再誕

再誕



研究所の同僚だったAとBが死んだ

Aが死んだことを知ったのはBからの連絡があったからで、Bが死んだことを知ったのはトップニュースを飾る様な死にざまだったからだ


男は大脳生理学の研究者だった。

勤務先のライトハウス研究所は表向きこそ傷病者のリハビリテーション及び高機能義肢の研究を謳っていたが、その真の目的は歴史の裏や闇で暗躍する怪異への対抗手段の研究及び開発だった。

発足はおよそ三十年前。

創業を遡れば数千年などという数字が出てくる同業他社に比べるとペーペーも良いところだったが、後援者として大企業や政府機関を抱え込んでおり、羽振りだけはやたらとよかった。

そしてもちろん男はその研究所の裏の顔に属する研究者だった。

数少ない友人であるAとBと同様に。

男が現在暮らすのは川沿いのアパルトマン。給料がやたらと良かった研究所時代の蓄えで買った物だ。

窓の外には季節外れの濃い霧が流れ、夜を照らすはずの月や街灯を覆い隠している。

男の深酒に濁った脳はもやいを外れた川舟のように頼りなく揺れながら過去へ回帰する。

研究所時代こそ男の黄金時代だった。男はそこで運命と出会った。


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雇用契約書の内容からしてヤバい予感はしていたが、研究所の内実たるや男の想像以上で、どこからともなく調達してきた子供たちを人体実験に浪費しても誰もそれを咎めないことは当初、衝撃だった。

それどころか形式番号で呼ばれる実験材料の消費は悲劇ではなくノルマでさえあり、研究所では何よりも結果を出せないことこそが悪であった。

運動野の人為的制御とその限界の追求を研究分野としていた男は、大学時代の天井を堅気の世界では絶対に許されないであろう人体実験の数々によって超越した。

結果さえ出せば賞賛される、賞賛される研究者は待遇が良くなる。待遇が良くなれば何をしても誰も口を出してこなくなる。

倫理の枷さえ外してしまえば研究所の居心地はよく、趣味の合う友人も出来た――それがAとBだった。

どれだけ人倫を踏み越えられるか、常にそれを問われている研究所において、性的放埓の話題は世間話の1レパートリーにすぎず、アブノーマルな性的嗜好であっても時間さえかければ必ず同好の士が見つかった。

AとBと男の間の紐帯は共通した性的嗜好、児童性愛嗜好だった。


それは男が研究所に勤務するようになってから三年が経過した頃だった。

一週間の勤務が終わり、三人が飲む席でAが勢い込んで言った。


「おい、今度改造が終わるリッパーに凄いのがいるぞ」

「凄いって何が凄いんだよ。たかがリッパーだろ?」 Bが言った。


まあ、確かに、と男は思った。

人造霊能力者の中でリッパーは最もあり触れたアセットだ。

研究所内で石を投げればだいたいリッパーに当たる。

男もその週、帰還こそしたものの戦闘能力を喪失したリッパーの脳を弄って三体ばかり死なせていた。


「そういう意味じゃないって。凄い美形なんだよ」


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件のリッパー――Aはジャックと呼んだ――は確かに凄まじい美少女だった。

目にも鮮やかな銀髪、繊細な鼻梁、細いおとがい、柔らかな頬、桜色の唇。

転がり落ちそうなほど大きい瞳は研いだ鋼の色をしていた。

きめ細やかな白い肌にはシミ一つなく、まだ花開かぬ年頃ながらスラリと長い手足と緩やかな起伏を描く胸のラインは将来のスタイルの良さを予感させる。

健康的な肉付きの太ももは丸みを帯びながらツンとしたカーブの小ぶりなヒップに繋がり、華奢なウェストへと至る蠱惑的となシルエットを映し出していた。

恥丘にはまだ産毛の気配さえ見えない。

雷に打たれたような衝撃だった。

三年にわたる勤務経験から、研究所の素体の選抜基準の中に美的基準は間違いなく含まれていないと男は確信していたが、ジャックの存在感はその確信を揺るがせるに十分なものだった。


「……惜しい」


息をのむ三人の中の誰ともなく言葉がこぼれた。

リッパーは最も損耗が激しいクラスだ。実践投入されれば余命は一週間に満たない可能性が高い。

七日後にはこの美はもう存在しないのだ。


「……なんか口実作れ。実験でも経過観察でも訓練でも何でもいいからさ」 Bが呟いた。


男の脳裏のToDoリストの中には近いうちに試みておきたい実験が幾つか記されている。だが……。


「実戦投入はそんなに遅らせられないぞ。むしろ実験結果を見るためにとりあえず怪異と戦わせてみるって可能性も」

「遅らせるとか早めるとかそんなのどうでもいいんだよ」


Bの目は血走っていた。


「怪異に食われちまうまえにさ、俺たちで味見しねぇ手はないだろ」


AとBが研究所のJシリーズの中でも比較的長命なシンガーやリンカーの中に『お気に入り』を作っているとは聞いていた。

見目の良い少女を見つけては実験等の口実で呼び寄せては性的欲求を満たしていると。

そういった話を聞くたびに、羨望の念が湧き、欲望で股間が疼いた。

だが結局、誰にも手を出さないまま三年が過ぎていた。

性的嗜好に合致する年頃の少女を実験材料として玩弄するという状況それ自体に満足していたのかもしれない。

あるいは実験材料として扱う頻度が増えた結果、彼女たちを性的対象として見ることが出来なくなっていたのかもしれない。

どこに真実があるのかは男自身にも分からない。兎に角もつまるところ、男はまだ童貞だった。

恥を忍んでAとBに告白した。AとBは笑った。笑って肩を叩くと言った。


「そうだよな。初めての相手はヴァージンが良いよな」

「分かった分かった。一番のりはお前に譲るよ」


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荒い息がやまない。バキバキに硬くなった男のペニスはインナーを押し上げ、期待で汁を垂れ流しながらその形を浮かび上がらせる。

普段は開頭手術をするために被検体を横たえる手術台の上で、一糸まとわぬ姿のジャックは不思議そうに男を見つめている。


「おかあさん?」


それはJシリーズに共通した精神操作で、意図的に母親という概念に依存させたうえで、研究員を母親と誤認させるというものだ。

これによってJシリーズは可能な限り研究員の言葉に従い、研究員を傷つけず、研究員の期待に沿うように行動しようとする。

当然、すでにジャックにもその精神操作がなされている。


「おかあさん、くすぐったいよぅ」


甘えるようなクスクスという笑い声。男はジャックの平らかな腹のその小さなへその辺りに頬ずりをしている。

皮膚が薄い子供特有の高い体温、柔らかで滑らかな肌の感触。微かな汗の臭い、


「ああ……ジャック……ジャック……」

「なあに、おかあさん?」


ごくり、と男は唾を飲み込む。興奮は最高潮に達し、触ってもいないのにペニスは今にも暴発しかねない。

男には余裕が全くなかった。だがそれでも男は言葉を絞り出すようにジャックに命じた。


「ジャック、脚を広げなさい」

「脚を? こうかな、おかあさん」


過呼吸寸前の男の目の前で、それまで誰も触れたことのない未踏地がゆっくりと開かれていく。

限界まで開かれた脚の中心で、手術台の照明に照らされた未成熟なクレバスはぴっちりと閉じられたままだった。

引きずりおろす手ももどかしく男はインナーを脱ぎ捨てる。

前戯だの濡らすだの考える理性はとうに蒸発していた。それでも準備しておいたローションをペニスに塗りたくった。

快楽だけを求める獣欲が理性の代わりに身体を突き動かしていた。

男がジャックの中心にペニスを沈み込ませる。ジャックの花弁にローションで濡れたペニスが滑り込む。

笑顔だったジャックの表情が歪んだ。初めて感じる種類の痛みに眉をしかめる。


「おかあさん、なんだかお股がいたいよ」


男の身体がジャックにのしかかる。ジャックの小さな肢体が男の緩んだ体に呑み込まれるように圧し潰される。


「大丈夫、大丈夫だから。ジャック、我慢して、お前のためだから」

「う、うん、わたしがんばるね、おかあさん」


ジャックが自分のペニスで苦痛を感じているという事実に男は凄まじい快楽を覚える。

ペニスの侵入を拒むかのように狭い浅い膣よりも、押し付けた己の胸のあたりに感じるジャックの細い吐息よりも、汚れない無垢な体を欲望で思うさま汚している事実に男は興奮していた。

もはや口から放たれる音は人語の体をなさず、獣のように吠えながら男は激しく腰を振りたくった。

あまりにも浅ましい姿だった。それが男の欲望の形だった。

そして、唐突に。


「あ、ああぁああ……」


魂が抜けるような声とともに、男の放つ精がジャックの内側を汚した。


「おかあさん、これなぁに?」


ジャックは己の膣口から垂れ落ちる精液を指先で掬うと不思議そうな顔でそれを弄ぶ。

その白濁した液体に破瓜の赤がわずかに混ざっていることに男は燃えるような暗い喜びを覚える。


「それはね、ザーメン。言ってごらん、ジャック」

「ザーメン? 変なの」

「それを出すとお母さんは気持ちがいいんだよ」


Jシリーズには研究者との間でコミュニケーションを可能とするための最低限の知識しか植え付けられていない。

性行為や生殖といった事柄に関する知識は0だ。

真っ白と言ってもいいジャックに自分に都合の良い、歪んだ知識を植え付けることは男の支配欲をいたく刺激した。


「おかあさん、気持ちよかったんだね。よかったあ」

「ああ、ジャックのおかげでとても気持ちがよかったよ」


無邪気に喜ぶジャックの花開くような笑顔に、男の欲望が再び湧き上がる。

あの笑顔を汚したい、あの笑顔が歪むところが見たいという暗く歪んだ欲望。


「よし、もう一回だジャック。今度はおかあさんの上に跨って」

「う、うん……でもあれいたいから……」


言い淀むジャックに男は命令を下す。

決して拒むことが出来ない命令を。


「おかあさんは気持ちいいんだ。さあ、跨るんだ。跨れ、ジャック」


研究室には必ずライトハウス研究所のトレードマークが掲げられている。

それは夜を照らす三つの灯台。

怪異という名の闇を切り裂き、人の世を照らすはずのともし火は、あたかも研究室の中で行われる背徳の儀式を見つめる三つ目のようであった。


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ジャックは予想を超えて長生きした。

リッパーとしては歴代最長不倒と言っても過言ではない。

帰還不能と言われた任務を完遂し、遥か格上のはずの怪異を切り殺し、滅した。

その間にジャックはA、Bそして男の共有物のような立場になっていた。

AとBは自分のお気に入りとジャックを同時に呼び、複数プレイを楽しむこともあったようだが、男はジャック以外のJシリーズに目もくれなかった。


跪いたジャックに見せつけるようにペニスをさらけ出す。

大切なものを扱うようにジャックは両手でペニスを捧げ持つと、竿に舌を沿わせた。

その刺激に屹立していく肉棒を舐め上げ、裏筋を丁寧に清めると鈴口を舌先でつつくように刺激する。

亀頭を口に含むと小さな舌で器用に舐めまわす。深く咥えこんで頬の内側でしごき上げる。

思わず声を上げた男を見上げたジャックがいたずらっぽく微笑む。


ジャックは口淫が得意だった。

好んだと言ってもいい。

セックスよりも口淫の方が小さすぎる身体に対する負担が少ない、ということもあるだろう。

だが一番の理由は……


「ああ、気持ちいいよ、ジャック。上手になったな」


男がそれを好んだからに他ならない。

まず奉仕の手管を教え込むことはジャックを都合よく染め上げるという男の支配欲求に強く満足させた。

さらに言えば男はジャックにおかあさんと呼ばれることに内心倦厭していた。

セックスの最中、男の気分が最高潮に達したタイミングでジャックがおかあさんと呼んでしまい、思わず男が殴り飛ばしたことも1度2度ではない

それはおかあさんと呼ばれるたびに男が密かに育んでいた『年の離れた恋人』という幻想を酷く傷つけられるからだ。

だが精神操作のキーが母親への依存である以上、別の名で呼ばせることは不可能だった。

その点、口淫の最中はジャックが喋ることが出来ない。それが男を余計に楽しませた。


男がジャックの頭を掴んだ。何をするか悟ったジャックは小さな口を精いっぱい開き、喉奥を緩めた。

男の両手がジャックの頭を固定し、そこに腰をつきこむ。

十分に濡れたペニスが喉奥まで勢いよく呑み込まれる。反射的にえずきそうになるジャックは必死にこらえている。

えずきに耐え酸欠で赤く染まるジャックの表情を、男は都合よく性感によって昂っていると解釈する。

遠慮なく腰を引き、再び突き込む。濡れて暖かいジャックの口腔の感触に男は陶然とする。

頭を掴んだ両手の下で艶やかでしなやかな銀髪が腰を振る勢いでブチブチと千切れるのを感じている。

部屋の中で重く濡れた音だけが響く。

やがて腰のあたりに生じる甘いしびれが男に限界が近いことを教える。


「ジャック、飲め! 飲むんだ!」


男は叫ぶとそのまま、ジャックの口中に精液を吐き出した。

ジャックはペニスを口に含んだまま、コクコクと細い喉を上下させて精液を飲み下す。

男は心から満足し、ジャックの髪を撫でる。その拍子に、千切れた銀髪が床に舞い落ちた。


男の主観では彼は一途だった。ジャック以外の誰も愛さず、ジャックだけを見ていた。

他の少女にも手を出すAやBとは違うのだと信じていた。

だが結局のところ、ジャックを蹂躙し、その欲望を彼女の内臓に排泄するという点において、彼はAとBと何一つ変わるところはなかった。


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男と出会って一年ほどのち、ジャックは単独任務中に突如として姿を消した。

怪異相手の敗北において、何一つ痕跡を残さず消失するのは珍しいことではない。

天才的リッパーにもやはり限界があったというのが大方の見方だった。

男はあらゆる物事に対する熱意を失った。

男にとってジャックとの逢瀬こそ生きる意味であり、研究所の存在価値だった。

研究はおざなりになり、些細な理由で欠勤を繰り返した。

解雇ではなく退職扱いだったのは男にとっても驚きだった。

金はあったので自宅に引きこもって酒を呑む生活が続いた。そして……。


「Aが死んだ」


久しぶりのBからの連絡の内容は剣呑だった。


「ああいや、病気じゃない。事故でも……その、帰宅途中で強盗に襲われたらしくてな。ナイフで一突きだって話だ」


運のない事だと男は思った。

Bからの連絡はAの葬儀の案内だった。少し考えさせてほしい、男はそう答えた。


次にBの顔を見たのは、流しっぱなしにしていたTVで放送されたニュース番組だった。

男性、自宅にて殺害される。

激しい拷問を加えられた形跡があり、警察では何らかの組織犯罪に巻き込まれた、あるいは新たなシリアルキラーの出現ではないかと警戒している。

大写しになったBの写真の横でニュースキャスターが事件の概要を無感動に伝えるさまを男は眺めていた。


殺し方があまりにも違うので、二人の繋がりにまだ誰も気づいていない。

だが、俺には分かる。あの二人の共通点はジャックだ。

ジャックだ。ジャックが帰って来る。

ジャックがとうとう、俺のもとに帰って来るんだ。


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待ちわびた声が聞こえたのは霧の夜だった。


「おかあさん……おかあさぁん……」


幼く甘い声が幾重にも響く。

それはアルコールで崩れかかった男の脳だけに聞こえる幻聴か。


「ジャァァァァァック! どこだ、どこにいるんだ、ジャァァァァック!!!」


ドアを開ける。霧に向かって走り出す。

クスクスという笑い声に導かれ、足をもつれさせながら男は奇妙に人気のない夜の街を走り続ける。

ジャックはあちらこちらの街角から、からかうように姿を見せてはまた霧の中に消える。

現実感がないまるで影絵の街並み。路地裏から顔をのぞかせた黒山羊がベェと鳴いた。


「こっちだよ……こっち……もう少し……」

「待て! 行くな、行かないでくれぇぇぇ!!」


ずっと求めていたその背中。そこに指先が届くと思った刹那。

トン、と軽い音がして男の足首から先の感覚が消失した。


「え?」


つんのめる。転がるように転倒する。地面に全身を打ち付けて息が詰まる。

影絵の街に血の赤。赤は男の身体から流れ出している。足首があったはずの場所から流れ出している。

鋭利な刃物で切断されたのだと認識した時に感じたのは痛みより熱。パニックの発作が追い付く前に、男はそれを見た。

クスクスと笑いながら見下す鋼色の瞳。


「あ……? え……?」


一対ではない。いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。

霧の向こうから現れる美しい少女たち。

行方不明になったときの装備のままで。男が求めた姿そのままで。

目にも鮮やかな銀髪、繊細な鼻梁、細いおとがい、柔らかな頬、桜色の唇。

転がり落ちそうなほど大きい瞳は研いだ鋼の色をしている。

全く同じ姿、全く同じ顔、おそらくは全く同じ声の100人を超えるジャック・ザ・リッパーたち。

男は何が起こっているのか理解できない。いつしか足首の流血が止まっていることにも気づかない。


「ずっとずぅぅぅぅぅっとだましてたんだね。あなたはわたしたちのおかあさんじゃないのに」

「わたしたちのことをだまして、ひどいことをしたんだね」

「ゆるさない」

「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない」


男の絶叫が誰もいない街に響いた。


まず、声がうるさいので声帯が切除された。指が一本ずつ切り落とされ、脚は寸刻みに刻まれていく。

膝のあたりまで刻まれたところでジャックが飽きて脚の付け根から切断した。

片目と鼓膜は最後まで残された。自分がどうなっているのか認識させるために。

心霊的外科処置によって傷口は速やかに止血されるので出血死は出来ない。

長い長い時間を掛けて少しずつ身体は切除されていき、最終的に男に残ったのは頭と胴体の上半分。

痛みと絶望で正気は残っていないだろう。それでも命乞いの言葉を声にならない声で叫んでいる。

唇も鼻も瞼も、頬もそぎ落とされた顔に残った片目から涙を流し続けている。


「ふふ、お口がパクパクパクパクしてまるで死にかけた魚みたい」

「ばいばい、うそつきさん。だいっきらいだったよ」


最後に別れの言葉に告げて、ジャックのナイフが男の心臓に突き刺さる。

男の世界からすべての光が消えた


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「ジャック、上手になったね。最初は一発で殺しちゃったのに」

「あ、おかあさん。ほめてほめてー」

「よしよし、花丸をあげよう!」

「わーいやったー」

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