【共鳴り】─結─ ③ [完]
「……委員長?もしかしてすごい人?」
「それに、『百花繚乱紛争調停委員会』って……戦闘特化の治安維持組織、ですよね?」
「……うん。少し前まではアヤ…別に委員長がいたんだけど、色々あってね…今は私が委員長として、百鬼夜行の調停役を担っている」
ナグサさんは左手に抱えた銃を、大事そうにもう一つの手でゆっくり、少し撫でて言う。その右手は何事もないように見えて───少し動きがぎこちなく見えた。
「……並々ならない事情があったんですね、お察しします……」
「……ありがとう」
少し場所を変えよう、となって、寒さを凌げるほら穴を適当に見つけて、私たちは腰を下ろした。
「……何か、質問はある?たぶん、私の方が色々と知ってることも多いと思うから」
と言って、ナグサさんはこちらに話を促した。
「……それじゃあ、一番気になることを!どうしてそんなすごい人が、こんなところに?」
アリスちゃんが元気よく尋ねた。実際、一番の疑問だろう。
ナグサさんはそりゃそうか、というような顔をして、覚悟を決めたかのように、一息ついてから答えた。
「……ちょっと長話になるけど、いいかな?」
「……実はここ数週間、『怪談』……『花鳥風月部』っていうグループの、活動の痕跡があちこちで見つかってて……だいぶ問題を起こしている組織だからね。百花繚乱の一部のメンバーを使って、出どころを広範囲にかけて探っていたんだ。この雪山も……どの校区か曖昧な場所だったから、っていう理由でね。候補の一つになってた。
もちろん、それまではただの捜索対象の一つだったんだけど……ここ最近、この雪山に関する、闇組織の大規模な計画が明るみに出たらしくて。あまりにも唐突だったから、何かしらの関係があるんじゃないかって睨んだんだよ。
……ただ、そんな大規模の計画の中、勝手に外部の一組織が介入するのは、政治的にも危ないから。そこで、この計画に絡もうとしている他の組織───『アリス保護財団』との協力をとることにした。
どうやら、機械の中に生存している『アリス』がいるんじゃないか、って考えてたらしくて。保護をするための捜索隊を結成しようとしていた。百花繚乱はそれに協力することで、『アリス』の捜索をしつつ、本来の『花鳥風月部』の捜索も行う。財団は戦力が欲しくて、私たちは雪山に立ち入る名目が欲しかったから、利害が一致したんだ。
そして今はその捜索中で、あなたたちを見つけた。『アリス』だとは思わなかったけど……
……はっきり言って、無事な『アリス』の個体なんてそうそういないと思ってたんだけど……あなたたちがいたし、早々に見限るものじゃないね……」
「…………ミクちゃん」
「…………はい……そうですね……」
私たちは苦い顔をしながら、話を聞いていた。
「……やっぱり、突拍子もない話ばかりで混乱するよね……ごめん、私にもっとうまく説明する話術があれば……」
と、勘違いして落ち込む彼女に、
「あの……ナグサさん……」
「混乱する、っていうか……むしろ真逆なんだよね……」
私たちは全て……白状した。
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「……なるほど、だいたい事情は分かったよ」
「……はい、なので今の状況は……関係者どころか、ほぼ主犯なんですよね……」
「もちろん、狙ってやったことなんだけどね……ごめんなさい!」
そう謝る私たちに、彼女は微笑んで答えた。
「……ううん。『花鳥風月部』に出会って無事に済んだのも良かったし、何よりあなたたちを見つけられて、良かった。」
しかし、険しい表情に変えて続ける。
「……でも、厄介なことにはなったな……向こうが動かないと、こちらからあの子たちに介入はほぼできない」
「……あ、私たちが屋敷から出たところ、案内しましょうか?一応どの方角にはあるかは記録してますけど……」
「うーん……でも、結局向こうの干渉が無いと……」
と、頭を抱えていたとき。
「ナグサせんぱーい!!見つけましたわー!!」
と、外の雪景色の向こうから、人影が走り込んできた。そのまま、飛び込むかのように入り込んでくる。
長い紫色の髪に、スタイルのいい体つき。そして、ナグサさんと同じ青い羽織を着ている少女は、その勢いのまま言った。

「『勘解由小路ユカリ』、ただいま見参、ですの!」
「……ユカリ、どうしてここに?待機しててって言ったけど……」
ナグサさんが驚いて言ったのに対し、やはり元気よく答える。
「はい!もちろんそうするつもりだったのですが……キキョウ先輩が、「あの人は一度見失うと、どこに行って何をするか分からないから」って言って、身共に付添いを任せてくださりましたの!
ずっと後ろをつけていたはずなのに、少し見失ってしまいましたが……こうして見つけられましたので、問題なし!ですわ!」
「……ユカリも1人にしないように言った方がいいなぁ……あ、ごめんね、2人とも。この子は勘解由小路ユカリ。百花繚乱の後輩だよ」
そう言ったナグサさんに反応して、ユカリさんがこちらに振り向いた。
「……えっと、どうも───」
「!!!もしかして遭難者ですの!?お怪我はありませんか?───いえ、尋ねるだけではいけませんわ。早く、安全なところへお運びしないと!」
と言って、こちらが何か言う前に体をがしっと掴んで抱き上げようとする。
「ちょっ、ユカリさん!?私たちは大丈夫ですから!?」
「ユ、ユカリ……この子たちは───」
「ご心配には及びませんわ、ナグサ先輩!遭難者様も、ご安心を。もう少しの辛抱ですわ!」
「待って、話を───」
「わぁ!お姫様抱っこなんて初めて!ドキドキするー!」
「アリスちゃん!?なに満喫しちゃってるんですか!?」
───なんとかナグサさんと止めた後、彼女にも事の経緯を話した。
「───なるほど、すっごいさいぼーぐ、ということですわね?」
ユカリさんがキラキラと目を輝かせて言った。
「……サイボーグではないですけど……やってることはほとんど同じかもしれないですね……」
「まあ、細かい名前は何でもいいでしょ、ミクちゃん!私たちはそうやって一心同体になった、スーパーな『アリス』ちゃんなのです!」
「素晴らしいですわ!心が生んだ奇跡ですのね!」
……どうやら、アリスちゃんとユカリさんはとびきり意気投合したようだ。双方からすさまじい光の気を放っているであろうことが分かる。
「……そういえば」
とりあえず見守っていたナグサさんが、ふと尋ねた。
「あなたたちのことを呼ぶとき、何て言ってあげたらいいかな……番号で言うと39号、だよね?」
「……確かに」
ちゃんと私たちの呼び名があった方がいい。しかし、1人に対して2つの名前で呼ぶのは、なんとも……と、私とナグサさんは思っていたのだが。
「ふっふっふっ……違うよ、ミクちゃん、ナグサさん?」
「……ええ。そうですの。
───そのお体の人格にはもう、既に『ミク』様と『アリス』様という、素敵なお名前が付いておりますわ。なら、他人への配慮よりも、それを大事にするべき。そう身共は思います!」
「……だから、私たちはこれからも、『ミク』と『アリス』でいいと思うよ?」
……それを聞いて、私もナグサさんも、吹っ切れたかのように笑う。
ナグサさんが私たちに言った。
「……それもそうだね。……それじゃあ、これからよろしくね。『ミク』、『アリス』。」
「「……はい!」」
「───それじゃあ、これからどうしよっか?」
アリスちゃんが話を切り出す。
「もちろん、保護はいたしますが───その後、ですわね?」
「……まあ、一番妥当なのは、『アリス保護財団』の所属になること……でしょうね」
本来、そういう目的で捜索しているはずだ。それに加えて、裏社会の取引に利用されていたこと、雪山で過ごしてきたこと、『アリスちゃん』の存在、2つのヘイローの取得、体の成長……明るみになる事実や不可解な点は、挙げ始めるとキリがない。
つまり、量産型アリスの開発元であるミレニアムに所属している財団に、一度でもお世話になれば……大事にはしてくれるだろうが、当分の間外に出してくれない気がする。精神的な意味で。
覚悟ぐらいはしておいた方がいいかな、と、私もアリスちゃんも考えた……が。
「……ねえ。そのことで一つ提案があるの」
ナグサさんが、口を開いた。
「『私たちのもとに、仕えてみない?』」
予想外の誘いに、全員が驚いた。
「……えっと、つまり……私たちが『百花繚乱』の所属になる、ってこと?」
「……うん。話から考えて、今、ミレニアム側の『39号』としての機体の状態は『行方不明の野良アリス』になるはず。
だから、委員長代理の私が発見して百花繚乱に迎え入れた、ってことにすれば、大した問題もないんじゃないかな、って。……所属先さえあれば、一度メンテナンスや事情聴取に連れて行かれても、配慮はしてくれると思う。……もちろん、その後は百花繚乱の元で一緒に活動してもらうことになるけど……」
……こちらとしては、思ってもみないほどありがたいこと……だが。
「……どうして、そこまで?」
彼女がなぜ、そこまでして私たちに気を配るのか。話をするのは初めてと言っていたが、そんなに気に入ってもらえたのだろうか。
「……実は、身勝手な理由なんだけど」
ナグサさんは、私たちをじっと見つめて言った。
「『ミク』と『アリス』を見てるとね。『私』と『あの子』を思い出すの。最初に見たときから姿が重なってて、もしかして、って思ったけれど。すごく似てると、自分でも思う」
『あの子』……きっと、ナグサさんが最初に話していた、行方不明の───
「……だから、その代わり、ではないけど。あなたたちと『一緒に居たい』と思ったし、あなたたちを今度こそ『守りたい』と思ったんだ。───『あの子』ならそうするし、私はそうしたいって、思ったから」
そう微笑むナグサさんに、親近感を持った。確かに、私と似ている。アリスちゃんも、なんとなくそんなイメージを感じたようだった。
「……もちろん、あなたたちが良ければ、だけど……いいかな?」
そう自信なさげに聞いてくるナグサさんに、私もアリスちゃんも、笑顔で答える。
「もちろんです。ありがとうございます」
「よろしくね!せっかくお仕えするんだから、何でも全力で頑張るよー!」
その返答に、ナグサさんも笑顔を返して、
「……ありがとう。これから、よろしくね」
と、言ってくれた。
その様子を見てユカリさんが、まさに気持ちを抑えられない、といったように興奮して、
「さすがナグサ先輩!一緒付いていきますわ!」
そして、私たちに抱きついて、
「……もちろん、この方たちと一緒に!」
と、満面の笑みで答えてくれた。
「……はい。『ナグサ様』も『ユカリ様』も、よろしくお願いします」
「……お、ミクちゃん、形から入る感じ?」
「はい。そもそも私は仕えるために生まれたようなものでしたし……気合いを入れずにはいられなくなって……」
「いいね!私もやってみようかな〜?」
「思い立ったらすぐに行動に移す判断の早さ……!素晴らしい心意気ですわ!」
「……別に、ナグサって呼び捨てで呼んでもいいけど……まあ、いいか」
一通り会話を済ませて、ナグサ様が腰を上げる。
「……そろそろ、保護してもらいに行こうか?そろそろ撤収する時間だし、キキョウとレンゲにも、あなたたちのことを紹介しないとね」
「……『花鳥風月部』のことは、大丈夫なんですか?」
「……うん。聞いてた感じ、もうミクとアリスに干渉してくる感じは当分なさそうだから……今は手詰まりかも。あ、でも屋敷の話は後でもう少し聞きたいかな……
……それに、『祭り』もそろそろ近くになってきたから。そっちの警備の方を重視するべきだね」
「……『祭り』?」
知ってはいたが、こうして話に聞くのは初めての単語だった。
「百鬼夜行では、お祭りが度々開かれているんですの!確か今度の大きなお祭りは……『合縁祭』、という名前でしたわ!」
「もちろん、会場や周囲の警備が主になると思うけど……みんなと祭りを周る時間も作るつもりだから、ミクとアリスも行こうか?」
「!!そう致しましょう!きっと楽しいですわ!」
お祭り。初めての未知の世界に、目が輝いた。
「はい!是非とも、お願いします!」
「お祭り……初めてだなぁ……!楽しみ!」
「じゃあ、行こうか。大丈夫、雪道は慣れてるから」
「……慣れてるんですね」
「……色々あってね」
「色々あったんだね……」
「ナグサ先輩、流石ですわ!」
そう話を交えながら、ほら穴を後にする。
既に山のように在ったはずの機械も、吹雪に晒されて埋もれてきていた。
からん、からんと音がする。
からん、からんと木霊する。
それは、私たちの持つ鉈の柄に、括られていた飾りからだった。
「……その飾りは?」
ナグサ様に聞かれると、私たちは答えた。
「うーん……何て言おうかな……」
「……ふむ、そうですね……」
「「最初で、一番の宝物です」!」
「………なるほど……」
「……硬いはずなのに、心地よい音ですわね。風流がある……と言いましょうか?」
「うん……私もその音、好きだな」
2人の言葉を聞き、私たちはまた笑顔になった。
からん、からんと、音がする。
からん、からんと、木霊する。
ここは雪山、帰り道。
未来と耀きの始発点。
【共鳴り】編 ──完──