切り落としたもの

切り落としたもの




 海賊共の騒ぎ歌う声が煩わしい、時化た夜だ。

 元海軍大将“青雉”──クザンは暗い私室の中で一人、煌々と映し出される映像と向き合っていた。その表情は凪に等しく、無心で画面を眺めている。


『ゔぁ、ァ……ッ! やっ、いやだ、ぁ、あ゛ぅっ……も、はいらな……』


 巨体の男達に囲まれ、桃色髪の青年が溺れるように揺すられている。瞳から大粒の涙を零し、怯えるように首を振っているが、男達はその様子にむしろ楽しげな声を上げるばかりである。

 彼こそはクザンのかつての部下でもあり、“ロッキーポート事件の英雄”として瞬く間に市民に名の知れたコビー大佐だ。齢18にして己が正義を貫き、目覚ましい出世を遂げる彼に、クザンも少なからず眩しいものを感じていた。そんな彼がこうも、無惨に食い散らされているなんて。

 画面越しに目が合い、コビーの震える手がこちらに伸ばされる。


『た゛、すけ゛……、たすけて、───』

「………………」


 戦慄く唇がその先を紡ぐ前に、クザンはプツンと映像を切り上げた。別の映像を映し出して、黙々とその繋ぎ目を細工する。

 繋ぎ合わせた映像は先程から三時間が経過したものだ。並々ならぬ体力を誇る海兵と言えど、コビーももうこの頃には最早意味を成さない母音と掠れた吐息を溢すばかりで、弄ばれるままになっている。それでも若い体は敏感に快楽を拾い上げてしまうらしく、時折ビクビクと体を跳ねさせては虚な眼から涙を落とす様が映されていた。

 クザンは苦しげに目を伏せる。初めに切り取ったあの映像には、己の名前が続けられていた。クザンさん、とコビーは見知った顔に助けを求めたのだ。しかしクザンはその手を取ってやることは出来なかった。そうするわけにはいかなかった。ただ淡々と「記録に残す」という仕事に徹し、目の前で貪られていくコビーのことは伽藍堂の瞳で眺めた。全く応じないクザンに傷付き絶望するその表情も、まるで見えていないかのように。


 フー……と、凍てついた溜め息を吐く。失った左脚が痛んだ気がして、氷の義足の継ぎ目辺りを撫でた。

 映像の中の出来事が全て終わった後、クザンは人知れずコビーを抱き上げて水場へと連れて行った。すれ違ってしまった幹部には「このままじゃ使い物にならなくなるだろうが」と嘯いて。

 水も汲み上げたままでは冷たかろうと薪を焚べて、ぬるま湯で丁寧にコビーの体を清めた。助けてやらなかった間に付けられた痣、歯形、体液の数々。掻き出しても掻き出してもなお、後孔から溢れてくる白濁。泣き腫らして赤くなってしまった瞼。疲れ切った寝顔。

 そのどれもが自身を責め立てているようでならない。頬にこびりついた涙の跡を拭ってやりながら、自分の罪悪感を払拭するための行動でしかないのではないか、と暗澹たる思いが胸を満たした。

 パンクハザードでの戦いで敗れた後も、揺らがぬ信念で以って歩んできた。……そのはずだった。市民の最大幸福を追うための正義は執行されず、蔓延る悪行を見ては見ぬ振りばかりの苦しみから解放されたくて、自由に行使する権利も得られないのならと組織を見限った。海賊だから市民だから海兵だからと、肩書きのみで白黒つけられる謂れは無いはずだと。

 だがこの現状はどうだ。

 目の前の弟弟子一人すら救えずして。


「…………」


 自由とは?正義とは?安寧とは?

 全てを手に入れるために海賊にも手を貸したはずが、そのどれをも取り落としている気がしてならない。

 ふと、抱きかかえていたコビーの瞼がピクリと震えた。もうじき彼は目覚めるだろう。開いた眼に己を映した時、彼はどんな反応するだろうか。裏切り者めと糾弾するか。理解不能な化け物だと恐れをなして怯えだすだろうか。

 クザンは昏い面持ちでその瞼が開かれるのを待った。



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