出血で青薔薇が舞うカイザー
ぶわりと青薔薇の花びらが舞い散った。
目の上を体液が垂れる感触。ミヒャエル・カイザーは率直にマズい、と思った。
敵チームのラフプレーによって瞼の上をぱっくり切ってしまったために起こった事故。失血死するほどの量ではないし今のカイザーに失血死という概念は遠いが、ただ切れただけと言い張るには出血が多すぎる。観客のどよめき。駆け寄ってくるチームメイト。当然のように入ったレフェリーストップ。既に滴る血で汚れているが、積極的に汚すことは躊躇われたためユニフォームではなく手で患部を押さえ、簡単な止血を受けてから医務室へ行った。
試合続行に支障はないと自己判断を下したが、それが監督の判断と一致するかはまた別の話だ。顔半分が赤く染まってしまっているし、まず間違いなく一致しない。カイザーとしても、これ以上己の特異性をフィールドで示したくはなかった。人間も人外も関係なく、サッカーに関わること以外をあの場所に持ち込みたくはなかった。
──人外。ああ、そうだ。一部のものしか知らないことだが、ミヒャエル・カイザーは人間ではない。いや、正しくは徐々に人間ではなくなっていっている。発端は省略するが、幼少期と比べると明らかに進行していると認めざるをえない。自分の体だ、皮膚の下で変わりつつあることを自覚しないはずもなかったが、あの頃と比べれば出血量に対して薔薇の量が多すぎる。幸いにもまだヒト型を保ってはいるが、これもあと何年もつだろうか。
まあ、カイザーをこの体にした張本人たちもサッカーがミヒャエル・カイザーの核であることは本能的に理解しているようなので、引退までは少なくとも人間と変わらぬ容姿でいられるだろうということは数少ない救いだが。この世ならざるものが見えるものたちに視えていることは今もさほど変わらないのだから。カメラ越しだとまた変わるが、どうせ今の試合だってその手の者たちには拡散されている。この場合、視る力を持ちつつ本職でもない、こういったことを面白がる不逞の輩のことだが。ネスが親の敵のような顔で“処置”していたことを思い出す。もっとも真面目な話、ああいった輩が先祖の敵であることを否定することは難しいので茶化したことはないのだが。
出血はひどいが縫う必要はないと診断を受けて、とりあえず、新世代11傑と呼ばれるメンバーのlineグループで鬼のような通知が来ているだろうことに思い至り、もう一度ミヒャエル・カイザーは渋い顔をした。どうせほとんどが心配を装った揶揄いだ。そこに3割本気の心配が紛れているのがまた厄介なのだが。そういえば冴を介してまた魔女たちから頼みを受けていた。丁度いいからこれで渡してしまおう。
実のところ、思考回路までもが人間から離れつつあるとは──まだ、自覚を先送りにしていたかった。