出産

出産




御影玲王は、受胎から出産までのスパンが突出して短い。

早い仔は一時間。遅くても、半日で仔を産むことが出来た。

その上、産まれてくる仔はどれも例外なく優秀な個体として産まれており、疾患や障害なども一つもない。

それらも、玲王が『花嫁』と呼ばれる所以であった




たぷたぷと腹の中で揺れる種を感じながら、玲王は鳥籠へと辿り着く。

外からならば苗床でも開けられる仕様になっているため、玲王は難なく箱庭の中へと戻る事が出来た。


(あ、やべぇ。もう半分くらい育ってる)


数多の出産の経験が、玲王に子の成長を教えてくれる。新しい旦那様は粘っこくてしつこくて、寂しがりな方だった。

子作りが終わってからも玲王を離そうとせず、旦那様が眠るまで、玲王は膝枕をする羽目になったのだ。なんとも可愛らしい旦那様だが、流石に子を作った直後はやめて欲しい。


背後で鳥籠の出口が閉まる音を聞きながら、玲王は急いで自分の寝床に向かう。

出産は必ずあそこで行わなければいけないのだ。こんな野原で産んではいけない。

急く脚を赤子に影響が無い範囲で動かしながら、玲王は膨らみ始めた腹を抱えて歩く

その時だった

左足が凸凹とした地面に躓き、玲王の身体は大きく揺れる。

咄嗟に腹を庇って、玲王は不自然な転び方をしてしまう。どしゃっと音を立てて倒れた玲王の背中に、鈍い痛みが走った


(······っ!仔は!?)


慌てて腹に手を当てる玲王。掌からは、とくんとくんと命の脈動が確かに伝わってくる。良かった。赤子は無事だ。

ほう、と息を吐いて身を起こす玲王。しかし、立ち上がる事が出来なかった。

打ちどころが悪かったのだろう、動こうとする度に痛みが邪魔をする


目に見えて大きくなっていく腹。今回の仔はせっかちだ。早く、安全な場所で産んでやらねばならないのに、重くなっていく腹と痛む身体のせいで身動きが取れない。

焦り、息を乱す玲王。


そんな彼の前に、一人の青年が近付く


「肩、貸すよ」

「············へ?」


もう皆寝静まった頃だろうと思っていたのに、誰かが起きていたことに玲王は驚く。視線を上げると、星の光に照らされた真白い青年が玲王を見下ろしていた


玲王の返事を聞かず、青年は玲王の腕を引っ張る


「っあ、待て、急に立つとこの子が危ない」

「·····分かった」


慌てて声を上げた玲王に、青年は大人しく従う。青年の補助のおかげで無事に立ち上がった玲王は、手を貸してくれた青年を見る。

確か、玲王が鳥籠から出る時も見守ってくれていた青年だ。もしかして、玲王が戻って来るまでずっと、ここで待っていたのだろうか


「ほら行こ、腕、肩に回して」

「うん·····ありがとう」


青年が少し屈み、玲王がもたれ掛かりやすい様にしてくれた。礼を言いながら、玲王はありがたく青年の肩を借りる


ゆっくりと、寝床へ歩き出す二人


暫く無言だったが、腹の重さに呻く玲王を見て、青年がぽつりと呟く


「その身体、もっと大事にして。俺の大事な人の身体だから」


言われた言葉に、玲王は目を見開いた


「大事って·····俺が?」


この青年とは面識が無かったはずだ。いや、しょっちゅう見られてはいるのだが。しかしそんな玲王に、青年は素っ気なく返事を返す


「違う。君じゃない」


青年の目は、どこか遠くを見つめていた。隣に居る玲王の事は、その瞳に映していない


(なんだそりゃ。変な奴)


不可解な行動をする青年。だが、今この瞬間、玲王を助けてくれている事は紛れもない事実だ。ちゃんと感謝を伝えなければ。

記憶を辿る玲王。たしか、この青年に誰かが話しかけている所を見た事がある筈だ。その時、この青年はなんと呼ばれていたっけ。えっと、確か、確か··········


「助けてくれてありがとな、なぎ」

「··················!」


名前を呼んでみると、白い青年は目を見開いて、ぱっと玲王に視線を移す。

そんな青年に、玲王は微笑んだ


「お前っていいヤツだな」


すると、青年の瞳は微かに揺れ、何かを期待するような色を浮かべた。

何かを玲王に言って欲しいんだろうな、と、玲王は察したが、あいにくどう声を掛けてやるのが正解なのか見当がつかない


そこからは何も話さず、二人は静かに箱庭の園を歩き続けた











籠のような寝床の中、玲王は涙と汗をぽろぽろと零しながら、必死に出産の痛みに耐えていた


M字に開いた脚はガクガクと揺れ、端正な顔をぎゅっと歪めていきみ続ける。

産道と化した直腸が波打ち、赤子を通す為に骨盤は広がる。

排泄とは全く違う、命の危機すら感じる様な激痛。もう何度も経験したというのに、この痛みには全く慣れる気がしなかった


玲王の寝床の直ぐ側で、青年···なぎが、じっと玲王を見守ってくれていた。

気にしなくていい、寝ろと言ったのだが、なぎは自分の寝床に戻るのが面倒くさいと言い張って、玲王の側に居続けている。


「なぎ···っぁ゛、こ、腰、撫でて···」


痛みに涙を流しながら懇願すると、なぎは直ぐに玲王の腰へ手を伸ばし、強く撫でてくれた。なぎも苗床。出産は経験しているはずなので、どこを撫でれば楽になるか分かるのだろう。なぎの手のおかげで、ほんの少し、玲王の痛みが和らぐ。

赤子が産道を下ってくるにつれ、玲王の後孔が大きく広がる。ぴり、と裂ける感覚がして、その痛みに玲王は悲鳴を上げた。

もうすぐ、もうすぐ愛しい仔に逢える

耐えろ、耐えろ、耐えろ。


「ぁああ···ぎ、あああっ、ああ!」


小さな命が抜けていく感覚

それと同時に脚の方から、か細く、しかし力強い泣き声が聴こえてくる


ぴぃ、ぴーーィ


笛の音の様な赤子の泣き声。

震える身体に鞭打って、玲王は足下に手をのばすが、それより先になぎが赤子を拾い上げ、玲王に差し出してくれた。

薄い紺色の、小さな命

こぶりな手のひらをぐーぱーと握ったり広げたりして、仔は母親を探している。

なぎから子を受け取ると、それだけで裂けた尻や開いた骨の痛みなんて何処かへと吹き飛んでしまった


可愛い子、愛しい子

俺が産んだ、○○○番目の子


「か、あいいなぁ······」


すり、と頬擦りすると、赤子は泣き止んで、開き切らない瞳で玲王を見上げた。閉じた赤子の目は見えなくて、そんな判断は出来ないのだが、きっとそうだと、玲王は思った


愛し子と見つめ合いながら、今度は嬉しくて、玲王は涙を流す


大切に慎重に、玲王は赤子を胸に抱き、寝床のすぐそばに備え付けてあるダクトの様な機械へと這いずって近付く。

ダクトへ繋がる、様々な機能の付いたカプセル型の機械。これに赤子を入れれば、宇宙船の子供部屋へとこの子は運ばれるはずだ


そして二度と、玲王が子に会う事は無い


産んで増やす為だけの苗床には、己の子を可愛がる資格などありはしない。

けど、自分が腹を痛めて生んだ子が、安全な場所で生きている。

その事実だけあれば、玲王はそれで良かった


「あいしてる。ずっと大好き」


眉を落とし、惜別のキスを赤子へ贈る


カプセルに優しく赤子を置くと、プシューと音を立ててカプセルは閉まり、ダクトで何処かへと運ばれていった


無数に経験してきた出産の痛み

だがそれよりも、この瞬間。

何より愛しい己の子に逢えなくなる、別れの時の胸の痛みは、身体の痛みよりも酷く深く、玲王の奥底に傷を残す


力なく項垂れる玲王

そして、それを見つめるなぎ


彼らは、まだ苦痛が終わっていない事を知っている


赤子を手放してから、数十秒して、ようやくそれは始まった


裂けた尻穴と歪んだ骨盤が、パキパキと音を立てて修復されていく。

これは、異星人の子を産んだ時だけに現れる、苗床の修復機能だ。

これのお陰で、苗床は出産後直ぐに次の子作りに挑めるのだが、修復機能にはとある難点があった


迫り上がる嘔吐感と、決して小さくは無い痛み。寝床のすぐ横に備え付けてあるバケツの中に、玲王は急いで顔を突っ込んだ


「かはっ·····お、ぇ゛··········ッ」


ぼちゃぼちゃと音を立てて、バケツに溜まっていく薄い胃液。その酸に喉を焼かれながら、玲王は目の縁に涙を溜める。

修復に掛かる時間は四半刻。

その間中ずっと、苗床は激しい嘔吐感に苛まれる事になる











肩を震わせて吐き続ける玲王を見て、凪はその痛ましさに息を呑んだ


玲王がありえないスピードで出産を繰り返している事は、注意して見なくても分かる事だった。でも、ずっと玲王を見続けてきた凪は、玲王がまったく妊娠を嫌がっていない事にも気付いていた。玲王はあの銃のせいで、自分達とは違って出産を苦痛を受けずに行っていると思っていたのだ。

だけど今日、初めて玲王の出産を目の当たりにして、玲王も他の皆と同様、痛みにのたうちながら子を産んでいることを知った


衝撃、どころでは無かった


連れてこられた皆の中には、自分の子を大切に思い、別れを惜しんで泣く人はもちろん居た。でもそれは少数派で、しかもその人達は大抵狂っていたので、その行動にも納得は出来る


玲王も、自分の子に深く愛情を注いでいた

そして、別れを酷く惜しんでいた

その上で、さらに孕もうと動いているのだ


愛情も気持ちも、何もかもが異星人にとって都合のいい『花嫁』

その意味を、凪はようやく理解する

愉しませて快楽を享受するだけでは無いのだ。その分、痛みや苦しさも存分に味わっている


ビキ、と、凪は自分の額に青筋が浮かぶ音を聴いた


玲王は凪を見つけてくれた人だ。凪に夢を見せ、凪を大切にし、そして、凪が大切に思ってきた人。

それをこんな、酷い仕打ちを


凪だって異星人にもて遊ばれ、都合よく扱われている被害者だ。けど、凪は自分の事を憐れんだりはしない。

そんな事よりも、凪にとっては、玲王の現状の悲惨さの方が重要だった


何処までも一途で優しい彼。その気持ちを本来の玲王が知れば、「お前だって苦痛に耐えてる。お前は俺が守る」と言ったのだろうが、その玲王は既に異星人に殺されてしまった


どうにも出来ない

取り返しがつかない


それでも、この瞬間、凪は決めた


もう一度、凪は玲王のパートナーになる

そしていつか必ず、この地獄から玲王を連れ出してみせる


かつて玲王が、孤独な世界から凪を連れ出してくれたように



(待ってて、レオ)


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