再生 死
はい、これで終わり。キーン、と金属が交わる音が空に木霊する。
曇天はさらに曇って雨が降り、肩や髪を濡らして肌を冷やす。着用している服が徐々に重くなり、いつでも嫌いな冷えが体を拘束していく。
零士はそれでも、景親と対峙していた。
砂利で敷き詰められた床を闘技場に、薙刀が零士目掛けて振り下ろされると避け、懐を狙って刺しに行く。その前に手刀を手首に落とされて短刀を落としてしまうが、その腕を掴んで後方へ背負い投げをした。
「!?」
「...油断、大敵です...よっ!」
吹き飛ばされる体を薙刀を支えに整えて、景親は零士の肩へ刺す。
「!?」
「お前もな。年功序列でいいだろ、さっさと譲れ。」
「...何をするおつもりなんですか、その力を使って」
薙刀の柄を掴み、拾った短刀を景親の腹へ刺す。
「無論、呪術界の掌握だ。」
「掌握?」
互いに引き抜き、一歩後退する。腹部から血を流し、右肩から血を流す両者。緊迫する空気が流れ続け、景親は口を開く。
「そうだ!我等恐神の力を強める。ただそれだけの事だ」
「...何故そんなこと」
「そんなぁ?力を持つ者が制する世界の中で、恐神の力が発揮されない故に呪術界から手放され、果てには価値すら無しとされた!!
ならば弱者の烙印を取消し、強者として立ち上がる他ない!」
狂気的な眼で目を燦々と輝かせ、笑い声を上げながら天を仰ぐ彼は正に狂人。強者と言う言葉に取り憑かれ、惨めにされてきた人生故の末路がこれなのだ。零士は冷めた目で一瞥し、叫んだ。
「餓者髑髏は本来消えるべき物の筈だ!“俺”がしくじったから恐神に取り憑いただけであって、決してお前らのためにある生き物ではない!」
いつも以上の気迫を出して叫ぶ零士のような人間は、殺気を出して景親に近付く。しかし前にいるのは狂人。
「知るかそんなもの!!たとえお前が餓者髑髏と共に死ぬために生まれた存在であっても、俺に関係はないだろう...?
お前の中にある恐神肇の魂を取りさえすれば、餓者髑髏は永遠に生き続けるのだから!!」
高らかに叫んで飛び出す景親を、構えて待つ男。左手には『血行』。
カキン、と金属音を鳴らして結界は壊れる。
「チッ...」
「...“俺”はここで死ぬ、漸く死ぬんだ。
そして、結を再び生かす!」
赤い石を放り投げて短刀を振り翳す。そらを避けて薙刀で防ぎ、空いた片方で殴る。それを受け止めてまた殴る、の繰り返し。
何度も何度も攻防を繰り返し、決着はつかない。双方傷だらけの体で、治癒もせずに戦い続ける。
「良い加減諦めろ!不変の存在たる餓者髑髏が消えることはないのだから!」
「いいや必ず“俺”が消す!だから...、!?」
ふと体がよろめいて、突如の頭痛に視界がぐらつく。怒りに染まって黒ずんでいた視界が開けて、混濁していた意識から“零士”は目を覚ます。何をしているのか、何をしていたのか、何を見ていたのか。
そして、何も分からない。
ただ、目の前の刃が心臓を捉えた。
「...は?」
「なんだ、零士を贄にするのか。恐神肇。」
口から垂れる血と赤く染まる服。引き抜かれて血を吹き出す心臓が酷く痛い。そのまま床に倒れ込み、零士は斑点を流そうとした。
(...はやく、早く、治れ...!)
しかし、呪力は流れるどころか堰き止められ反転が施せない。呪力の代わりと言うように流れる赤い血が体を濡らす。それをゴミのような目で見るのは、現当主。
「使えるわけないだろう、俺の術式が作用しているのだから。」
「...え、」
疑問の声が漏れると、景親は言い放った。
「俺の術式は、呪力の強制使用不可。術式使用不可ではない、全呪力を使わせなくする物だよ。」
カカカ、と笑う景親。それを呆然と眺めて絶望感を覚える零士。傍から飛び出して遠くに離れる餓者髑髏は、此方に近付かない。
その様子を見て、漸く点と点が繋がる。足りない頭が事の概要を理解する。
余りにも大きくて小さい、絶望的なそれを理解すると、心内で絶望の音を漏らす。
ー...わけが、分からない。ー
ただ、その為だけに生まれた。
ただ、その為に生かされた。
その事実に、自分という存在の価値が失われていくのを実感する。
全て、歯車にしか過ぎなかった事を知って。
視界が覚束なくなり、次第に瞼が閉じていく。
眺める人間と怨霊が1人ずつ、零士の絶命の瞬間を待っている。
ーけっきょく、ぼくは...ー
疾風のように過ぎ去る出来事と会話を、機能しなくなった耳で聞く。自発的に瞼を閉じて、体を丸めて傷を抑える。
そこへ、景親が薙刀を振り上げた。
「悪く思うな、最期ぐらいは楽にしてやるさ。」
刃が反射する。
その様子に気付く事もなく、意識が眠りに落ちる。
もう、生きる意味はないのだから。
ー郢晢スャ郢ァ?、郢ァ?ク郢ァ?ッ郢晢スウー
瞼の裏側で誰かが呼ぶ。その声が誰なのか、急に聞こえた声に微かに目が開いた。
その直後、曇天の下に赤い花が散った。