【共鳴り】─起─ ①

【共鳴り】─起─ ①



 数ヶ月前───


 

私は、淡い光の差し込むほら穴の中で再起動された。

「お?良かったー!壊れてなかったんだね!」

 

眼球型カメラが補足している少女───水色の髪と派手な服をした彼女が、笑顔を交えて話しかけてくる。どうやら私の起動スイッチを押したのも彼女らしい。彼女がアリスを買っていただいたご主人様でしょうか、とも思ったが───

「えっと…ここは?」

思わず聞いてしまった。差し込んでくる光と共に流れてくる冷気。そして何より、人工物も人の気配もあるとは思えないほら穴の景色が、自らが置かれた状況の異様さを訴えてきたのだ。

彼女は表情豊かに返す。

「ここは…うーんと…洞窟?」

「いや、それは分かりますけど…」

流石に聞き方がまずかったのか、それとも彼女が鈍いのか。とにかく、伝わりやすいように聞き直した。

「…アリスは量産型アリス39号です。ご主人様のもとへ向かうところだったのですが、ここがそうなのですか?」

そう聞くと彼女は、しっかりとした表情に直って答えた。

「いや、それは違うよ。ここは雪山。それも奥深くの───使われなくなった『機械』がよく捨てられてる、ちょっぴりひどい場所」

そこまで言って彼女も気持ちが固まったのか、私に事の顛末を話してくれた。


───────────────────────

 私が雪山を散策してたとき、あなたが雪に埋もれてたのを見つけたの。すぐそこに輸送用のトラックが倒れてたから、たぶん事故にあって───私が見つけたのも、雪からはみ出てたあなたの手のひらを運良く見つけたからだった。

 なんでこんな雪山までトラックが来たのかは分からない。銃痕があったから争いがあったのかもしれないし、何かの手違いで捨てられてきちゃったのかもしれない。あなたを見捨てるなんて、きっとすっごく悪いやつなんだな!とは思うんだけど…

 ───とにかく、まだ壊れてなかったらと思って、あなたをここまで運んで、そこらにある燃料とか、食べれそうなごはんとかをあげてたの。

───────────────────────


 元気そうでよかった、と微笑む彼女に安心感を覚えつつも、私には恐怖と不安が募っていた。誰もいない雪山の中生きることを強いられ、仮に抜け出せたとしても、私にはご主人様が『もういない』。

そう確信していたのは、私の再起動前に唯一残された記憶─────私を買うときに、アリスたちを売買する中継ぎの業者とご主人様たちが結んだ『契約』を覚えていたからだ。


 〈本機体が購入者と接触するまで、本機体への一切の干渉を禁ずる。[中略] また、この取引は緊急性と機密性の高い取引である故、取引が一週間の内に完了しない場合、この契約は不成立と見做して存在ごと破棄し、その後取引に関する一切の干渉・連絡を行わない〉


────ぶ───────ょう───────────


───危ない場所へ赴くことは避けられたのかもしれないけいけれど、


───ぶ──────い─────じょう──────ぶ──────────


私は既に生きる手段も目的も失って───


「───だいじょうぶ?」

彼女に話しかけられて我に返った。そうだ、今は彼女と面と向かって話をしていた。

───だが。

「大丈夫では…ないかもしれません。アリスを買っていただいたときに『契約』をして…アリスがご主人様のもとにたどり着けなかったら、アリスはそのまま捨てられるって…」

目覚めていきなり襲われた不幸に、身を震わせずにはいられなかった。


───すると、

「大丈夫。私がいるよ?」

彼女は優しく抱きしめてくれた。体は互いに冷たい…けれど、燃料から来る温もりを感じ、少し落ち着けた。

彼女は続けた。

「行くところがないなら、ここでとりあえず頑張って生きてみようよ。一人で今まで楽しくやってきたけど、あなたがいっしょにいたらもっと楽しいと思うの!私、こう見えてもたくさんの…しゅらば?を乗り越えてきたからね!任せてよ!」

そして彼女は満面の笑みで続ける。

「ぜったいに守ってみせるから。あなたと『同じだけど違うアリス』としてね。」

───彼女の真意は分からない。でも、その笑顔と優しさは本物だと思った。

彼女の手を取るのに、そう悩む時間は要らなかった。


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