列雌馴隷 ~巨臀型(舞踊習得済)~

列雌馴隷 ~巨臀型(舞踊習得済)~


 亥の刻(午後九時)に入り、いよいよ夜も更けたる頃。

 江戸でも有数の大店の、広大な敷地にある一室にて。

「ぐふふふ。越後屋、お主も良い趣味よのう……!」

「いえいえ! お代官様ほどでは! ですが、此度の趣向、此度の仕上がりには、些か自信があるのも確かですな」

 徳川の世も、百五十年を数えようというこの時代には、『唯』はすっかり広く行き渡っていた。

『唯』

 かつて由井正雪と名付けられたホムンクルスを元にした、類稀な美女の姿をした肉人形である。

 本来は、自己と同一の複製体を作り続ける人工生命であったので、「元にした」というのは、やや語弊があるはずであった。しかし、やはりその複製機能も完全ではなく、代を重ねるごとに、微妙な差異が生まれるようになっていた。そのため、今では「元にした」というのが正しく、様々に違った唯たちが世に溢れている。

 もっとも、それらの唯たちの差異は、元々の機能の不備以上に、所有者による後天的な工夫によるものが大きい。

 唯たちが、流石に庶民の手の届くものではなく、上流階級だけの特典であるとはいえ、彼らの間では一般的になってきたこの時世。唯にどのような趣向を凝らすかを競い合い、披露し合うことは、彼らの当たり前の娯楽となっていた。

 今宵、此の場もまた、越後屋主人が新たに工夫した唯の仕上がりを見せようと、懇意にしている代官を招いたものである。ちなみに、この代官は所謂「悪代官」の誹りを受けるような人物ではない。真面目に能く務め、部下や町民からの評判も良い。

 唯で遊ぶことは、なんら咎められるようなことではないのだ。現在の日本で例えるなら、時計や装飾品に凝るようなものである。

 かつて、由井正雪であった彼女たちは、この太平の世において、あくまで物。高級な嗜好品でしかないのだ。

「ふうむ……だが、凄いものだな……!」

 改めて、越後屋が出してきたその唯を眺め、代官は唸った。

 圧巻である。

 職責にふさわしい貫録を備えた彼をして、圧倒されずにはいられなかった。

「南蛮の女のそれは、こちらの女より、倍も大きいなどという噂を聞いて、どれだけ尾鰭を付けているのかと鼻で笑ったものだが……さては真であろうか」

「いやいやいや! お代官様、私は向こうの女の現物を見たことがありまするが、確かに大きい。ですが、せいぜいこちらの女より二回り程度のこと。この唯ほどではありませぬよ」

 それは。尻のことであった。

 並んで座る二人から一間半ほど離れて、命じられた姿勢をとって静止した唯。反対側を向いて、膝に手をあて上体を倒し、男たちに向かって突き出している、その尻。

 その、尻であった。

 大きい。あまりに大きかった。

 祖型となった由井正雪も、細見でありながら並以上に肉付きは良かったが、その比ではない。

 汎人類史において、西暦二千年前後の日本では、グラマラスな女体に対して「爆裂」などという形容を付けることがある。一体どういうことなのか、頓珍漢に感じられるかもしれないが、この唯を、この唯の尻を見れば、言葉ではなく心で、魂で、股間で理解できる。させられてしまう。

 まさしく。これは、爆裂だ。

 爆ぜんばかりの豊臀、裂けんばかりの弾力である。

 むちむち、むちむち、と。肉の躍動する音が、聞こえてくるようだ。

 尻房の片方ずつが、その持ち主の小さな頭よりも、明らかに大きい。

 肌は透き通るように白く、神秘的な程であるのに、その下に敷き詰められた膨大な質量はあまりに即物的であった。男の本能に、油どころか爆薬を注ぐ猥褻物、無法煽情存在であった。

 経験豊富な代官も、それ以上に彼女に慣れているはずの越後屋までも、とうに先走りの汁で褌を汚していた。

「いやぁ……大きい……大きいなぁ……!」

 興奮に乾いた代官の唇からは、単純な感嘆だけが漏れていた。幼少時より厳しく躾けられたはずの教養など、煩悩の彼方へ吹き飛んでいる。

「おお、おお……ああ、あれだ、これは……そう、富士っ。この自身の小ささを思い知るような、心根から崇敬の念が湧いてくる心地は、そう、富士の山を見上げた時のようだ……!」

 ようやくそれなりの言の葉を紡ぎ出すが、かえって底抜けに馬鹿っぽい。

「そうでしょう、そうでしょう! 南蛮渡来の薬や食物、唐土の者の秘伝の技など、蔵を三つは潰しましたぞ。ですが、それだけの価値は、その程度安すぎるほどの価値は、ありますでしょう、この尻っ! この唯の途方もないデカ尻にはっ!」

「然り然りっ……! 蔵三つ分、丸ごと金を詰め込んでも、この双臀に詰まった肉にはまるで及ばぬ! でかした越後屋っ、天晴れっ、天晴れじゃぞっ……!」

「ありがとうございます、ありがとーぅございますっ! あはははは!」

「ふはっ! ふはははははははは!」

 しばし、哄笑を競い合い、協奏させる二人。その間も、二人二組、四個の眼は、凝っと唯の巨尻に見入っていた。

「ところで越後屋よ。この唯、名前は何と言うのじゃ?」

 一頻り笑った後、ようやくふと我に返る瞬間が来て、覚えた気恥ずかしさを誤魔化すために尋ねる。

「ええ、ええ。随分と悩んだのですが、どれだけ考えても、他の名前は思いつかず」

「と、いうことは」

「はい。聡明なお代官様ならお察しのことでしょう。ええ――『おケツ』と」

「おケツ、か。ふむ。まったくこの唯にふさわしい名であるな!」

「そうでしょうそうでしょう!」

「そうだそうだ! ――ぷっ」

「ふっ、ふふふっ!」

「ぷっ、ぷくっ、ぶはははは! 越後屋、そちもお馬鹿よのお! お馬鹿さんよのお!」

「はははは! しかしお代官様、こんな馬鹿みたいな尻を見せつけられては、馬鹿にもなりましょうぞ!」

「うはっ! そうじゃのお! 馬鹿みたいな尻じゃ。およそ現のものとは思えぬ戯言のような尻じゃわい!」

 楽しくて堪らない代官と越後屋に、微動だにせず尻を突き出し続けている唯。

 おケツなどと名付けられた彼女の顔は、能面のように見えてその実、微かな揺らぎがあった。

 自我はほとんどないものとして扱われている唯であるが、それなりに長く接した者は察している。自我がないわけではなく、心を壊され、気力を根こそぎにされ、ひたすら従順になっているだけなのだと。そして、それを知った上で、彼女の内心がどのように千々に乱れているか、いかに乱れさせるかを楽しむのが、この道の玄人とされていた。

「ところでお代官様。このおケツですがね、ただ馬鹿みたいにケツがデカいだけのおケツではないのですよ……ぷぷっ」

「そうかそうか! おケツめは――ぷふっ! お、おケツめは、ケツのデカさ以外にも取り柄があると申すか! 流石は越後屋じゃ。よう仕込んでおる! ……ぷっ、ぷぷぷ!」

「早速ご覧に入れましょう。ほれ、おケツ! お代官様に、お前の芸を見て貰え」

はいご主人様、ご覧くださいお代官様、と静かな声で二言述べると、おケツはこの二月余り、徹底して練習させられ、仕込まれた芸を披露する。

「っ……ぬ、ぬおぉ……!? こ、これはぁ……!?」

 あまりの衝撃に、絶句する代官。すでに十数時間も楽しんでいる越後屋も、依然として飽きることなく見入っていた。

「ふっ、ふんっ、あっああんっ……♪ あん♪ あ、あん、あ、あはぁ~んっ……♪」

 おケツと名付けられた唯は、歌っていた。

 露骨すぎる媚びた喘ぎ声は、明確に意図した旋律をなぞっている。

 本邦の音楽とは、まるで違う。現在日本でならば、ムーディでアップテンポで、そしてあからさまな性の匂いを纏わせた曲、と言えば大まかな想像はつくだろう。

 自分で歌うその卑猥な音律に合わせて、おケツは、その巨大な、膨大な、凄まじい質量を誇る馬鹿デカいケツを、振っていた。振って振って、振りたくり、振り乱し、振り狂っていた。

 両脚をガバリと開いて腰を落とし、四股を踏んだような体勢は、動き辛いはずである。にも関わらず、腹筋や腰、腿などの筋肉を巧みに使って、おケツは尻を振っていた。

 代官は最初、それをおケツ自身の動作だとは思えなかった。地震が起きたのかと錯覚したのだ。おケツのケツだけに。そうであっても不思議ではないほどの説得力ある雄大さが、おケツのケツにはある。広大な大地を丸ごと揺るがす天然自然の力をもってしても、おケツのケツを揺らせばもはや余力はあるまい、そう思わせるだけのデカ尻であった。

 そのデカ尻が、震えている。揺れている。激動している。上下左右、前後斜め、文字通り縦横無尽に弾んで、めくるめく尻肉の凄絶舞踊を演じていた。

「うおっ、おぉぉ……あぁ……お、おふぅ……!」

 ただ、見ているだけで。代官は、精を放っていた。放ったことにすら気づかないまま、漏らしたまま、魔に魅入られたかのように揺れ踊る巨大な美豊臀を凝視している。

「……凄いでしょう、お代官様……」

 自慢したいという気持ちが、かろうじて越後屋に解説を述べさせた。

「南蛮の廓で密かに流行っている踊りで……なんでも“当惑阿狂弾凄”と言うそうで……!」

「と、“とぅわぁ~くだんす”……じゃと……?」

「……ええ、ええ。だんす、とは南蛮の言葉で踊りという意味だそうで」

「ほ、ほうぉおぉ……! いやいや、南蛮、西洋という連中、底知れぬ奴らであるなぁ……!」

「はい。まったく……凄まじいですなぁ……」

 感嘆、讃嘆、驚嘆のあまり、上の空で言葉をすれ違わせながら、手練れのはずの二人の男は、ひたすらに見入っていた。彼らの四つの目がギラギラと見つめる先で。

 過酷な鍛錬と極端な食餌、妖しい施術によって、日常生活に支障が出るほど臀部を肥大化させられた唯、おケツは。やはり虐待じみた修練を強いられ、微かに残った心をさらに擦り減らしながら身に着けた南蛮舞踊“当惑阿狂弾凄”――トゥワークダンスを、必死に、懸命に、踊り続けた。踊り続けるしかなかった。

 彼女は、ただそのための肉人形。それだけが存在意義であり、価値なのだから。

「あっ、あん♪ あんぁ、あっあアンっ♪

 あんあんあああん、あああん、あぁん……♪」

 ブルンブルン。バルンバルン。ビョインビョインと。

 目にも止まらぬ速さ、激しさで、残像を伴い揺れ踊る膨大な尻肉に見惚れ。その持ち主である彼女が零した一筋の涙など、二人の男は気づきもしなかったし、気づいたとしても、何ら感じることは無いに違いなかった。

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