冒険者法第十二条(仮題)

冒険者法第十二条(仮題)

世のゴリラのすなる異世界ファンタジーモノ・追放モノといふものをしてみむゴリラ

※無断転載禁止

※猫が負傷・死亡する描写があります(虐待やグロテスクな直接描写はありません)


「というわけで、お前は追放だ、ノット!」

「何でだよ!」

俺はジョッキをテーブルに叩きつけて叫んだ。リーダーの剣士も負けじと言い返してくる。

「お前のその記憶操作魔法はなんだ! 強すぎる! 直前の記憶を奪うならともかく『呼吸する方法を忘れさせる』とか頭おかしいだろ!」

「たっ……たしかにそうだが……人間に使ったことはないぞ!」

「魔物にはメチャクチャ使ってるだろ!」

「正直あの魔物の死にざまは見るに堪えない」

隣のシーフが酒を舐めながら呟いた。陰気な口調だった。

「確かに仕事は楽になった。けれど俺たちがやっているのはただの殺戮だ。冒険でもないし、悪鬼を挫く正義でもない。俺はもう精神治癒魔術を七回くらい受けてる」

「えっそんなに」

「それに、人間に使ったことないなんてノットの自己申告でしょ」

ソーサラーの女が冷たい疑惑の視線を向けてくる。

「それを使っていやらしいことしたんでしょう!」

「してねえ!」

「嘘つき。ときどき私のおっぱい見てるでしょ」

「あっ……そっ……ごめんなさい」

図星だった。俺はなんとか彼女の胸部に行きそうになっていた視線を顔に固定した。

「そんで私が酔っぱらってるときにいろいろと……そして記憶を消して……きいい!」

「い、いや」

俺は必死になって頭を回転させ、泥酔したあとの彼女の脱ぎ癖を思い出した。

「それはお前の酒癖が悪い! あと俺は毎回ちゃんと毛布をかけてやってる」

「やっぱり見てんじゃないのよ!」

「見てないってば! 見ないように毛布かけてんだってば!」

「もしかして俺の財布がこないだ空っぽになってたのも……」

「それはお前がこないだうっかり賭場でスッたやつだ」

今度は自信を持ってきっぱりと返せたと思う。シーフの疑いの目線に対して、「俺は止めた」と頷いた。

だが、リーダーは断固とした態度で続ける。

「シーフの治療費ももうパーティの予算で賄うのに限界があるし、ソーサラーもお前に対する不信感を募らせてる。正直……もう限界なんだよ」

「ぐ、そ、それは……」

シーフの精神的な負担はその通りだ。魔物が倒れたあとの死亡確認は気配に敏い彼にやらせていたから、あの無残な様子を見て気を病むのは当然だろう。ソーサラーについても……うん、俺の距離感や言動の問題で信頼を勝ち得ていなかったのかもしれない。

考えてみると、リーダー、シーフ、ソーサラーの三人の幼馴染パーティの中で、後発で加入した俺だけが浮いていた。新入りだからこそ、もっとパーティの意向ややりたいことを汲むべきだったのかもしれない。

いや、そうだとしても。言ってさえくれたなら。話し合ってくれれば。

そう思って、三人の目を見て悟った。

彼らは俺が怖いのだ。都合が悪くなったらすぐ記憶を消してなかったことにできる、そんな奴ともう一緒にいたくないのだ。

だから事前に話し合って、この酒場で……人目の多い安全な場所で、俺を追放しようとしたのだ。

「あと呼吸困難で魔物を殺した場合普通に外傷で殺害するよりちょっと、その、汚えことになる。ダンジョンならともかく村の屋根の上とかだと修繕費が嵩んでな、その……」

「そ、それは本当に困るやつだな……悪かった、可能な限り俺の自費で補填する。態度も改める。だから……」

だから、追放だけはやめてくれ。

そう言い切る前に、リーダーは言い切った。

「故にお前を今日を以て、俺たちのパーティから追放する!」


その瞬間、轟音と共に何もかもが吹き飛ばされた。

酒場の扉が宙を舞う。俺の手から離れたジョッキがシーフの足元に転がり落ちる。

音と光と煙が去り、天井から落ちてくる土煙や木くずが落ち着いた頃に、壁に開いた大きな穴から小さなシルエットが姿を現した。

「こんにちは」

凛とした声だった。

それはゆっくりと歩いてきて、煙の中から姿を現した。

炎のような髪をした少女……いや、幼女と言ってもいいような背丈の人物だった。目の色は突き抜けたシアン・ブルー一色、粗雑なゆるい二つ結びにされた緋の髪が目を灼くようだった。何かを焼き尽くす焔というより、炭火を延々と舐める小さくも決して消えることのない熾火を思い起こさせる色だった。

「おい、こら、嬢ちゃん!」

店主がカウンターの下から顔を出して声を上げた。

「俺の店だぞ! なんてことを……」

幼女は店主のもとに歩み寄ると、背伸びしてカウンターの上に何か小さな粒を置いた。

「白夜の露だけを浴びて育った糖蜜真珠です。この店を改築して二階をオープンカフェにしてもおつりがきます」

店主はカウンターの下に引っ込んだ。

荒事慣れした他の客たちはちゃっかりテーブルの下やら壊れた瓦礫やらを盾にして行く末を見守っている。器用なことに、俺たちの座っていた椅子とテーブルだけが無事だった。

幼女は俺たちを見て、胸に下げたカードのようなものを掲げた。

「初めまして、突然お邪魔してしまいすみません。ワタシは魔法連邦冒険者契約法第十二条、追放に関する事由を調査するための委員会……追放事由調査委員会より派遣されました、アニーといいます。皆さんの追放事由が当該条項に違反する可能性があると通知されましたので、空間転移魔法にてヒアリングにお伺いしました。お忙しいところ恐縮ですが、どうぞお時間いただけますか」

恐縮などと連発するわりに幼女は無表情だった。口調は全く配慮の無い早口で、こちらの事情など知ったことではないと言わんばかりに椅子を引き寄せてテーブルに割り込んでくる。

「く」

ソーサラーはまだ動揺が抜けていないらしく、どもった。

「空間転移魔法? それって……」

空間転移魔法にはいくつかのデメリットが存在する。魔力の燃費が悪く、距離や条件によっては……そして、最大のデメリットが転移先にすでに物体が存在している場合の対処だ。この場合どうするかは魔法の使用者が事前に指定可能になっている。具体的には、「壁の中にいる」状態になるか「既にある物体をぶっ飛ばす」。前者は前者で転移対象が壁と融合したりするし、後者は後者で事故が多発した。

連邦政府は後者、つまり「転移先に既に物体があった場合、その物体を吹き飛ばして転移魔法を完了させる」という方法を禁じた。この方法を使う魔術式と魔法陣は政府役人にしか利用が許可されていない。

つまり、この酒場をぶっ飛ばしてやってきた目の前のちびっ子は、当人の言う通り連邦政府の遣いなのだ。

「皆さん、パーティを作成したときギルドに申請したでしょう。あの時にサインする書類には魔術誓約がかかっていまして、特定の条件を満たすと我々の部署に連絡がいくのです」

幼女……アニーは羽織った黒いケープから革の手帳を取り出してめくった。

「今回の場合は、そうですね。第十二条に則り、パーティメンバー三分の二以上の賛成を以ての追放。これは自動的に我々、委員会の確認対象になります。今回の追放対象……えーと」

幼女は俺を見た。

「ノットさん?」

「お、あ、はい」

丁寧語を使うべきか迷ったが、この見た目で実は年上なんてこともあり得なくはない。役人だと言うのなら猶更だ。

「あなた、追放に当たって事前通告はされましたか?」

「えっ?」

「追放という事は、あなたは少なくともパーティからの脱退に同意していなかったわけですよね。その場合、他パーティメンバーの賛同による追放だとしてもおよそ十五日前に通告が必要です。そうでない場合、ノットさん側に明確な非合法行為や、パーティメンバーへの加害が認められなければ法律違反になります」

そんな通告は来ていない。俺は本当に今日初めて追放のことを聞いた。文字通りの晴天の霹靂だった。

俺はリーダーに目を向けた。リーダーは顔色を悪くしてテーブルを見つめている。

俺はアニーの目を再度見た。

「通告は……ありました」

視界の端で、リーダーが驚いた顔をしたのがわかった。

いいって。気にしなくていいよ。こんなことでまで迷惑かけるよりは、お互い気持ちよくお別れしたい。

「本当ですか?」

「はい」

「ふむ」

アニーは手帳にペンで大きくマルを描いたようだった。俺はほっとした。

「では、これは解決と。では続いて退職金、それから追放に伴っての賠償金の話を……」

「ちょっ、ちょっと待て!」

俺はたまらず口を出した。

「退職金はその、冒険者法? で決まってるんだろうから、ともかく! 俺は賠償金なんていらない! みんなには世話になったし追放理由も納得いってる、だからそれはなしで……」

「何言ってるんですか、賠償金を支払うのはノットさんですよ」

「は……」

俺は口が開いたまま塞がらなくなった。

「は?」

アニーは俺を無視してシーフに話しかけた。

「シーフのお兄さん、治療って何回受けましたか?」

「七回だ」

「一回の治療費は?」

「処方箋と診察で二千G……カウンセリングで七千G……治癒魔術三千Gだから……」

一万二千G、と手帳に書き込んで、アニーは振り向いた。

「このシーフのお兄さんはあなたによる魔物窒息死排泄物ぶりぶりショーを見せられたせいでノイローゼになってます。連邦に休職届と診断書と医療費控除の相談も医療魔術師を通じて来ています」

「あの見た目でぶりぶりショーとか言うのすげえ嫌だな」

「こんな役人嫌だ……」

「やっぱり連邦ってクソだと思う」

回りの客は好き勝手言っていたが、俺は何も言えなかった。連邦はクソだが話を聞くに俺も同じくらいクソだなと実感してしまったからだ。一万二千Gを七回ってだいたい八万四千Gだろ。そんだけ使わせてたのか俺。というか今この場で払えって言われたらどうするんだ? 無理だ。俺は無職だ。

「……待った、治癒魔術三千G?」

アニーは手帳に書き込む手を止めた。

「カウンセリングは何分くらいかかってますか?」

「たしか……三十分」

アニーは少し考え込む様子を見せてから、シーフを再び見上げる。

「……なにか売られました?」

「運がよくなってギャンブルに勝てるツボを売られた」

「くっ」

アニーがちいちゃな拳でテーブルを叩いた。苦い表情を浮かべる。

「最近よくある詐欺です。治癒魔術と偽って適当な雑草の煎じ薬を飲ませ、カウンセリング中になんか魔力波動促進機とかそういう意味わからん効果を喧伝する偽の魔道具を売るんです」

「くっ」

リーダーが武骨な拳でテーブルを叩いた。苦い表情を浮かべる。

「なんて効果覿面なんだ……ただでさえ判断力の落ちている病人に、しかもよりによって財布と頭が時々緩くなるうちのシーフに」

「時々……?」

俺が問い返すと、リーダーは俺をじろりと見て咳払いした。ソーサラーがふと思い出したようにシーフに顔を向ける。

「アンタそういえばこないだ私になんか謎の瓶分けてきたわよね」

「買い過ぎて余ったからお裾分けしようと思って」

「いくら使ってるのこのバカ」

「念のため言いますが」

アニーが忠告した。

「もっとヤバいとこだと麻薬処方してきますよ。ツボとか瓶で済むならマシです」

「あの、賠償金の話は……」

俺はたまらず口をはさんだ。アニーは虚ろな目で天を仰ぎ、呟いた。

「状況から察するに、シーフさんはそもそも治療を受けていない可能性があります。一旦本件については連邦捜査局に話を回しますので、賠償金の話はまた今度」

「あ、ああ……」

シーフには悪いが、正直俺はほっとした。支払えと言われたら覚悟はしているが、八万ちょっとGの借金をいきなり負うのはかなり心臓に悪い。

とはいえ、速やかに次の勤め先を見つける必要がある。ギルドに顔を出してパーティメンバー募集の貼り紙を見てみるしかないか、と明日の予定を考えていると、アニーがふいに声をかけてきた。

「ああそうそうノットさん、あなたあと半年は別のパーティに再加入できませんよ」

「えっ!?」

「つい最近、被追放者が新しい冒険者パーティに加入する場合は追放から半年を置かなければならないという条文が追加されたんです。パーティへの賠償金支払いはさらにその半年後、つまり一年後から開始されますのでご安心を」

少なくとも借金取りには追われないわけか。いや、しかし。

「だとしても、生活費はどこから出せばいいんだ? さすがに半年無職でやってけるほど貯めてはないんだが」

「連邦による職業訓練か、あるいは職業安定所に通えば失業手当が支給されます。労働意欲があれば三食食べて毎日お風呂に入れる程度のサービスはします」

「失業手当……あれか。下手したら前の生活よりおカネもらえるやつ」

「なんだって!?」

背後の冒険者たちがざわつき始めた。アニーは頷いた。

「連邦としては働く気力のある人が働いてくれるなら問題ありません」

「大抵の斡旋先は冒険者稼業らしいけどな」

「戦争もあるしな、選ばなきゃ仕事はあるよな」

「ちなみに今最もアツく募集されているのは対鋼鉄都市の最前線基地です」

「いやだ~」

「だいたい死ぬじゃん」

アニーはしばらく手帳にペンでいくつかのチェックを入れ、メモを取ったが、やがて顔を上げた。

「……では、賠償金は一旦連邦捜査局待ち。ノットさんの失業手当に関してはまた後ほどレンタル魔法の石板を渡しますのでその指示に従ってください。それでは、最後に……」

「まだあるのか」

「いつになったらまた酒が飲めるんだ……」

「店主も糖蜜真珠の時価を調べに行って帰ってこないし……」

背後の観衆たちが呻く中、アニーはケープの裾からまた紙束のようなものを取り出していた。

「追放者・被追放者の税金の話です」

「確定申告か?」

俺がぴんと着て尋ねると、アニーは俺をじっと見てから「んー……」と低くうなり、首を振った。

「おしいですね」

アニーはテーブルの中央で奇跡的に無事だったサラマンダーの丸焼きを示した。

「このお料理って、メニューではいくらでした?」

「あ、ああ……」

リーダーは答えた。

「確か三千Gだったはずだが」

「ふむ」

アニーは一つ頷くと、その皿を片手で軽く持ち上げた。

「ノットさんが追放されてあなたたちが今日帰るとしましょう。会計をするとき、これの価格が三千一百Gになるとしたら?」

「何!?」

「ええっ!?」

シーフが、暗い目で「……ああ」と呟く。

「冒険者軽減税か?」

「そう」

アニーは皿を置いて腕を組んだ。

「あなたたち冒険者には未開の土地、ダンジョン、神殿の開拓……それから盗賊やテロリスト、魔族の討伐依頼をこなしてもらっています。これは我々連邦がすべき開拓・開墾と治安維持業務の代行ともいえるでしょう。そのため、連邦の領土内における食費他諸々の税に関する優遇が与えられています」

ですが、とアニーは指を四本立てて示した。

「この税金に関する優遇額の割合はパーティ、ひいては組織の規模……具体的には活動している人数に反比例してきます。わかるでしょう? 鋼鉄戦争の最前線に出る千人超の魔法騎士団と、こんなカッスカスの酒場でしか酒も飲めないようなパーティでは話が違うんです」

「店主がいないからって好き勝手言いやがって……」

「くそっ……この酒場がオープンカフェになれば俺たちも……」

「そもそも壊れたのってこの役人のせいじゃん」

「だまらっしゃいっ」

アニーが足をぶんぶんと机の下で振り、唸った。

「こんなこと我々だってしたくないんですよ。もとはと言えば奴隷密輸業者が悪いんです、あいつら諸外国から輸入した奴隷をパーティに加入させて輸送しようとするんですよ! パーティに入れることで輸送費、食料、その他もろもろに関して税率を軽減して、ただでさえ単価が高い奴隷の運送コストを減らすんです!」

「もう治安が終わってる」

「とっくに終わってますよそんなもん! 連れてきたパーティメンバーの奴隷は地下オークション会場で追放され、『追放後食うに困った結果自分自身を売り出した人たち』扱いになるんです! その点我々が空間転移してその場で取り締まれば少なくとも水際対策にはなります、人権保護の観点上仕方ないんです! 実際効果も出てるし!」

ひどすぎる話だ。だが、これでも冒険者をやってた身だ、彼女の言葉に心当たりはないでもない。奴隷も、人を売り買いする様子も……首都のほうならともかく、下町や裏ぶれた通りを入れば、見たことがあった。

就業制限もかかるし、委員会が空間転移魔法でぶっ飛んでくるわけだ。俺の今後の生活の問題はともかくとして、制度としては理解できる。

「あとね、連邦の手間を増やすという嫌がらせもできます」

「なるほど」

「もっとやれ!」

……まして一般的な住民や冒険者の倫理観がこのレベルでは。

俺は半ば呆れながらアニーに問うた。

「アニー、つまり俺が抜けるとこいつらが損するかもしれないってことなんだよな?」

「そうですね」

と、アニーは指を一本折る。

「といっても四人パーティが三人ですから、負担の上がり幅は……一割にもならないとは思いますが」

「……で、その変更っていつから始まるの?」

「明日から適用ですね」

「あー、じゃあ、今日分は俺が払うよ。迷惑料代わりとして。で、シーフ周りの賠償金は払うとしても一年後から、間違いないよな?」

「間違いありません。むしろ、捜査局への事実確認もあるのでもう少し遅れるかも」

「……っつうわけで、明日からその、ダンジョン攻略とか遠征の費用がちょっと割高になるけど、すまん」

俺が謝るべきことなのかどうかはわからないが、一応筋を通すべくリーダーに向けて言っておいた。リーダーも気圧された様子で「あ、ああ、うん……」と返す。

ソーサラーたちはその傍でひそひそと話し続けていた。

「もうちょっと税金の勉強しとくべきだったわね……」

「全く、ソーサラーはいつも酒ばかり買うからな」

「あんたがいつもギャンブルにぶっ込むから気にしてんのよ!」

ソーサラーがシーフに噛みついた。いつものだ。

「なんであんたはこう、財布の紐がゆるいの!?」

「疲れてるとお金周りの計算ってできないよね」

テーブルの破片やらを盾にしている冒険者たちが囁き交わした。

「わかる。たしかに」

「……じゃあそもそもなんで賭場行ってボラれてるんだ?」

「ギャンブル狂なんじゃね」

「もっと他に治してもらうべき精神的問題があるのでは?」

「お静かに」

アニーは静かに周囲へと声を発した。

「ギャンブル依存症はまだ連邦内で疾病として認められてないんです」

「そうなんだ……」

「首都に連邦公営カジノがあるからだろ」

「やっぱ連邦って最悪だわ」

連邦の暗黒はともかくとして、パーティの面々……いや、元パーティの面々か。彼らもどうにか、先のことを考えられるようになってきているようだった。

元々俺は、パーティの三人を支えられるようになりたいと思っていた。だから世話を焼いていたし、シーフの金遣いの面倒も見るようにしていた。

でも、こうしてみると、そんな気遣いは無用だったのかもしれない。俺がいなくてもソーサラーは頑張ろうとしているし、リーダーもちゃんとパーティ全体を見て「俺の追放が最善だ」と判断していた。シーフは、まあ、俺がいなくなって精神状態が改善されるよう願うしかない。

俺はアニーに向かって言った。

「明日以降、俺の買い物とかもろもろにも軽減は適用されなくなるってことでいいんだよな」

「ええ」

「……他には?」

そろそろ伝票を持ってかっこよく去りたい。今後の三人のことは三人に考えておいてもらえればそれでいいし……俺も、いい加減一人になりたい気分だった。

「特には……ああ、いや、今回に限って一点気になることが」

「なんだよ」

「ノットさん、あなたの能力についてです」

やっぱり、来たか。来てしまったか。

連邦は甘くない。俺は内心で身構えた。

「今回の追放理由に絡むことですが、記憶を消す能力があるというのは本当ですか?」

「……」

シーフの不調の原因が俺の魔物に対する能力行使によるものだと知っている時点で、大まかなことは分かっているはずだ。ここで俺が否定したところでパーティメンバーに聞けばいい話だし、他の大勢だってさっきのやりとりを耳にしている。

俺は頷いた。

「……そうだよ」

「では」

アニーは俺を値踏みするような目で見つめて、人差し指を立てた。

「ノット、その魔法は異端目録に登録される外法……失礼、魔法連邦が未発見の魔術という可能性があります。もし連邦に申告していないのであれば後程連邦に“協力”いただく必要が出てくる可能性があります」

空気が変わった。

周囲の冒険者たちも、元パーティメンバーたちもいつの間にか会話をやめている。俺たちのやりとりを、固唾を呑んで見守っている。

俺は硬い口調で言った。

「……俺の力は、俺の家に伝わる固有の妨害魔法だって言ったはずだけど」

「シーフさんは少なくともそう思っていたようですね」

ですが、とアニーは応じる。

「あなたの生まれた村と家に確認しましたが、そのような魔法はない、と。そもそもあなたには魔法の才能はなく、せいぜい初級魔術か、野宿に必要な最低限のもの程度、それも魔法陣を併用してしか使えない。にも関わらずある日……あなたの周りで、奇妙なことが起こったと」

俺は答えなかった。

アニーは無情にも、手帳をめくった。

「一匹の猫が、明らかに致命傷を負って死にかけていた猫が、歩き出したと。家族に馴染めなかったあなたが唯一かわいがっていた黒猫が、あなたの腕の中で急に目を開けて……あなたと遊んで、あなたの手から餌を食べ始めたと」

「……」

「猫は数時間後に死亡したそうですが……これは、あなたが猫の死を引き延ばした、つまり特殊な何かによって延命した、とでもとれるのでは?」

「そんなことはしてない」

俺は返した。アニーは手帳を閉じて、椅子を降りた。

「あなたはそうは言っても、周囲がどう考えるのかは別です。死の先延ばし、魔術以外の技術による延命は重大な規定違反……」

振り向くと、アニーはちらと上目遣いで俺を見上げた。

「次の職場云々を考える前に、同行を。連邦の研究のため、中央共通大学に来ていただきたく」

「それ、一生実験体として飼われろって意味だろ?」

「どのみち、あなたには逃げようがありませんし……」

アニーは酒場を見渡す。

「そうですね、こうしましょう」

その声は冷え冷えとしていた。

青い目が俺をまっすぐに俺を覗き込んだ。

「ここにいる私を除く全員の、あなたに関する記憶を消してください。そうすれば、私から連邦に口添えします」

周囲が一斉に固唾を呑んだ気配がわかった。

「この騒ぎではあなたに関する悪い噂が広まることは避けられません。そもそもシーフさんの病気の原因自体が、あなたが魔物を手っ取り早く殺そうとした結果でしょう? 目の前にいる人間を何もせず絞め殺せる存在だと広まってしまったら、あなたはもう再就職すらままならない」

「……」

俺は、周囲を見た。

アニーに向けられていた畏怖の視線は、恐怖に変わって俺を見ていた。

……魔族に対する感情と、異端目録への感情は異なる。

魔族はこの世界に古来からある存在、つまりあくまでもこの世界のシステム……在来種の一つだ。俺個人の心情はともかく、絶滅を目論むほどのものではないだろう。

一方の異端目録はつまり、この世界における魔術の理から外れた存在、能力を指すものだ。人の心を魂から歪めたり、ほんの一言で天変地異を起こせたり。

つまり。

ソーサラーが立ち上がりかけて、口を開いた。周囲に魔法陣が浮かび上がる。

リーダーがテーブルに立てかけていた剣を掴む。

だが。

「なぁ、お前らさ」

ひとつだけ、俺の能力に関して、パーティ内で伏せていたことがあったのを思い出した。

俺の能力は魔法ではない。

つまり、長い詠唱も、魔法陣も必要がない。

ただ、俺の意図を以て。

「俺が誰なのか、わかるか?」


重いものが連続して倒れる音が響く。

攻撃行動を取ろうとしていた冒険者たち。

目の前のかつての仲間たち三人。

……そして。

「悪いな、嬢ちゃん」

振り返ると、背後の役人アニーも、地に伏していた。

「残念だけど、俺は連邦に捕まりたくない。……誓って言うが、俺は盗みも詐欺もしてないし、今後も人を傷つけるようなことのために力を使うつもりもない。だから、なかったことにしてくれよ」

どうせ覚えちゃいないだろうが、そう声をかけておく。

……旧パーティのメンバーに、再度目を向ける。

ソーサラー。お前のこと、ちょっといいなと思ったこともあった。けれど酔拳が普通に怖かった。今にしてみればあれは、幼馴染二人の前でだけ見せる素だったのかもしれない。でもその酔いグセは気をつけた方がいいと思う。

シーフ。お前にはずっと世話になった。でも詐欺は引っかかるなよ本当。あと賭博もやめような。シーフが騙されてどうするんだ。敵の気配探知と潜入、鍵開けは得意なクセに。

リーダー、お前も苦労してたよな。今にしてみると、あいつは俺のやり方にずっとやんわり苦言を呈してくれていた。幼馴染との間を取り持とうとしてくれていた。こんな形で無駄にしちまって、ごめんな。

もう三人とも、次に目覚めたときは俺のことを覚えていないだろう。他の冒険者も含めて全員、めちゃくちゃになった酒場で目を覚まして、あれ、何があったのかと顔を見合わせて……それだけで済むはずだ。

……この力を自覚した時のことを思い出す。

アニーの言うとおり、猫の時だった。

野良猫だ。ある日うちの木の下に寄り付いた。昔飼っていた猫を懐かしんで、ミケと勝手に呼んでいた。

ある日、村を唐突に魔物が襲った。ミケはその余波で深い傷を負った。

黒魔術、魂そのものを傷つける魔法の傷は治療が難しい。ミケはもうすぐ苦しんで死ぬ。

俺は『最期だけでいいから、この痛みを忘れて過ごして欲しい』と願った。

俺の望みは叶えられた。ミケはその傷をものともせずに飛び跳ね、猫じゃらしで遊び、魚を食べ、最後には俺の腕の中で安らかに眠りに就いた。

間違ったことをしたとは思わない。けれど村の連中にとって、喉がぱっくり裂けたまま歩き回る猫とそれと遊ぶ俺は、さぞや悪魔めいて映ったに違いない。

ミケを埋めた後、俺は村を自ら離れた。家族ですら俺を見送らなかった。疎外と嫌悪の視線を受けながら、俺は初めての追放を味わった。

それから俺は、魔物を殺し続けることにした。

記憶を消す能力は魔物をいたぶるのにも便利だったし……他にもいろいろ、使い道があった。

アニーに言ったとおり、盗みや犯罪には使ってない。誓ってそう言える。

けれど俺は確かにあることを秘密にしていた。そして、それを隠すためにずっとこの能力を使い続けてきた。

ふと、自虐的な笑みが浮かぶ。

結局のところ、三人は正しかった。俺は隠し事まみれで、自分に対して都合がいいように能力を使ってばかりいる。

こんな俺が追放されたくないなんて、どうして言えたのだろう?


「なるほど」

背後から声がした。

「確かにこれは……想定外でした。瞬間的な意識の喪失まで可能だとは」

衣擦れの音と共に、何かが立ち上がったのがわかった。

「とっさに周囲にあわせて地面にうつ伏せになりましたが、間違っていなかったようですね。倒れた私を救助しなかった時点で、あなたは意図的に私に能力を使った……そのつもりだった。つまりあなたは連邦から逃亡するつもりです。わかってよかった。実力行使の方が得意なんです。仕事が早く終わるから」

振り向く。

アニーが立っていた。いや、浮かび上がっていた。

空気が弾けるような音が響いている。周囲に青白い電光がうっすらと走っている。アニーの目と同じ色合いだ。

マントの裾野から青白い炎が吹き出している。宙にホバリングしているのはその作用だろう。

彼女の目から、同じ色合いの線が頬に伸びていた。うっすらと燐光を放つ無機的な直線は、彼女が人間ではないことを表している。

明らかに、魔法、によるものではなかった。断じて。

つまり。

「――精密な自動人形(オートマタ)に対して、異能(チートスキル)は効かない」

冷たい口調の正体……今となれば合成音声だとはっきりわかる声が、断じた。

「この世界では知られていない事実です」

「どう……して」

俺は声を振り絞った。

「わかっ……」

「確定申告!」

アニーは俺を指差して噛みつくような口調で言った。俺はすべてを察した。

「あんなに税金やカネの話しといて確定申告がないなんてことある!?」

「連邦が一度受け取った税金を民に返したりするわけないでしょう!」

「嘘だろ、政治がクソってだけで、そんな――」

「もらった!」

アニーは弾丸の如きスピードで俺の胸元に突っ込んできた。反応する間もなかった。

目の前が明滅する。痛みは感じなかった。俺は視界がぐらつき、何か硬いものに身体が強く打ち付けられたのを感じた。

「あなたのような存在のために、私は存在するんですよ」

暗くなりゆく視界と意識の中に、青白い雷光がひらめく。

彼女のマントの長すぎる裾からはみ出した指先。

スタンガンだ。知ってる。元いた世界でしか、見たことのなかった……

「一緒に来ていただきますよ。ノットさん……いいえ、異世界転生者第十三号さん」


<つづく……?>

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