冷たくて甘い 温かな思い
「アルねーさま、何をしてますの?」
すこしだけ舌足らずな声と共に少しだけ紫がかった芦毛の耳がテーブルの向こうからぴょこんと生える。
踏み台に登ってのぞき込んできたのはメジロマックイーン。
クリクリとした目はキョロキョロとせわしない。
「あら? それはね――」
=========
目が覚めると寮のベッド――ではなくメジロ家本宅の自室でした。
「ん……」
軽く伸びをするがぐっすり眠れたためスムーズに血が躍動するのを感じる。
また、ぐっすり眠れた理由はいい夢が見れたからだ。
トレセンに入る前のまだまだ幼い頃に有った温かくも冷たく甘いそんな思い出だ。
「久しぶりに作ってみますか」
カーテンを開くと日の光がまだ寝坊気味の柔らかさを持つ時間帯だ。
家人に言えば材料を用意してくれるだろう。
「ですけど、準備もまた楽しいものですからね」
そう口に出して起床後のルーチンを始めた。
========
メジロ家が懇意にしているお店での買い物をしている。
牛乳、生クリーム、そしてお砂糖を手に取り。
「お砂糖は流石にお屋敷にありますよね」
と個人で使うには少々多い商品を元に戻し、さらに考える。
「フレーバーはどうしましょうか?」
と脳裏に浮かんだのはごくかすかに紫の色味が入った銀だ。
「ブルーベーリーにしましょう」
完成が待ち遠しくなり自然と足取りも軽く買い物を終わらせた。
========
「さて、やりますか」
私は今髪を結い上げ、エプロンを装備してキッチンにいる。
お屋敷の食事を一手に担う場所は広々とし隅々まで手入れと掃除が行き届いている。
家人に無理を言って貸してもらったのだ。
「あら? アルダンさん珍しいですわね?」
と言って顔を見せたのはこれをやろうと思ったきっかけになったメジロマックイーンだ。
「ふふ、前みたいにアルねーさまと呼んでくれないんですか?」
「あ、あれはずいぶん前の事ですし……もう!! 何年前の事を言っているんですの!!」
とかすかに朱の差した頬で言葉を返してくる。
しかし、その耳はゆるゆると巡り言葉に反して興味を持っているようだ。
「夢で見てしまいまして、ですのでこちらを作ろうと」
と言って並べたのは買ってきた牛乳と生クリーム、そしてお屋敷のお砂糖だ。
「それと片手鍋ですか」
そこでマックイーンの表情が花開くように明るくなる。
が、すぐに視線が宙に泳ぎ始める。
そのほほえましい様子をもう少し見ていたい気もするが、早めに切り上げるようにする。
「手伝っていただけますか? それに1人前には少し多いので」
「――そ、そうですの……」
思ったより乗ってこないことに少しだけ疑問符が浮かぶが、ようやく気付く。
「食べた分の併走も付き合いますよ」
今度こそかわいい妹分の笑みを受け取ることができた。
========
「こうしてると懐かしいですね」
「ええ、本当にそうですわね」
牛乳、生クリーム、お砂糖をお鍋に入れて中火でゆっくりと温める。
その間にマックイーンにはブルーベリーの下ごしらえと裏ごしをお願いしている。
「家人に見てもらいながらジェラートを作っていたらひょっこりと出てきて、よほど甘い匂いがしたのでしょうか?」
その様子を思い出し、薄く笑いが湧いてくる。
「あ、あれは別にスイーツを求めたわけではなくて」
「ええ、分かっていますよ」
広いお屋敷、まして幼い子供にとってはどこもかしこも寂しさを感じる。
だからぬくもりを求めてやってきただけだろう。
「さてそろそろですね、粗熱をとったらそちらの果汁を入れてまぜましょう」
「はい」
とそこでマックイーンは何かに気付いて一つ質問をしてくる。
「ところであとどのくらいかかりますの?」
待ちきれない。
とでもいいそうな顔を見てほんの少しだけいたずら心が頭をもたげ。
「待つのも楽しいものですよ」
と曖昧な言葉で濁す。
するとみるみる耳と尻尾がしおれるのがわかる。
「ふふ、大丈夫ですよそれまで一緒にお話ししましょうね お茶でも頂きながら、ね」
========
ジェラートを完成させるまで日の差すキッチンでお茶をいただく。
お茶請けは互いの近況だ。
同じ学園、同じような路線とはいえやはり差があり、交友関係も違う。
合間合間にジェラートの調理を共に進める間も話題がつきなかった。
そして――
「ええ、完成ですよ」
アイスクリームディッシャーですくい、ガラスの小鉢に盛り付ける。
最後にメジロの緑要素を追加するためにミントを添える
「では早速いただきましょう」
「ええ、いただきますわ」
軽く手を合わせ、スプーンですくい口に含む。
まず感じるのは滑らかな冷たさだ。
舌の上で溶けるにしたがって、たしかな甘みとブルーベリーの特徴的な酸味が広がる。
ふと視線を上げると目を輝かせたマックイーンが見える。
一口一口楽しみながら楽しむ様子についつい言葉が漏れてしまう。
「あの時と変わらず楽しんでもらえて、作った甲斐がありますね」
「ぅ――その」
ほんの少しだけバツの悪そうなマックイーンの頭に手をのばし、滑らかなその髪をそっとなでる。
「いいんですよ、もうアルねーさまと呼ばれることは無くても、私にとってあなたはいつまでもかわいい妹ですから」
「……もう少しだけこうしてもらっても?」
普段あまりわがままを言わない妹分の頼みを受け入れるのはある種の特権だ。
だから日だまりと甘い香りの中、笑みを浮かべて頭を撫で続けた。