出会い
ダッ、ダッ、ダッ
大きな足音が蔵の外から響く
((騒がしいですわね))
雪走が眠たげな目で呟くと、目の前に店主がやって来た
((そんなに大慌てで、いったいどうしたのでしょうか?))
状況を理解する間もなく彼女は店主に連れられていき、武器屋の店舗部分へとやってきた
彼女の目の前に立っていたのは、翡翠色の髪の若い男
その傍らには黒髪に袴姿の少女と、店の問題児として有名な三代鬼徹の姿があった
((よっ、お嬢様))
((今日は随分と機嫌が良いのですね))
雪走がちらりと店内を見回しながら挨拶を返すと、鬼徹は((まあね))と笑った
彼女の機嫌が悪ければ、床の刺さり痕一つでは済まないような事態が起こっていただろう
雪走の向けた視線に、鬼徹は((アタシはなんもしてませーん))と言いたげにペロッと舌を出した
((あ、そうそう。アタシ、こいつらと一緒に行くことにしたから))
そう言うと鬼徹は袴姿の少女の肩に馴れ馴れしく腕を置いた
鬼徹の腕をどける彼女もまた、自分達と同じ存在
男の腰に差された刀の魂であった
((ちょっと、腕邪魔。あ、私は和道一文字。こっちはロロノア・ゾロ、私のご主人様だよ))
((雪走と申します))
“和道一文字”と名乗った少女と挨拶を交わす雪走の瞳は、微かな感情の揺らぎを見せていた
【業物】であるが曰く付き故に投げ売り同然の値段を掛けられていた鬼撤は、それでも尚持ち主の選り好みが激しかった
しばらくはこの店に居続けると思っていたが、こうもあっさり新たな主人が決まるとは
妖刀である癖に選ばれた彼に対して、雪走は何も思わないわけではなかった
((それにしても…))
雪走は疑問に思う
何故自分はここに連れてこられたのか、肝心な部分を彼女はまだ知らない
「買えねェよ。言ったろ、金がねェんだ」
そう言って苦笑するゾロ
「金はいい。もちろん“鬼徹”の代金もいらねェ。さっきは騙そうとして悪かった」
店主から出た言葉に、雪走はおもわず目を見開いた
((どういうことですの?))
((オッサン、さっきこの子を安く買い叩こうとしてたんだよ))
((そうなの。私、本当は売れば一千万はするんだけどね))
((まったく……申し訳ありません。この方、刀を見る目はあるのですが…))
まさか客から刀を騙しとろうとしていたとは
深々と頭を下げる雪走に、((あなたが謝ることじゃないよ))と和道一文字は優しく微笑んだ
姿は鬼徹と同年代か少し上くらいに見えるが、その魂が発する雰囲気から彼女が“名刀”であることを雪走は察した
「刀は持ち主を選ぶという。お前さんの武運を祈る」
その言葉と共に店主はゾロに雪走を差し出した
((刀は、持ち主を選ぶ…))
((そっ!こんな面白くて強そうな奴、ほっとく方がどうかしてるって!だからアタシ、こいつの腕斬らなかったの))
サラリと物騒なことを言う鬼徹の横で和道一文字は((そんな呪い如きに負けてらんないよ))と笑う
((あなたも、彼を選びましたの?))
雪走の言葉に彼女は((うん、もう十年ぐらいの付き合いになるかな))と返した
そっと目を細め、雪走は主人となる男を見つめる
まだ若くも、鍛えられた身体
歳の割りに落ち着いた姿勢
何より、その迷いない瞳と魂
いつか誰かに振るわれたい、と
外に出たい、と思っていた
《彼となら、きっと…》
己の位列や家宝という立場から半ば諦めていたものが、そこにはあった
雪走は目を伏せ、小さく頷いた
((この雪走、あなたの刃となり、あなたの敵を斬りましょう。あなたが、私に見合う剣士であることを願って))
((そんなの当たり前だよ、ゾロだもん))
和道一文字はそう言って笑った