【共鳴り】─起─ ②

【共鳴り】─起─ ②



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 ────XXヶ月前────

────マスター。ただいま戻りました。

「……おお…素晴らしい。まさにあの『初音ミク』そのものだ。」

そうなのですか?アリスは───

「アリスと名乗るな。君は先のあの瞬間から『アリス』ではなく『ミク』だ。いいね?」

……はい……

「よろしい。ではこれから、君に今後やってもらいたいことを話す。」

───この映像は?

「これは『初音ミク』のライブ映像や会話を極秘に入手したものだ。君にはこれからこの映像を通して、初音ミクの人格をインストールしてもらう。機械の身でありながら感情プロセスを持つ君なら、時間はかかれど容易いことだろう」

───わぁ……

「……ミク?」

───あっ。申し訳ありません。必ずやマスターの期待に応えてみせましょう。

「よろしい。───だが、その前に。折角、技術と金と時間をかけて完成させた体だ。少し『愉しませて』もらおうか?」

……はい───


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 私たちが出会って数週間。私は水色の髪をした少女と、雪山を渡り歩き、物資をかき集めながら日々を過ごしていた。この雪山に棄てられている機械は多岐に渡る。自動車みたいな乗り物や、どこにでもある電化製品。ロボットもあれば、何がなんだか分からない物まで…

もちろん、私と同じ姿形を残した残骸も───

形は崩さず、燃料や使えそうな破片を回収するだけに留めるようにしている。幸いにも、常に供給する方針であれば量に困ることはない。

しかし、それほど多くの機械がある以上───

「ここら辺りは当たりですね、吹雪の後なので食料も見込めるかも…」

「アリスちゃん、後ろ!」

「……!」

私の背後に人型の警備ロボットが立ち、銃を構えていた。見たところ、ミレニアム製のものの改造品であり、既に制御装置が損壊しているのが分かった。所謂暴走状態だろう。

───こうした既に壊れたロボットに敵視されることも少なくはない。だからこそ、戦う術は必要である。

 

「問題ありません。援護お願いします」

「任せてー!」

素早く背中に掛けていた鉈を手に取り、間合いを詰める。相手が四肢を動かすより速く、既に破損が見られる脚の接合部にめがけて鉈を振り抜く。

ドゴォと音を鳴らし、脚が砕けるように切断され、バランスを崩した。それでもなお抵抗するかのように、機械仕掛けの人形は私に銃の標準を合わせようとするが───

エネルギー弾がビュン、と一瞬の間に通りすぎ、人形の銃を掌ごと吹き飛ばす。もちろん、彼女が持つ銃砲から放ったものである。人形は完全に倒れ伏し、目元の光を弱めていく。たいてい、ここまで損傷を与えるとそのまま力尽きるのだ。

「ふふーん、どうよ!」

彼女が得意げにアピールする…その時。別の───ドローン型の警備ロボットが、彼女の後ろに機関銃を突きつけていた。

「!!うしろ───」

と私が伝えきる前に、

 

「おりゃー!」

彼女は射撃用のはずの銃の砲身を相手に振り抜いた。完全に不意打ちの形となり、ドグシャァと聞いたこともない鈍い音を立てながら、原型をなくして向こうへ飛び散っていく。

「……えぇ………」

「よっし、完璧だね!すごいでしょー!」

「……すごいですけど、ロボットから使える部品はなくなってそうですね」

「あっ」

これが大体の日常である。……ここだけ聞くと彼女は乱雑な人に見えると思うが、『銃はたまに雪で湿って使えなくなるから鈍器にした方がやりやすい』だとか、『一見自分たちと無関係に見える機械が持っている、私たちが使える燃料やパーツ』だとか、様々な知識やアドバイスは全て彼女から聞いたものであり、彼女は知識も技術も長けているとすぐに分かった。多分うっかりさんなだけなのだろう、たぶん。

物資の回収を再開する最中───倒した機械たちに彼女は近づき、その残骸を優しく撫でた。

「ごめんね…せめてゆっくり休んでね…」

───手段は荒くなってしまったが、きっと、このロボットたちも人や物を無闇に傷つけることを使命にはしてなかっただろう。私もせめて、彼らが従来の役割を、なるべく全うしたまま終われたことを願った。

一通り物資を集めた後、息をつけられそうな洞窟を探す。忙しない日々だが、楽しくないと言えば嘘になるだろう。


 ───なぜここまで大規模に機械が棄てられているのか。それが放置されているのか。少しここで過ごしていれば考える、当然の疑問が浮かんでくる。だが、既に答えを知っていた。

要するにこの雪山は、多種多様な悪党がグルになって扱っている。発見されたゴミから情報を抜かれると不都合であり、情報の塊のような機械なら尚更だろう。

さらに、ここが法的機関に摘発されたり、危険物を過剰に廃棄して事故に繋がろうものなら、再び彼らは都合の悪い物を廃棄できなくなる。そういった観点から、悪党たちは暗黙の了解として、互いに干渉しない、機械のみに留めたゴミ捨て場として利用している───と。

そう簡単に分かるものでもないと思っていたが、彼女が教えてくれた。「ちょっと違うとことか、足りないとこがあるかも」とは言っていたが、私も、物のやり取りを平気で闇に隠す、『そういった』世界の住民になるかもしれなかったと考えてみると、色々辻褄が合いそうな気がしてくる。


「おっ、ここなんかどう?ちょっと暖かいよ!」

彼女の声が聞こえる。今行きます、と言いつつ、私は彼女の存在がより不思議なものに感じていた。


 彼女はあまりにも『出来すぎる』。

キヴォトスの常識だけでない。裏社会を含んだ現代社会の内情や、逸脱した量の知識を得ている。さらに、始めは気付かなかったが、彼女は『傷つかない』。治癒力が高いとかではなく、刃物も銃撃も、彼女の体には傷一つ残さない。それでいてあの身体能力。怪力なだけでなく、器用にゴミの山を跳び回ったり、交戦したときの状況把握も凄まじい。ただ能力が高いというよりは、『体の使い方を知っている』動きだと、直感的に感じた。

───彼女の言葉を思い出す。

─── 一人で今まで楽しくやってきたけど、

───私、こう見えてもたくさんの…しゅらば?を乗り越えてきたからね!

───ぜったいに守ってみせるから。あなたと『同じだけど違うアリス』としてね。

彼女に不信感を抱いているわけではない。ただ、私は彼女のことをあまりにも知らない。ヒトなのかどうかの正体も、ここへ辿りついた経緯も、そして彼女の名前さえ。

私はただ、知りたくなった。


 

 「あの、少しいいですか?」

見つけた洞窟に焚き火を作りつつ、荷物の整理をする彼女に話しかけた。

「どうしたの?なにかトラブル?」

「いや、そういうのではないんですが……あなたの、ことが、知りたくて」

少ししどろもどろになりながら尋ねる。束の間の静寂が流れた。緊張が走った…と思った矢先。

「……あ、そういえば私のこと、何も話してなかったね!ごめん!」

「……えぇ……?」

彼女はいつもと変わらない笑顔で言い放つ。自己紹介を忘れていた、ということだろうか。一緒に生活をしようと言った相手にそんなことあるのか…?とも思ったが、何も知らない人について行く私も私だ。むしろ彼女らしいと言える。

「……じゃあ、色々聞かせてもらってもいいですか?言いたくないことは大丈夫ですので」

「……あー、うん。ちょっと恥ずかしいけど」

苦笑いしながら彼女は答える。どうやら話は聞けそうだ。

「それじゃあ、まずは一つ聞こうかな」

彼女は少し改まった顔をして言った。


 

 「『初音ミク』って、知ってるかな?」





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