていたレフティーナが流れるような動作で火を点けた。


「ふぅー………ああ、お吸いになられますか?」


煙を吐き出してから、マダムは青年を見て微笑む。青年は大きく心臓が跳ねる感覚を覚えながら、ぶんぶんと手を振って遠慮を示す。

その様に、くすくすとマダムは笑う。


「ですか。最近は吸う方も少なくなって寂しい限り」

「時代ですねぇ~、時代時代。全部時代が悪いぜロッケンロー!」

「ライティーヌ」


背後でわちゃつく黒白を無視して、マダムは改めて青年を見据えた。妖しく輝く瞳は、飲み込まれそうな雰囲気がある。


「————」


見透かされている、と青年は思った。

恐らくこの人物の眼は自分の何もかもを、これまでの行いやら性癖やら何から何まで見透かしているのだと。

自分程度は紙袋を開ける程度の容易さで見透かされてしまうのだろうと。


「……お気を悪くなされないでね?」


気付けば、目の前で彼女が青年を覗き込んでいた。様々な要因で、心臓が跳ねあがる。

香水のにおいか、それとも先ほどまで吸っていたもののにおいか、甘く爽やかな香りがする。

美しい顔に魅力的な肢体が、目と鼻の先にある。


「つい最近、狼藉を働く方が現れまして。ええ、注意深く見る事にしているのです」


そう言って、彼女は少し悲しそうな顔をした。青年は怖いもの知らずも居たものだな、と思う。


「ですが、お客様は問題ありません。失礼を致しました……レフティ」

「はい、マダム。お客様、此方を」


すい、と渡されたのは豪奢なチケットだ。これは……?


「割引券となります。有効に御活用下さい」

「ライティ」

「あいあい、マダム!パパンがパンッと!」


セントレアの言葉に、彼女たちは何をすべきか分かっているのだろう。ライティーヌが三度手を打って鳴らすと、

青年の前にずらりと写真が並ぶ。彼女たちの全体像と顔のアップ、それから……金額。


「うちはパネマジとか一切皆無の真面目なお店!全員写真通りの姿だよん!さぁさぁ!誰にするぅ?」

「ふふ……とは言え、決まっているのですけれどね」


すい、とセントレアは一つの写真を手に取り、青年に手渡した。


「その子が、あなたをこの店に誘い込んだ者です。この初回、その娘に限っては、料金は頂きません」

「たぁだし!追加で嬢を呼ぶなら当然追加料金!かつ広間での接待となりまーす!」

「1対1であるならば、個室でのお相手となります」


どうなさいますか?青年は、その言葉に答えた。


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「うぉーっほっほっほっほっほっほぉー!!股間に埋め込まれた真珠は12個ですわー!!」

「あ、当たりだッ!!!!!相変わらずすごいぜゴルゴーネちゃんの千里眼!!!!!!」


途中で通った広間では愉快な人らが騒いでいた。こっちでも楽しかったかもしれない。




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