内にあるウタ

内にあるウタ


 「あいつの歌声に、罪はない。 あんたの手で、最高の歌い手として育ててくれ」


 赤髪のシャンクスはそう言い残して船を出した。

 これで島に残っているのはエレジアの国王ゴードンと、赤髪海賊団の娘・ウタだけだ。

 赤髪の船を追っている海軍の軍艦はしばらくすればエレジアに引き返してくるだろう。

 酷ではあるが、それまでにウタに嘘の事情を説明しなければならない。

 ゴードンは破壊を免れた家屋に入る。

 その寝室のベッドにはいつの間にか目を覚ましていたウタが体を起こしていた。

 

「ウタ、目を覚ましたのかい…………ウタ?」

 

 声をかけてからすぐにウタの異変に気付いた。

 目に生気がない。 まるで人形のような無感情な顔だ。

 ウタはゴードンを見ていなかった。

 顔こそ向けているが、その目はどこか遠くを見つめていた。


 「ゴードン、さん……」

 「あ、ああ、ウタ、何処か痛むところはないかい?」

 「うた……ウタ、わたし、は、ウタ。 あなたは、ゴードン、さん。

 しゃんくすたちは、どこですか」


 こちらの言葉を認識してはいる。だが会話になっていない。

 まるで最初から決めていたようにウタは言って、そしてぽろぽろと涙をこぼした。


 「大丈夫か、どこか痛むのかい?」

 「わすれちゃった……」

 「忘れた? 何のことだい」

 「わかんない、わかんないけど、忘れちゃいけなかったのに」


 声を上げず、ウタは泣き続けた。

 ゴードンは、ただ寄り添うことしかできなかった。

 小さな手に自分の手を重ね、そして決意した。

 決して、この子に寂しい思いはさせないと。

 自分の全身全霊をかけて、この子を世界の歌姫にする。 そしてシャンクス達に引き合わせると。


 今はまだ誰も知らない。

 置き去りにしたシャンクス達も。 傍に寄りそうゴードンも。 そしてウタさえも。

 ここにいる『ウタ』という少女が、既に普通ではなくなっていることを。

 彼女の忘れたものが、彼女自身であることを。


 

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