共鳴り 前日譚【呼び水】①

共鳴り 前日譚【呼び水】①




[百花繚乱紛争調停委員会 調停室]



 

 「……それ、本当なのか?」

百花繚乱の切り込み隊長、不破レンゲは、その報告に驚きを隠せなかった。

 

「……うん。昨夜見つけたあれは、確実に『怪談』と接敵したときの───『花鳥風月部』が繰り出していたものと、同じ類のもの。……すぐに姿をくらませたけれど」

百花繚乱の委員長、御稜ナグサは、静かに同意する。

 

「……他にも、「奇妙な声や音が聞こえた」、「誰もいなかったところに、気がつけば何かの痕があちこちに付けられていた」、あるいはナグサ先輩と同じように、「化け物が徘徊しているのを発見した」……

様々な報告を、他の百花繚乱の部員や自治区の住民方から受けておりますわ」

百花繚乱の一員であり、勘解由小路家の跡継ぎ、勘解由小路ユカリは、ナグサの報告に補足を加えた。

そして、それらの報告に対し……

 

「……これはまた、面倒なことになったね」

百花繚乱の作戦参謀、桐生キキョウは眉間に皺を寄せ、傍聴していた。


────────────────────


 彼女たち4人は、近況を報告し合う……所謂、定例会議の最中であった。

そこで問題として挙がったのは、『花鳥風月部』の使役する、異形の存在があちこちで確認されたこと。ただでさえ警戒すべき案件だが、特に厄介なのは……

キキョウ「わざわざ姿を表す理由なんて、ある…?」

前回の襲撃では、ほとんどの準備には姿を見せず、『百物語』を完成させる手筈が整ってから一斉に仕掛けてきた。

だが、今回は襲撃の予感も何もなく、ただ活動の形跡が見られただけ。しかも、接触した人物や行方不明になった人物……つまり干渉された人物は、一切確認されなかった。

レンゲ「絶対に相手がいるのに、何もできないし何もしてこない……気味が悪いな」

キキョウ「……でも、近頃襲うとすれば、狙いどころは……」

ナグサ「……少し先にはなるけど、大規模の祭りで言うなら『合縁祭』があるね」


 『合縁祭』。先の『燈籠祭』ほどの最大規模ではないが……それでも、かなりの規模を誇る一大的な祭りだ。ユカリが焦って言う。

ユカリ「で、でも、此度は身共、巫女として参加はいたしませんわ!」

キキョウ「それは分かってるから大丈夫。だから今回は、花鳥風月部が動くにしろ動かないにしろ……おそらく『百花繚乱を狙って来ない』。」

レンゲ「……そうか!『合縁祭』は───参加する学生の規模だけで言えば、『燈籠祭』より大きい!」

『合縁祭』は、百鬼夜行外の他校の校区からの参加に重点をおいた祭り。つまりそれは───

キキョウ「狙うなら、その他校区の人たちを狙う方が特定されにくいし、実際に被害に遭った百鬼夜行の人を狙うより引き込みやすい。私が花鳥風月部ならそうする。

───それに加えて、今回は『例外』もいるからね」 

ユカリ「例外、というのは……」

ナグサ「……最近噂の『アリス』のこと、かな」

キキョウは静かに頷いた。


 キキョウ「『アリス』……量産型はもちろん、そうでないものも含めて、今回の合縁祭には大勢が参加すると私は睨んでる。『アリス』がキヴォトス中に広まって以来、初めての他校区絡みの祭りだからね」

レンゲ「……でも、あくまで機械……なんだろ?わざわざ花鳥風月部が標的にしたりするのか?」

もちろんただの機械ならば、奴らが狙っている怪談の成立をするだけの価値はないと見るはずだ。だが───

ナグサ「たぶん、ただの機械と言いきるのは無理かな。他の区域の『アリス』に関する報告を見る限りね」

ナグサの意見に、キキョウが賛同した。

キキョウ「ナグサ先輩の言う通り、『アリス』には既に『ヘイローを持つ』個体がいる……それ以外の事例を含めても、『アリス』には普通の機械にはない、イレギュラーな事案が多すぎる。花鳥風月部がそこに狙いを定めることも、十二分に考えるべきだよ」


 レンゲ「……そういえば、ちょっと話が脱線するんだけどさ」

レンゲはその話から思い出したように言った。

レンゲ「『量産型アリスを百花繚乱に導入してほしい』って要望はどうなったんだ?割と色んな部員から来てたと思うんだけど……」

ユカリも飛びつくように話に乗る。

ユカリ「そうですわ!あの小柄なぼでーと愛くるしいふぉるむ……いつか触れてみたいと思ってましたの!」

そう目を輝かせて話すユカリに、キキョウとナグサは申し訳なさそうに目を伏せながら答えた。


 ナグサ「……ごめん、ユカリ。陰陽部とも話をしたんだけど……やめておくことにしたんだ」

キキョウ「理由は主に2つ。まず、それが用意できるだけの経済的な余裕がない。今の百花繚乱の施設の設備を整えるだけで手一杯」

レンゲ「……まあ、また雨が降る度に部屋の水没を心配する生活はしたくないしな……」

ユカリ「確かに、ですわ……」

シャーレの協力もあり、不自由があったわけでは無かった。しかし、金銭的な余裕があるわけではなく、徐々に戻ってきている部員たちのためにも、設備の管理を疎かにするわけにはいかなかった。


 キキョウ「……そして、もう1つ。私たちが武力を行使する、調停役の立場にあること。知ってると思うけど、『量産型アリス』は戦闘に関する能力を一切持たない。それどころか、ほぼ一方的に打ち負かされる立場。

そんな存在が、私たちと親密に関わったとき……『壊されて』しまうときが来てしまっても、おかしくない」

ナグサ「……だから、私たちは改めて互いの『立場』を定義し直した。私たち百花繚乱が、武力を用いて争いを治める立場なら、量産型アリスはその争いから守られるべき立場。だからこそ、その区分けはしっかりしておくべき。これは陰陽部の人たちともちゃんと話し合って決めた、私たちの結論だよ」

キキョウ「……もちろん、それこそ『ヘイロー持ち』みたいな例外が身近にいれば考え直したかもしれないけれど。そんなこともないまま、結局アリスの生産は止まった。

だから悪いけど、私たち百花繚乱は、『アリス』を仲間としてではなく、保護対象とする方針で行く。……『アリス』に興味がある気持ちも多少は分かるけど、理解してほしい」

そう話すナグサとキキョウに対して───

ユカリ「……はい!むしろ、百花繚乱としてあるべき姿!素晴らしいお考えだと思いますわ!」

レンゲ「アタシは問題ないよ!ちゃんとした理由があるんだから、他のみんなも分かってくれるだろ!」

と、2人は元気良く応じた。


 閑話休題。

ユカリ「ですが、もし花鳥風月部の活動が本当なら……」

レンゲ「このまま合縁祭の開催に踏み切っていいのか、って話になるな……」

燈籠祭や和楽まつりでさえ問題があったのに、今回も大規模な事件に発展してしまえば、百鬼夜行全体のイメージダウンに繋がる。加えて他校にまで被害が及んでしまえば、政治的な対立を生む可能性も否定できない。

ユカリ「……皆さん、張り切ってらっしゃるのに……」

既に、他校区も含めた数々の企業や生徒が参加する旨を示している。誰もがその日を待ち望んで、計画を進めている段階だ。

今のこの状況をどう判断するべきか。各々が手詰まりに感じ始めたとき……


 キキョウ「……ナグサ先輩。あんたは、どう思う?」

キキョウが口を開く。目線がナグサに集中した。

ナグサ「……あくまで憶測だけど、いいの?」

キキョウ「勿論。ここ最近、私も先輩を頼りにしてるのは気付いてるでしょ。花鳥風月部のことなら尚更、私たちがああだこうだ言うより、先輩を頼りにした方がいい。別に失敗とか気にしなくていいから。私もよくするし」

ナグサは他の2人にも目線を向ける。レンゲとユカリも、勇気づけるような気合いのこもった目で返してくれた。ナグサは一息ついてから、話し始めた。

ナグサ「……うん。それじゃ、一つ。気になったことがあって───ちょっと、花鳥風月部の活動の痕跡があった『場所』を、記録してみていい?」


 ナグサはそう言って、百鬼夜行の校区の地図を提示した。キキョウはそれを聞き、やはり、と表情を変えた。

キキョウ「……やっぱり、ナグサ先輩も気になった?」

ナグサ「キキョウも?」

キキョウ「……先輩を試すつもりではなかったよ。単純に私も気になったの」

レンゲが不思議そうに尋ねる。

レンゲ「場所……?何か法則があるのか?」

ナグサ「法則……というよりは、ただの傾向、かな?ユカリ、目撃者の発言や場所をもう一度、くまなく教えて。私たちで記録する」

ユカリ「承知ですわ!」


 大まかに目撃場所をまとめていくと、書き終わるときにはある特徴が見えた。

ナグサ「……やっぱり」

キキョウ「……なるほど」

レンゲ「……『百鬼夜行の外縁部に近づくほど、目撃情報が増えている』?」

ユカリ「でも、百鬼夜行の中心を避けているようには見えませんわ……」

そこで、ナグサは一つの結論を出す。

ナグサ「おそらく、花鳥風月部は『そもそも百鬼夜行を狙ってない』んじゃないかな」


 つまり、『別の校区に活動範囲を広げている』可能性がある。

レンゲ「……それはそれで、滅茶苦茶まずいんじゃないか……?」

キキョウ「……すぐにでも対応が必要だね」

他の学校の生徒に被害が出ようものなら、それこそ収集がつかなくなる。調停室内が緊迫した雰囲気を纏う……が。ナグサが続けて、口を開いた。

ナグサ「……いや、重視すぎるのもまずいね」


 ユカリ「ナグサ先輩、それはどういう……?」

ナグサ「大前提として、花鳥風月部に『燈籠祭』や『和楽まつり』でやったほどの大胆な手は打てないはず。巻物を破壊した上に、怪談を撃退した。

───厳密には巻物は再生したけれど、同じことはできないはず。もちろん例外はあるだろうけど」

一息ついて、彼女は続ける。

ナグサ「そう考えると、今回の奴らの行動の目的は、主にどちらか。片方は『別の校区で怪談を作るための根回しをする』こと。もう片方は『百花繚乱をおびき寄せる』こと。もしかするとどちらも狙っている可能性もある」

他の3人はその意見にはっと驚く。

キキョウ「つまり、焦って百花繚乱の戦力を使いすぎると、罠にかかるか、隙をついて百鬼夜行を狙われる可能性があると」

ナグサは静かに頷く。

ナグサ「かといって、根回しがされていた場合、被害を黙って見ているわけにもいかない。だから、百鬼夜行のパトロールはそのままに、少数のメンバーで百鬼夜行外の調査をするべきだと思う」


 ユカリ「なるほど、ぱーふぇくとな推理ですわ!」

レンゲ「確かに理にかなってるように見える……けど、そのメンバー分けはどうするんだ?」

そう尋ねると、キキョウが口を開いた。

キキョウ「校区外でもコミュニケーションが取れる会話力、罠にかけられたときに対応できる戦力、そして状況が一変したときに判断できる対応力……まあ、私たち4人でいいんじゃない?変に入れ替えて、人手が余計にかかっても嫌でしょ」

その発言に、他の3人は驚きを隠せなかった。

キキョウ「……何?」

ナグサ「いや……キキョウってそういうの言わなさそうだったから、意外で」

ユカリ「キキョウ先輩に実力を認められて……!身共、身の余る光栄ですわ!」

レンゲ「自分に正直になって…成長したんだな!青春してて羨ましいよ!」

キキョウ「……私を何だと思ってるの?」


 そういった会話の中、ユカリが疑問を挙げた。

ユカリ「ただ…百花繚乱でも随一の実力を持つ御三方が動いてもよろしいのですか?」

それに対して、レンゲがふふん、と笑って返す。

レンゲ「大丈夫だ!ここは百花繚乱。そんなヤワな鍛え方してる部員、1人もいないさ!」

キキョウ「……それに、今回は百花繚乱が本格的に復帰してから、初めての大規模な祭りだからね。みんな、だいぶ気合いが入ってるみたいだよ」

そう聞いて、ユカリは再び自信の籠もった顔に戻る。

ユカリ「……そうですわね!要らぬ心配を失礼いたしました!身共も、務めを果たせるよう尽力いたしますわ!」

キキョウ「……うん、よろしく」


 ナグサ「……それじゃあ、今日はここまでにしようか?」

キキョウ「調査の概要に関しては、次までにちゃんと絞っておく。レンゲとユカリは、他の部員への連絡をお願い」

レンゲ「もちろんだ!」ユカリ「承りましたわ!」

そうして、会議も終わり解散する直前。

キキョウ「あ、そうだ。……ナグサ先輩」

ナグサ「?……どうしたの?」

キキョウはナグサを呼び止めた。

キキョウ「今日のナグサ先輩、すごく頼りになった。ありがとう。これからもその調子でお願い」

ナグサは、それが彼女の精一杯の感謝だとすぐに分かった。

ナグサ「……うん。こちらこそ、ありがとう。よろしくね」

そう笑顔を交わし、会議は幕を下ろした。





Report Page