共鳴り 前日譚【願い事】

共鳴り 前日譚【願い事】





(一部閲覧注意)

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[とある裏路地]


 私は───何がしたかったのだろうか。

薄暗い路地の中で、血みどろの体を引きずりながら考える。

こんな場所に戻ってくるつもりは無かったのだが……『一度でも裏社会に関わった者は、生まれ変わりでもしなければ逃げられない』───そんなことを、昔のダチが言っていたか。

───そうだ、そういやあいつもあの時死んでいた、な。あれから必死で生きてきたから忘れていた。

体を壁に預ける。その衝撃だけでも思わず息が上がり、体が硬直する。呼吸が難しい。そのままぐしゃ、とでも表現できそうな音とともに、壁伝いに座る。



 あの時は、幾分か楽しい生活をしていた。研究仲間と議論を交わし、実験に明け暮れて───順風満帆ではなかったし、所詮裏組織の一プロジェクトだったが……

私はこんなゴミ溜めのような世界で、頼れる仲間と共に研究に勤しむことができたのが嬉しかった。

だが、研究に見切りをつけられてその生活も終えようとしたとき……成功したんだ。いや、成功どころじゃない。今までにない大発明といっていい。この生活を続けていくことができると、そう思っていた。


 ……クソッ。昔のことばかり思いつく。これが走馬灯というやつか?……まあ、既に現実に期待することは無いから、どうでもよいのだが。

……そうだ、そこで生まれたのが彼女だ。『プロジェクト・サーバント』の『サンプル・ユプシロン』。みんなで『アリス』と呼んでいた。私の人生の最大で最高の発明。私の人生が転落した元凶。───そして、私の唯一の心残り。


 最初に彼女の分析結果を見たときは、現実を疑うほどに嬉しかった。研究者としての本分を果たしたのだ、当然だろう。

彼女と接してすぐに、彼女には自我があることが分かった。まさに最高傑作。だからこそ、そんな彼女に───私は優しさを教えようと考えた。

───まあ、理由は単純だ。裏社会でなら、優しさ以外のほとんどは自ずと学習できる。完璧なロボットにするためには、なるべく多くのものを学習してほしい。……それだけだ。


 ……だが、そのあまりにも『出来すぎた』彼女に、少しずつ───身内の心が歪んでいたことに、気付くことができなかった。

おそらく、私が賛同しないのはみんな分かっていたんだろう。だから、私をプロジェクトから追放し、彼女との繋がりを絶ってから……『奪い合い』が始まった。

元々、私は戦闘の才には恵まれていなかった。それでも無理に、取り返そうとは試みたが───結局失敗し、徹底的に痛みつけられ、監禁された。

彼女のことは心配だった。みんな、彼女の能力に魅せられて『変わって』しまった。とても無事で済むとは思えない。……だが、私はそのみんなの暴力に怯えて日々を過ごすしか無かったのだ。

それから、数えるのも億劫になる数の日を過ごした、ある日───


[隔離室FC49]

 ドガァァァン!!!

大きな爆発音が聞こえた。様子を確認しようとすると、自らの部屋のロックが解除されているのがわかる。扉を飛び出ると───

そこには、死屍累々の山を炎が囲う、まさに地獄絵図だった。───もちろん、顔見知りも、所々に転がっていた。

遠くから爆発音が聞こえる。次第に加わる銃声。それらと同時に───

「ひっ……やめろ!やめてくれ!うわあぁぁ───」

ダンッダンッ。

悲鳴や争う声が、聞こえた。


 何かの組織が、襲撃でもかけてきたのだろうか。なら、目的は───

「───っ!アリス!」ダッダッダッ!

彼女のことを思い、その戦闘音の元へ駆け出す。組織の今までの私への仕打ちも、今まで研究者として身を尽くした私の過去も、最早どうでもよかった。彼女は私の命をかけてでも助けたい。

大丈夫、時間稼ぎぐらいにはなれる───そう思って、音のする外へ飛び出した。


 ───だが、私の読みは間違っていた。私がそこで見たのは。

「……っぐ……お前!?逃げ出せたのか───いや、こっちはダメだ、早く逃げ───」

パンッ。

「がっ……ぅ……にげ…ろ…………」

どさっ。

「……!『アリス』……」

私のかつての親友を、乾いた銃声と共に撃ち殺す。『彼女』の姿だった。

彼女以外には誰もいない。つまり、この惨状は彼女が、彼女だけで───

……そこで、私は彼女の身に起きたことを。彼女の変化を察して───

「…………っはぁ………はぁ、はぁ」

恐怖に呑み込まれた。殺される。彼女にはそれが出来てしまう。完璧だから。彼女だから。


 ───そのとき、彼女は……

……ぽろ、ぽろっ。

ただ、涙を流して、こちらに手を伸ばしていた。

しかし、私は錯乱したまま───

「うわあぁぁああぁぁぁっ!!」

そこから走って逃げ出した。……彼女は、追ってこなかった。

そして、いくら走ったか分からなくなるほど走って……身を隠せそうなところに引きこもって……己の『過ち』に気付いた。


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 〔回想〕

[実験室8 サンプル保管用ルーム]


 「……なんでみんなが君を『アリス』と呼ぶのか、って?」

私はアリスに質問された。

「……はい。アリスは、技術面では優れているかもしれませんが……言ってしまえば、ただの機械です。現在、世間の注目の的である『アリス』ではありません。

なのに……みんな、アリスのことを『アリス』と呼んで……このままだと、アリスが『私』じゃないみたいで……」

そう落ち込む彼女に、何か助言をしたいと思った。

「……うーん、そうだなぁ……確かに、最近のみんなはちょっと浮かれてるから、そういうところがあるかもしれないけれど……私は、そういうつもりで呼んでないよ」

「……そうなのですか?」

「うん。君は完璧の機械だって、何度も言ってるだろう?君は何にだってなれる。きっと……私たちなんかよりずっと、きれいで、明るい。───そんな存在になれる。私はそう思ってるんだ」

「……きれいで、明るい……」

「……うん。表にいる量産型アリスも……今は問題が色々出てるけど、人々の生活を明るく照らす、そんな使命の元に提供されているはず。

───だから、君もそんな『本物』に負けないぐらい、誰かにとって耀く存在になって欲しい。そう思って、君を『アリス』と呼んでいるんだよ」

そう言うと、彼女は少し疑うように私に言う。

「……此処の実態は、それなりに知っているつもりです。もちろん、量産型アリスの実情も……その上で、アリスにはそれは……綺麗事にしか思えません」

……それに対して、私は自信たっぷりに答えた。

「……ふっふっふっ、いいかい、アリス。

『綺麗事は希望の原料であり、希望は成功の材料なんだよ』、分かる?」

「…………???」

「……あー……まあ、いつか分かるときが来るさ」

まあ、その時をゆっくり待つとしよう。

「───だからね。君も『信じて』欲しいんだ。君がそういう存在になれるって」

「……『信じる』、ですか?」

そう尋ねる彼女に、頷いて返す。

「そう。必ずそうだと、心の底から強く想うことさ。君ならきっとできる。私はそう『信じる』よ」

「……!はい、分かりました!ありがとうございます、マスター!」

そう笑う彼女の頭を、そっと撫でた。


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[とある裏路地]


 ───私が逃げ出す寸前、彼女は泣いてこちらに手を伸ばしていた。仮にそれが、私を『信じて』やったのなら───私はそれを『裏切った』。彼女の手を取れなかった。彼女に『信じる』ことを教えた私が。

すぐに戻ったが───

残っていたのは、死肉か瓦礫か分からないような、燃えかすの山だけだった。

「───あああぁぁぁぁあああ!!!」

絶叫と共に泣き叫んだ。でも、もう何も無かった。私は間違えたのだから。何も許される訳が無いし、何も得られる訳も無かった。



 ───それからは、最早語る価値すらない。このゴミ溜めのような世界で、組織の外れ者として誰にも相手にされず、ゴミのようにただ漂って、今まで生きていただけだ。

……既に死に場所を探していたようなものだが……この前、ある書類のやり取りを目撃した。

「例の『アリス』の取り引きについて、だ」

「……寄越せ、確認しておく」

『アリス』という単語に惹かれたのかは知らないが……その会話がやけに気になって、誰もいない隙を見て、書類を盗み読みした。


 ───どうやら、『量産型アリス39号』を極秘裏に、裏社会の組織と取り引きするようだ。……わざわざ新品の正規品を持ち込もうとしているのか。

取り引きの組織についてはよく知っている。人を道具かとしてしか見ていない、裏社会でもトップクラスに噂の絶えない組織だ。

そんな組織に『アリス』が購入された事実を知ってしまえば、影響は計り知れないだろう。───それに、その『アリス』の用途も碌なものではないと想像がつく。

どうやら、業者が指定の場所にアリスを置いておき、裏組織の者がそれを回収する手筈のようだ。

───私には関係ない。その近くには近寄らないでおこう。面倒事はもういやだ。私には関係ない。

───そう、思ってたんだけどな。


 当日、私は結局、置かれていたアリスを回収し───『雪山』に行こうとしているゴミ収集車に投げ込んだ。

───去っていく車を眺める。これで、奴らの取り引きはパーだ。

……まあ、案の定奴らの逆鱗に触れてしまったみたいだが。腎臓、片方の肺をやられて、頭に重い弾を一発。結果、このザマだ。

深く息を吸う。意識が遠のくが、身に走る激痛が、それをまだ許さない。


 ───分かっている。これは私のエゴだ。

奴らの計画を阻止したとしても、あの量産型アリスが行く先はあの『雪山』だ。逃げ出せるような環境でも、生き延びられるような環境でもない。あの子は結局、救けられない。

そして、仮に助かったとしても……私には、何の関係もない。『アリス』にも関係がない。何の意味もない。ただ、命を危険に晒しただけ。

……でも、動かずには居られなかった。その量産型アリスを庇えたかのように錯覚しながら死んでいくのも、悪くないと思ってしまったのだ。

これは、私のエゴだ。

周囲に気配がする。息の根を止められるのも時間の問題だろう。


 ───ああ、それでも。

『アリス』がまだ、生きてくれているのなら。私を許してくれるのなら。さっき見送った『あの子』が生き延びてくれるのなら。

そう、考えてしまう。

最後の力を振り絞り、紙とペンに手を伸ばす。

───お願い、『アリス』。あと一回だけでいいから。

あなたを。誰かを。もう一度、『信じさせて』くれ。



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[とある路地裏]


 ザァァァ────

雨が降りしきる、仄暗い路地に。

 

「───進捗はどうだ?」

「あ、カンナ局長!お疲れ様です!」

私……公安局長の尾刃カンナは、近隣住民の通報を受けて現れた。

どうも、異臭がするとかなんとか───また、その付近はかなり危険度の高い裏路地がある、としてマークしていた。私は他の仕事を処理するため、先に部下を数人送ったのだが……


 「……こちらです」

「……これは……そうか……

すまないな。まだ新人のお前に、こんな凄惨な現場を任せてしまって」

「……いいえ、覚悟は……してましたから」

死体が確認されたため、私も急いで捜査に乗り出すことにしたのだ。

死体の状態は……いや、わざわざ描写する必要もないだろう。『原型を留めていない』。それで十分だ。


 「……何か、遺留品はあったか?」

「……いいえ、ありません。おそらく回収されたのかと……ただし、こちらが」

と、新米の後輩はある書類と……紙切れの入ったファイルを渡してきた。

「……これは?」

「周囲のゴミの物陰に隠されていました。血痕が付いていて……もしかしたら、と思いまして」

「……分かった。あとで鑑識に回しておく」

そう伝え、ファイルを眺める。

「……『プロジェクト・サーバント』……だと?」

書類の方は、そう書かれた計画の実験データだった。その中でも、『サンプル・ユプシロン』に関するデータだけ、軽く強調するように線が引かれ、折り目を付けられている。


 ───そして、もう一つの紙切れには。遺書とも、置き手紙ともとれる、メッセージが記されていた。


 〈私は、あの子を作り出して……そして、過ちを犯しました。でも、私はあの子の……アリスの力に、今でもなりたいと願っています。

それに私は、量産型アリスの39号がどこかの雪山にいることを知っています。彼女が無事かも、私は気がかりなのです。

───だから、どうか。これを拾った方が、優しい御方なら。アリスと39号の子を、見つけることが、できたなら。どうか、人を明るく照らす道へ、導いてあげてください。

───2人を……よろしく、お願いします〉


 「……局長……これは、この人が……」

さり気なく横から覗いて一緒に読んでいた彼女が、口を開く。

「……ああ。その線もある。……だが、あまり同情しすぎるな。取り返しのつかないほど裏と関わりすぎた奴は、皆こうなるものだ」

「……はい、肝に命じておきます」

……本来ならこのまま、現場の記録や処理に協力するところだったが……

「……すまない、用ができた。一緒に連れてきた増援と一緒に、作業を続けてくれ」

「承知しました。……局長は、どちらへ?」

……どこの誰のものかも分からない奴の『願い事』など聞く必要などないのかもしれないが。

「……『アリス保護団体』に。はた迷惑な遺書だが……人(アリス)の命が掛かっているかもしれないんだ。動かないわけにはいかない。」

「……分かりました。お気をつけて!」

……何かの冗談でもない、ただの純粋な『願い事』だと、私は信じたくなってしまったようだ。

───ならば、行動は早い方がいい。

そう考え、私は足早に、降り続く雨の中に消えた。



 【願い事】編 ──完──





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