端切れ話(内緒の夜更かし)

端切れ話(内緒の夜更かし)


監禁?編

※リクエストSSです




 アパートに引っ越してからというもの、スレッタはあまり買い物をすることがなくなった。

 基本的に隠れているように言われているので、エランが一緒にいない時にひとりで外に出掛ける事はしない。だから普段の買い物はエランがすべてしてくれていた。

 それでも、頼みにくいモノというのはある。

 旅の間なら店の前に待ってもらってコソコソ出来た買い物も、お使いではそうはいかない。内容を本人に秘密にしたまま買って来てもらうなんて不可能だ。

 だからスレッタはこうお願いする。

「エランさん、すいません。またお買い物していいですか?」

「いいよ」

 言われたエランは心得たもので、すぐに端末を貸してくれる。見ると画面は近くのショッピングセンターの買い物画面にすでに切り替えてあった。

「チャージ金額も戻しておいたから、前回より使って大丈夫だからね」

 そしてこちらが気兼ねなく使えるように言葉を添えてくれる。とても優しい心遣いだ。

「ありがとうございます。じゃあ交換ですね」

 代わりにスレッタも自分の端末をエランに貸して彼に不自由がないようにしておく。

 もしかしたら仕事の関係で誰かに連絡したい事があるかもしれないし、外に出る時だって自分との連絡が取れる。そして単純に暇つぶしが出来るアプリも入っている。

 アプリの方は、スレッタがこつこつ溜めたポイントで買ったコミック作品が読み放題だ。

 最初に交換した時などはスレッタの好きな作品名を覚えていてくれて、わざわざ読んでくれた事もあった。

 その事自体も嬉しいし、単純に話題が増えることも嬉しい。何よりスレッタはその間こっそりと目的の買い物もできるので、嬉しいことずくめだ。

「ふんふ~ん♪」

 自分の部屋に戻り、さっそく買い物ページを物色する。ベッドに寝そべって鼻歌まじりで足をパタパタさせ、完全にリラックスした状態だ。

 前回はムダ毛を処理するカミソリと、クリーム。そして下着と部屋着を買った。

 今回は出掛けるためのお洋服が欲しい。あまり贅沢する気はないが、毎回同じ服で出かけたくはない。

 旅の間は毎日お洗濯が出来なかったのもあり、下着以外の洋服は基本的に着たままだった。気候も涼しく乾いていたし、エランも同じ条件だったのであまり気にならなかった。

 でもここの地域の気候はとにかく暑くて湿気がすごい。外に出るとすぐに汗をかく。だから代わりの服は絶対に必要だった。

 実のところ部屋着自体は十分にあるのだが、外に出るための服が不足していると感じていた。

 せめて同じ服でのお出かけは数回に1回くらいのローテーションになるようにしたい…。沈めていたオシャレに対する乙女心が復活したスレッタは、そんな事を思っていた。

 スレッタは改めて端末を見た。ジーッと、真剣に、獲物を物色するハンターのように鋭い眼差しで画面を見据える。

 なるべく安く、なるべく可愛く、なるべく自分に似合うような服を見繕わなければいけない。

 うんうんと唸りながら、少ない候補の中から選んでいく。

 悩んだ末に、上下合わせて3着を決めた。1着は上と下で分かれているので、他の服と組み合わせることも出来る。

 これで1週間フルに外出しても、まったく同じ格好にはならないだろう。実際には数日に1回の割合で外に出るので、1カ月は持つかもしれない。

 大きな買い物にドキドキしながら、選んだ服をカートに入れる。

「……ふぅ」

 まだ清算は済んでいないが、一仕事終えた気になって息をついた。予算はまだまだ余っている。

 必要なものは他に何かあっただろうか。他のお店もタップして色々な商品を流し見していると、見覚えのあるロゴを発見した。

 たまにエランが買ってきてくれる果物についているロゴだ。どうやらショッピングセンター内にある食料品売り場のものらしい。

 食料品ならエランに頼めば買ってきてくれる。だからわざわざ取り寄せすることはないのだが…。

 何となく他にどんな品物があるのか気になったスレッタは、更にタップしてみることにした。

 まだ見た事のない果物や、美味しそうな食材があるかもしれない。そうしたらメモを取って、エランに買ってきてもらおう。

 そんな事を考えながら画面を見る。すると、また見覚えのあるものを発見した。今度は最近見たものではなく、学園時代に見たものだ。地球でも売っていたとは驚きだ。

「………」

 スレッタは考えて、ものすごく悩んで、うんうんと唸った末にその商品をカートに入れた。やっぱりやめようと戻したりもしたが、しばらくするとソワソワと落ち着かなくなり、最終的には目的だった服と一緒に清算していた。

 やっちゃった…。

 少しの後悔と、少しの高揚感。悪い事をしてしまったと分かっていても、商品が届くのが楽しみだった。


 次の日の夕方に、ピンポーンと呼び出し音が響いた。

 エランがインターホンで確認すると、さっそく荷物が届いたようだ。すぐに荷物を受け取りに玄関へ行ってくれた。

 その間スレッタはダイニングでジッとしている。スレッタの存在は秘密なので、一応用心の為だった。

 遠くでガチャリと扉を開く音がして、宅配のお兄さんとエランが話している声が聞こえる。しばらくするともう一度ガチャリと音がして、両手で段ボールを抱えたエランがダイニングに入って来た。

「はい、スレッタ・マーキュリー。頼んでたものが届いたよ」

「ありがとうございます!エランさん」

 差し出された段ボールをドキドキしながら受け取る。持ってみるとあまり重くはなく、片手でも持てるくらいだ。でも何となく底の方に固いものが入っている感触がする。

 明らかに服ではない。

「今回は何を注文したの?」

 エランの質問にドキリとする。前回も答えにくいものだったが、今回もある意味で答えにくい。

 後ろめたい気分になりながら、スレッタは口を開いた。

「が、外出するための服、とかを…。数が少なかったので、えっと。無駄遣いかな…とも思ったんですが」

「なるほど、確かに外出着は数着しかなかったね。全然無駄遣いなんかじゃないよ。むしろもっと買ってもよかったのに」

「い、いえ!これで当分の間は持つので、大丈夫です」

 そう?と首を傾げるエランに愛想笑いして、そそくさと自室へ荷物を置きにいく。

 ペリペリとテープを剥がして中身を見てみると、きちんと包装された服の隣のスペースに、ちょっと窮屈そうにスレッタが買ったモノが入っていた。

 学園のとある場所で見たモノとそっくりで、スレッタはごくりと喉を鳴らす。

 きょろきょろと辺りを見回すと、スレッタは服だけを素早く取り出してパッと段ボールの蓋を閉じ、備え付けのクローゼットの中に隠した。

 出した服は後で試着できるようにベッドの上に乗せておく。これ見よがしに一着ずつ並べて、目につくように。

 エランは勝手に他人の部屋を覗く人ではないが、ダイニングに隣接している作りの為、たまたま部屋の中が目に入るということはある。その時にベッドの上に服が置いてあれば、そちらに目が向いて段ボールの事は思い出さないに違いない。

 ミステリーアニメの犯人のようなアリバイ工作?を行なって、スレッタはふぅと息をついた。

 あとは何食わぬ顔をして残りの時間を過ごすだけだ。

 本当なら明日の昼まで待った方がいいが、とてもそれまで持ちそうにない。今日の夜、決行しよう。

 スレッタはふふふ…と少し悪そうな笑みを浮かべながら、クローゼットを見つめた。中に入っている段ボール…正確には段ボールの中に入っている『ある物』を、頭に思い浮かべながら。


 そして夜。本来ならぐっすり寝ている時間帯。スレッタはこっそりと起き出してゴソゴソとクローゼットの中を探っていた。

 端末を灯り代わりにして、奥に仕舞った段ボールを引き寄せ、そっと中のモノを取り出す。

 それは円柱の形をしていた。全体的に白く、発泡スチロールのような、固い紙のような、不思議な材質で出来ている。真ん中に赤いロゴがあり、上下に飾りのように金の色が差してある。

 スレッタはロゴの反対側を見て、そこに書いてある小さな字を読み始めた。原材料。栄養成分。お湯。3分…。

 スレッタの手の中にあるモノは、アスティカシアのある生徒の部屋に大量にあったもの。

 カップラーメンだった。

 スレッタは学園に来るまでカップラーメンを食べた事がなかった。むしろラーメンそのものを食べた事がなかった。

 水星時代にスレッタが食べていたものはスタンダードな宇宙食だ。主食となるパンと、副食となる数種類のおかず。カップに入っているスープ。そんな感じの食事を毎回していた。

 おかずは何種類かあって、その中には一口サイズのパスタも入っていた。ただ一口パスタは無重力になってもバラバラにならないようにきちんとジェルのソースで固められていたので、『啜る』という行為はしたことがなかった。

 そんなスレッタでも、ラーメンという料理がある事は知っていた。エアリアルと一緒に見たライブラリで、たまに登場する事があったからだ。

 ライブラリの中のキャラクターは様々な麺料理を楽しんでいた。大皿一杯に盛られたパスタ。時代劇の人がよく食べていたお蕎麦やうどん。そして大体の登場人物が笑顔になって食べるラーメン。

 小さな頃のスレッタはラーメンが食べたくて仕方なかった。

 茶色くて濁ったスープに卵やネギやお肉を乗せて、謎の茶色い細長い板と黒い紙を乗せて、底にはチラリと麺の姿が見えている。そんなものがスレッタの知っているラーメンの姿だ。

 バラエティに富んだ具材で溢れんばかりになっている器の中身。それを2本の棒で器用に挟んで食べる。ズルズル~という効果音をたてて食べる。美味しくて笑顔になりながら食べる。

 いいなぁ。

 と思って、母にせがんだ事がある。

 その時は取り寄せができないと残念そうに言われたものだ。お店も、作ってくれる店主さんも、水星基地までは来てくれないと。

 スレッタはちょっと泣いて、母にココアを作って貰って泣き止んだ。同じおねだりを焼肉でもしたと思う。

 その時は断られることはなく、母はわざわざ味付き肉のおかずが入った宇宙食を取り寄せてくれた。けれど金網で焼いた薄い肉にタレを後から自分で付けて食べる焼肉を想像していたスレッタは、そこでもちょっと拗ねた。そしてまたココアの出番だ。

 話がそれたが、そんな感じで食べるものを制限されて生きて来たスレッタは、学園に来てから驚きの連続だった。

 初めてのトマト。初めての麺類。そして、ある日ミオリネの部屋でその存在を知ってしまった、カップラーメン。

 ラーメンが、専門のお店に行かなくても食べられるなんて…!

 学食ではパスタ系の物しかなかったので、その存在は衝撃だった。

 驚くスレッタに対して、ミオリネも驚いていた。水星ってカップラーメンもないの?呆れたようにそう言って、その後ちょっとだけ優しくなった。

 あんたも食べてみる?と言って差し出されたのが、スレッタの今手にしているカップラーメンだ。

 ミオリネの言葉によると、一番歴史があり、一番スタンダードで、一番チープな味がするモノらしい。

 数百年もの間変わらず愛されているそのカップラーメンなら、初心者が食べるのに一番適しているだろうと勧めてくれたのだ。

 お湯を入れる。3分待つ。その間に2本の棒───後々に『箸』と言う名前だとニカに教えられた───ではなく、フォークをミオリネが持って来てくれる。

 蓋を開ける。中には小さい卵の黄身と、ネギと、謎のこげ茶色の塊と、驚いたことにエビが入っている。

 ドキドキしながら麺を口に入れる。縮れた麺は塩辛くて、ちょっと胡椒が効いている。でもとても美味しい。癖になる味だ。

 小さい黄身は噛むとモキュモキュする不思議な触感で、ネギはちょっと固い。そして謎の塊はお肉をミンチにして固めたモノのようで、口に入れるとただでさえ濃いスープの味が更に濃くなる。エビはあまり食べた事がなかったがプリプリしていて、何となく一番高級そうだ。

 食べていると体が熱くなってくる。ハフハフと息を弾ませながら口に入れ、最後は残ったスープまでグイッと飲み干した。香辛料が底の方に残っていたのか、喉に辛さが染みてちょっとイガイガした。でも美味しい。

 ミオリネも少し遅れて食べ終わり、最後に喉をスッキリさせる為にコップ一杯の水を2人で飲んだ。

『すごい、ラーメン食べちゃいました…!』

『ばーか、他に美味しいラーメンなんかいくらでもあるっての。でも何か癖になるのよね、これ』

『他のカップラーメン、どんな味がするんですか?』

『シーフード、カレー、他のメーカーからは味噌とか、塩とか、トンコツとか。あ、今回は一個で我慢しときなさいよ』

『もも、もちろんですっ』

 けして彼女は友達だと認めてはくれなかったけれど、楽しい時間を過ごせた良い思い出だ。


 スレッタは思い出にふけりながら、手に持っているモノを見た。

 この土地に来るまでエランとずっと旅していたが、その間カップラーメンを食べた事はなかった。嵩張るしゴミも出るのであまり旅向きではなかったのだろう。

 でもひとつ所に落ち着いてからも、エランはカップラーメンを買ってきたりはしなかった。単純に嫌いなのかもしれないし、栄養素的に問題があると思って選んでいないのかもしれない。

 どちらにせよ、あまりエランの前で大っぴらに食べられない代物だ。

 なのでこっそりと、彼に知られない内に消費しなければならなかった。

 …繰り返すが、本当はエランが不在になる昼間に食べた方がいいのは分かっている。でも、明日の昼まで我慢できそうにない。

 どうしても今食べたい。

 スレッタは大事なカップラーメンを胸に抱き込み、そろりそろりと部屋から出た。ドアを開閉する時にギィ、バタンと音が響いて、普段は意識していない音の大きさにビックリする。

 ドキドキと暴れだす心臓を宥めながら、今度は音を立てないように慎重に行動しようと心に誓う。

 とりあえずは水を用意して、ケトルで湯を沸かさなければいけない。

 時刻は深夜。シンと沈み込むように静かで、真っ暗闇の中での秘密のミッションだ。

 まずは冷蔵庫に狙いを定め、そっと扉に手を掛けた。先の失敗があるので少しの力で開けようとするが、閉じられたまま動かない。仕方なく力を入れると途端にバグンっという音と共に勢いよく扉が開いてしまい、慌ててエランの部屋がある廊下を見た。

「………」

 特に物音などはしていない。エランは起きなかったようだ。

 ふぅ、と再び安堵の息を吐き、ペットボトルの水に手を伸ばす。いつもの通り胴体部分を手に持つと、緊張で力加減を誤ったのかベコンっと音を立ててへこませてしまった。

 また慌てて廊下を見たが、今度も大丈夫だったようだ。スレッタは三度安堵の息を吐くと、気を取り直してケトルを持った。

 トットットットットっ……。水をケトルに注ぐ時にも音がする。スレッタはもう気が気ではない。なるべく音がしないようにペットボトルの傾け方を変えたりしながら、何とか必要分くらいまではケトルに注ぐ。

 後は火にかけるだけである。特に沸騰してもピーッと鋭い音はならないので、蒸気に押されて蓋がカタカタと鳴る前に過熱を止めればいい。お湯になるまでは数分はあるので、その間は静かに待っていよう。

 ちょっとした休憩タイムに、スレッタは少しだけ余裕が出来た。待っている間にもう一度だけ説明を読もう。そう思ってテーブルの上に乗せたカップラーメンを手に取って、気付いてしまった。

 容器の周りに、透明なフィルムでぴっちりと包装されている事を。

 このままでは蓋を開けられない、お湯が出来る前に何とかしなければ。スレッタは慌ててフィルムを剥がそうとした。でも中々剥がれない。悪戦苦闘していると、ケトルの注ぎ口から湯気が出て来る。

 焦ったスレッタは更にカップラーメンを弄り回し、底の部分の空間に指を差し込めるだけのゆとりがある事を発見した。この部分から穴を開けて、そこからフィルムを剥がせそうだ。そう思ったスレッタは底の部分に指を強く当てて。

 バリッとフィルムに指が貫通した衝撃で、うっかり指を滑らせてしまった。カップラーメンが宙を舞い、暗くて静かな空間に、コンコン、ジャラジャラ、と外装と中身が立てる騒がしい音が響き渡る。

 呆然と固まっていると、パッとダイニングの明かりが付いた。

「スレッタ・マーキュリー、こんな夜中に何してるの?」

 秘密にしたいと思っていた人が、困ったような顔をしてダイニングの入口に立っていた。

 エランはまず、中途半端に中腰になったスレッタを見て、次いで床にコロコロ転がっている最中のカップラーメンを見た。そして最後にシュンシュンと湯気を吐いているケトルを見ると、合点がいったようにコクリと頷いた。

「お腹すいたの?たしかに、あんまり夕食を食べていなかったものね」

 実はスレッタは、わざわざ夜食を食べるために今日の夕飯を少なめにしていた。心配するエランに対して、昼間にちょっと食べ過ぎたので…と嘘までついていたのに、これである。

 上手く返事ができずにアウアウと口を開け閉めしていると、エランはコロコロと転がっていたスレッタの落とし物を拾ってくれた。

「これ、インスタント食品ってやつでしょ。取り寄せたの?」

 多分本人にそんな気はないだろうが、勝手に尋問を受けている気分になったスレッタはビクビクしながら答えた。

「は、はい…。昨日、買いました。わざわざ買ってお取り寄せてしまいました」

「そうなんだ。危ないから電気くらいつけたらいいのに。お湯、沸いてるみたいだよ」

 シュンシュンと自己主張するケトルを指さしているエランに、スレッタは言い訳しようと口を開いた。

「エランさんっ、えっと、これは…違うんです!」

「違うの?」

「いえ………。違いません」

 よく考えたら何も違わない事に気付いたスレッタはすぐに前言を撤回した。そしてモジモジしながら、「ただ、食べたかったんです…」と正直に本当の事を話してみた。

 怒られたらどうしよう。そう思っていたのだが、エランは「怒ったりしてないから、そんなに落ち込まなくてもいいよ」とスレッタが安心する事を言ってくれた。

「夜中にダイニングで物音がしてるから何だろうと思って来ただけ。毎日なら注意するだろうけど、たまに食べるくらいならいいんじゃないかな」

「…カップラーメン、嫌いだったりしません?」

「ん?そもそも僕は食べた事がないから、好きも嫌いもないけど。きみが食べたいならそれが一番だよ」

 不思議そうに首を傾げながらそう言ってくれるので、スレッタはようやく安心する事ができた。

「え、えへへ。実は、学園で一度食べた事があるんです。それで、昨日はたまたま通販画面で見かけて、つい買っちゃいました」

「そうなんだ」

 律儀に相槌を打ってくれるエランに、嬉しくなったスレッタはついつい『ラーメン』について語ってしまった。

「エランさんの持ってるそれは、お湯を入れたらなんと3分でラーメンが食べられちゃうんです。一番歴史があって、一番愛されてるカップラーメンらしいですよ」

 完全にミオリネの受け売りなのだが、エランは感心したように頷いてくれる。

「へぇ。確かにお店でよく見かけるね」

「その他にも、味噌とか、塩とか、色々お味があるんです!」

「うん。…スレッタ・マーキュリー」

「なんですかっエランさん!」

 夜中だというのに…逆に夜中だからか、異様にテンションが上がって興奮していると、エランが再び困ったような顔をして後ろを指さした。

「そろそろ火からケトルを退かさないと、お湯が無くなっちゃうよ」

「はっ!」

 シュン!シュン!シュン!振り向くとすごい勢いでケトルの口から湯気が出ている。もう爆発寸前という有様で、蓋もちょっとだけカタカタしている。

 すぐに火を止めてケトルを持ってみると、火元に置いた時よりも明らかに軽くなっていた。持ち手が熱くなっていたので、すぐに元の場所に戻しておく。

「ちょっとお水を足した方がいいかもしれないです」

「僕が邪魔したからだね。ごめん」

「いえ、エランさんのせいじゃないですよ」

 冷静になった頭で返事をしている間に、エランが冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを出してくれた。そのまま手渡してくれたので、今度は音を気にすることなくトクトクトクと注いでいく。

 前よりも多く水を注いで、ちらりとエランの方を見る。

 彼は今も興味深そうにカップラーメンを眺めている。食べた事がないと言っていた通り、彼にとっては未知のものなのだろう。いつもとは逆だな、と思う。


 スレッタは食べるものを制限されて生きてきた。

 水星では何パターンかの宇宙食のみが出されていて、生鮮食品も知らずに育った。

 学園では少し世界が広がって、生のトマトやカップラーメンなどを食べることが出来た。

 そして地球に来てからは、広すぎる世界に目も眩むような毎日を過ごしている。炭酸飲料、お魚、色々な野菜、フルーツ、見た事のない料理の数々。たぶん、まだまだもっと世界は広がっていく。

 思えば、夜食を食べるために夜更かしをするなんて発想もなかった。

 スレッタはくすりと笑って、エランに提案していた。

「よければエランさんも、一緒に食べませんか?」

「一緒に?でも僕も食べたらきみの分が減るんじゃない」

「実は1つだけじゃなくて、いくつか買ってあるんです。エランさんが嫌ならいいんですけど。その、よかったら2人で夜更かし…したいなって」

 そこまで言って、ちょっと大胆だと思ったので言葉を追加してみた。

「えっと!その…っ。そう、夜中に夜食を食べた事を秘密にしてもらうために、エランさんを巻き込もうという作戦です」

「秘密…。僕はここにいるのに、他の誰に対しての秘密なの?」

「エランさん以外の誰にも、です。絶対に喋っちゃダメですよ」

 スレッタが念を押すと、エランはぱちりと目を瞬いた。

 次にいつ会えるのかは分からないが、ミオリネは絶対に呆れるだろうし、母も眉をしかめるだろう。エアリアルだってコンソールの表示を高速点滅させて怒ってくるかもしれない。

 だから今からする夜更かしは、2人だけの内緒の行動にしなければいけない。

「ちょっと待っててください」

 エランが夜食を食べるかどうか決める前に、スレッタは自室から同じカップラーメンを持って来た。本当は興味があった他の味のモノもひとつあるのだが、そちらは美味しいかどうか分からないので今は仕舞ったままにしておく。

「明日もお仕事があるし、エランさんが食べたくないならいいんですけど…」

 あくまで強制ではなく提案だ。だから彼がいらないと言うならそのまま引っ込めるつもりだった。

 けれどエランは少し考える素振りをした後、こくりと頷いてくれた。

「ちょっと興味が出てきたかも。頂くよ」

「頂いちゃってください!」

 そうと決まればさっそくカップラーメンを作る事にした。ちょうどいい事にお湯も再び沸いたようだ。

 スレッタが火を止めている間に、先程苦戦した透明なフィルムをエランがペリペリと剥がしてくれる。蓋も半分だけ開けておいてくれたので、ゆっくりと沸いたお湯を注いでいった。

 後は3分待つだけだ。

 フォークとコップ一杯の水をそれぞれテーブルの上に置くと、2人で席に着く。ちょっと必要なものを用意するだけなのに、もうすぐ出来上がる時間になっていた。

「もう食べられるのか。早いね」

「時間がない時なんかはいいかもしれないですね」

 お湯は別に用意する必要はあるが、時間がない人や面倒くさがりな人には心強い味方になるだろう。

「「いただきます」」

 2人で同時に食前の挨拶をして食べ始める。沸かしたてのお湯を注いだのでちょっと熱い。

 すでに夕食を食べてから数時間は経っている。食べるのをワザと少なめにしたこともあり、小腹の梳き始めていたスレッタには待望の食事だ。思い出補整もあるかもしれないが、美味しくてニコニコしてしまう。

 ハフハフと食べながら、エランの方を見る。普段はジーッと見られているので、いつもとは逆だ。

 彼は一口スープを飲んだ後に麺を食べ、具材を一通りパクリと口に入れていた。じっくりと時間を掛けて咀嚼しているので、美味しいかどうか判定中なのかもしれない。

「どうですか、エランさん」

 我慢できずに直接聞いてしまう。

「…そうだね。思ったより塩分が濃く感じるな。炭水化物も多そう。その割に野菜は少ないし、あまり常食するモノじゃなさそうだね」

 何だか悪口のように聞こえてしまって、ちょっとムッとしてしまう。

「美味しくないですか?」

 わたしは美味しく感じますけど!という意味を込めて言うと、エランは首を傾げて困ったような顔をした。

「いや、体には悪そうだけど、癖になりそうな味をしてる。それに何も食べないでいるよりは食べられた方が断然良いし、体を温められるのはとてもいいね。災害時や緊急時の時の為に少し常備しておこうか」

「つまり、美味しいんですか?まずいんですか?」

 スレッタが更に追及すると、根負けしたようにエランが呟いた。

「…美味しい」

 勝った。

 心の中で何に対してなのか分からない勝利宣言をして、スレッタはにっこりと微笑んだ。

 麺を食べて、具を食べて、グイッとスープも全部飲み干してしまう。エランはスープを飲むスレッタの姿を見て目を丸くしていた。ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 誤魔化すように水をごくごくと飲んで、人心地つく。エランはちょっと迷っているようだったが、スープを水で薄めると少しずつ飲んでいた。

「ごちそうさまでした。はぁ、満足しました。今日はいい夢を見れそうです」

「ごちそうさま。すぐに眠るのは駄目だよ。胃腸に悪いから、少し我慢して起きてよう」

「はい。…あの、少しお喋りに付き合ってくれます?」

「いいよ」

「花の図鑑、一緒に見たりとか…」

「そうだね。眠るまで一緒に見てようか」

 時刻は真夜中。昼間は聞こえる喧騒もなく、辺りはシンと静まっている。

 けれどエランがいるだけで、スレッタの心はほんの少しだけ騒がしくなる。

「…な、内緒の夜更かし、継続ですね」


 ドキドキしながら言うと、エランはほんの少しだけ笑ってくれた。






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