冬の女王の後継

お母様が行方不明になった。
悪魔祓いとしての依頼を受け、お母様は日本という国のとある都市へと旅立った。本当は私もついていってお母様の手伝いをしたかったけれど、
「まだあなたには危ないから」
「決してついてきてはいけませんよ」
そう言われ、同行を止められてしまった。私の未熟さを理由に挙げられては是非もない。自分の無力を悔やみうつむいていると、お母様はそっと私の頬を撫でた。
「…そんな顔をしないでくださいバーヴァン・シー。大丈夫、長くても一週間で片を付けますよ。」
つられて顔を上げれば微笑みを浮かべるお母様と目があった。私にだけ浮かべる優しい笑み、それを見ただけで曇っていた私の心は晴れ渡っていく。
「戻ってきたらしばらく休養を取るつもりです。その間、二人で旅行にでも行きましょうね。」
「…はい、お母様。楽しみに、してます。」
お母様は私をぎゅっと抱きしめる。そして離れた時には普段通りの誇り高き退魔の魔女の顔になっていた。
「それでは、留守番は頼みましたよ。私がいない間も修練は欠かさぬように。」
「はい!」
私の力強い返答にお母様は満足げに頷いた。
大丈夫、お母様は絶対に負けない。悪性妖精達の企みによって狂った獣神へと生け贄に捧げられそうになっていた私を救ってくれた、私の憧れの魔女様なのだから。
「いってらっしゃい、お母様。」
「ええ、いってきます。」
お母様を送り出した私は、言いつけ通りに毎日きちんと修練を重ね、それらの合間を縫って旅行に行くための準備をした。
普段は悪魔祓いとして忙しく、ほとんど一緒に過ごせない。そんな大好きなお母様と長く一緒にいられる。我ながら現金なことだが、一人でこなす修練は苦でもなんでもなかった。
けれど、一週間を過ぎてもお母様は帰ってこなかった。一ヶ月、二ヶ月、ついには半年が経ち、やがて日本の都市に災厄級の怪異が発生したとの話を聞いた。その都市は、お母様が向かった都市と同じ名前だった。
そして、それと同じくして流れた冬の女王が消えたという噂も、新たに台頭した怪異の主、蟲の女王の噂も。
信じられなかった。信じたくなかった。私の一族が奉っていた獣神を呪神へと堕落させた悪性妖精達を討ち滅ぼし、その呪神をもあっという間に浄化してくださったあの魔女様が怪異の手に堕ちたなどと…。
だから私は、ひとつの決意をした。
言いつけを破ってでも、お母様を助けに行くと。
「…ねえバーヴァン・シー、本当に行くの?」
「ええ、もう決めたことよ。帰ってくる時はお母様と二人で、だ。」
心配して見送りに来てくれた腐れ縁の田舎娘/親友に不敵に笑い返すが、そいつの表情は曇ったままだ。まるで心を見通しているかのように察しの良すぎるコイツは私の強がりを見抜いてるんだろうな…。
当然だ。お母様が不覚を取ったらしい、蟲の女王という怪異。それに挑むかもしれないとなれば、不安なんて言い出したらキリがない。それでも私は、助けに行くと決めたんだ。
「……そっか、わかった。気をつけてね?ちゃんと帰ってきてよ?」
そんな私のちっぽけな決意を見通したコイツは、それを尊重してくれた。
「当たり前だろ、何度も言わせんなっての。」
「帰ってこなかったら二人で食べに行く約束してたカフェ、一人で行っちゃうからね?二人で使う用の半額チケット、二枚とも使いきっちゃうからね?」
「おまっ…ここで食い物の話出すのかよ!!というか二回も行くつもりか!?」
「で、デートに使うに決まってるでしょ!!」
「相手見つけてから言えこの田舎娘!!」
「なんだとー!!」
いつもしていた遠慮のない口喧嘩、やがてそんな私たちの間に笑いが産まれた。強張っていた心も少し解れた気がした。
「じゃ、いってきます。」
「うん、いってらっしゃい。」
今度こそ私は、お母様の次に大切な親友へと背を向けた。
旅行に持っていくはずだった大きな鞄には、持てるだけの魔道具と呪具を詰め込んだ。緊急時のための退魔術式を起動する術式を刻んだ宝石に、虎の子ともいえる転移魔術が発動するスクロールまで用意した私は、件の日本の都市へと向かう飛行機に乗り込む。
「あの日、魔女様は、お母様は私を助けてくれたんだ…。今度は私がお母様を助けるんだ!!」
そうして私は旅立った。私にとってなによりも深い絶望の待つ、災厄の都市へと。
続