冬が終わる

冬が終わる

伝書

「んあ?今日から同クラ?よろしく。」

「・・・あ、おはよう、ございます。」

入学式の朝、そう話しかけてくれたのが「石川紫苑」だった。

私はこう言う場では緊張を越してもはや恐怖さえ覚えてくるような質なもので、彼が話しかけたことで幾らか緊張は緩んだ。


「な〜、シャーペン貸してくんね。今日忘れたんだわ。」

「あ・・・う、ん・・・。どうぞ・・・。」

「ん、さんきゅ。」

「(・・・顔がいい人って何をしても画になるもんだな。)」


「わっ・・・?!(やっべこける・・・)」

「っと、気をつけなよ。ここ滑りやすいらしいから。」

「あ・・・はい・・・。その、ありがとうございます。」


彼の無自覚な優しさに惹かれていたのだろう。何となく、彼を目で追うことが増えた。正直な第一印象は、「無気力な人」(自分が言えたことではないが本当にそう思ってしまった。)だったのだが、今となっては同級生の友人以上の感情を向けようになっていた。

それに気づいたのは、一つ上の先輩と顔合わせをした時、もっと言えば姉と私たちが対面した時だった。


「はーい、初めまして〜!桜宮凛々華って言います!礼佳は私の妹ね!よろしく!」

「・・・・!あ、俺石川紫苑です。よろしくお願いします。」

「(あ・・・ちょっと表情動いた。)」


この日から明らかに彼の姉に対する態度が変わっていった。きっと他の人から見れば微々たるものなんだろう。でも(こんなこと言ってはストーカーと言われそうだが)それでも、やはり毎日見ている同級生だ。変わったのはわかりやすかった。


「ほら〜!石川くん行くよ〜!!今日合同任務なんだから!!」

「めんどくせー・・・」

「そんなこと言わない!!」


「いってらっしゃい、2人とも。私も頑張るから・・・」

「はーい!いってきま〜す!!」「はあ、じゃあまた後で。」



ああ、痛い。胸が痛い。ズキズキ響いて。わあっと叫びたくなるほどの不快感に顔を顰めながら自分の任務を淡々こなす。仕事の間だけは此の気持ちを忘れられた。


こんなに痛い理由はわかっている。私は、多分石川紫苑、その人のことが好きだ。でも何でなのかは分からない。だってこんなことは今までなかったのだ。そもそも私自身、そんなことに現を抜かすような性格じゃないし。


でも例え恋をしていたとしても私は人の意見に正面切って反論もできなければ、自分の意見を堂々と主張することもできない。そんな所謂図々しさのようなものは、残念なことに自分は持ち合わせていない。


それに、こんな濁りに濁りきった血筋の人間が彼のような綺麗な人と釣り合うわけがない。もし、私が普通の生まれだったならば或いは有り得たのだろうか。こんな腐り切った私にそんな幸福を望むべくもない。こんな血筋に生まれたことを嘘だと思いたい。ああ、いっそ一度死んで此の中身を丸ごと入れ替えたい。


そしてこんな状況に追い打ちをかけてくるようなことが起きた。


「ねえ、礼佳。お姉ちゃんめっちゃ大事な相談したいんだけど、だいじょうぶそ?」

「ん、どした?白いシャツにソースでもこぼしたの?」

「違う違う!あのね・・・礼佳のクラスメートに紫苑くんっているじゃん?その・・・その人のことが気になってて・・・。」

「・・・・?!」

その後も姉が何か言っていたがよく覚えていない。頭が痛かった。耳鳴りがひどかった。心臓の鼓動が早鐘を打った。呼吸が乱れた。すごく・・・すごく苦しかった。


「〜〜〜〜!それで如何しよっかなって・・・なんかいい案ない?」

「・・・告白してみたらどうかな・・・。ごめん、此の後任務あるからもう行く。」


うまく誤魔化せただろうか。いつもと同じ愛想笑いはできていただろうか。

ああ、視界が滲む。行かなきゃ、仕事に、こなさなきゃ、自分の都合で穴は開けられない・・・。

「っ、ああああああああああああっ!!!!!!」

某地下世界の物語じゃないけど私と彼は別の世界線では恋人だったんじゃないか?なんて思ったりするほどに私の思考は深い哀色で染められていた。



あの後、姉が告白して目出たく交際に至ったそうだ。みんな祝っていた。私も喜色満面に讃えた。その夜は泣いた。声が枯れるまで、身体中の水分が抜けるまで、声をあげて泣いた。これからもう一生泣くことはないんじゃないかと、そう思うほど。



これで気持ちに踏ん切りがつく。後は、成り行きを見守るだけ。

失恋したと分かった後の行動は早かった。あの腰まであった長かった黒髪をバッサリ切って、自分のあの陰鬱な面をそのままに出して、そうして任務をただひたすらにこなした。心に穴が空いた様だったけど、いくらか風通しが良くなった様にも感じた。









でも、もし、一つ彼に言うことができるのであれば

「私は貴方のことが好きでした。きっと一目惚れでした。貴方に逢えてよかった。」


ああ、おかしいな。ずっと咲かないはずの桜が咲いている。

そうか、もう春なのか。よかった。無事に終えられた。

















冬が終わる



Report Page