六車拳西式ブートキャンプ
善良な綱彌代「そういうことだから頼むよ」
「俺だって別に暇な訳じゃねえんだが……」
突然京楽総隊長から呼び出された六車拳西。
その隣に座っている男を見て、これは何か厄介事を押し付けられていると直ぐに勘づいた。
「最近じゃあ貴族だって屋敷に閉じこもっていたら安全なわけじゃないから、身体を鍛えたいんだってさ」
「君は檜佐木君の卍解の習得に関して大きな貢献を果たしたと聞いていてね。折角だから指名させてもらったんだ」
あまり鍛えているとは思えない体格の男は切れ長の目を小さく細めて笑った。
「修平の卍解はアイツが自分で会得したもんだ。俺は関係ねえよ」
「まあまあ、本人が望んでいるんならいいじゃないの。それにこれは四大貴族からの命令なんだから申し訳ないけど、拒否権はないようなもんなんだよ」
「四大貴族……?」
よくよく見ればその顔つきは以前会敵した綱彌代時灘の面影を感じさせる。
あの一件であまり綱彌代の血筋にいい印象を抱いていない拳西は思わず顔に出てしまう。
「……俺は手加減なんて出来ないぞ。死んだらどうすんだ」
「私の代わりなんていくらでもいるさ」
脅しの意を込めた発言をしても笑みを崩さない男に、何処か吹けば飛ぶような儚さを感じた。
「君が気になるなら責任は問わないという念書を書いても構わないよ」
「そこまで言うんならいいけどよ……」
「ほらよ、構えろ」
ガチャリ、と地面に叩きつけられた刀はどう見ても訓練用に刃の潰されたものでは無く、真剣だ。
「うん?待ってくれ、私は刀の構え方も分からないんだ」
あまりの性急さに少しだけ綱彌代当主は嫌な予感を覚える。
そういえば檜佐木君に訓練をしたとは聞いたが、どのような方法かは全く聞いていない。
「じゃあまずは素手から戦い方を覚えてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待――」
容赦なく男の腹部に拳が叩き込まれる。
当たり所が悪かったのか、思わず胃から酸っぱい液体が込み上げる。
「ぐっ……げほッ」
思わず蹲る男を見下ろし、拳西は告げる。
「だから言っただろ、俺は手加減なんて出来ねえって」
もしかすると……少し人選を誤ったのかもしれない。
『六車隊長はやめた方がいいと思うけどね』
今更ながら京楽の言葉が男の脳内に蘇ってきた。
「はぁ……はぁ……」
「意外とやるじゃねえか」
直ぐに根を上げると思って厳しめにしたが、弱音を吐くこともなく立ち続け、少しだけならこちらの動きに反応出来るようにもなってきた。
土埃と血に塗れ、青痣が多数出来た姿は全くもって貴族のようには見えないが、その姿は拳西にとって好感が持てるものだった。
「とりあえず、素手はこんなもんでいいだろ」
「ほう」
疲れ果てた表情から少し喜びが見え、緊張の糸が解ける。
「次は刀を使うぞ」
「……何?」
その直後、男はどん底に突き落とされる。
この地獄の様な修練をまだ続けるというのか!?
「き、傷も回復しきっていないだろう」
「4番隊の席官を連れてきたぜ。肝は小さいが実力は十分だ」
拳西の後ろから小さく縮こまった青年が現れる。
「な、なんで僕なんですか……」
その姿から綱彌代は直ぐに真央施薬院の総代の親族であると理解出来た。
そして同時に。
自分が微塵切りになろうが、四肢をもがれようが治されてしまうことも理解してしまった。
貴族達にとってそれほど山田清之介は信頼されている存在なのだ。
その後は男は散々臓腑を貫かれ、血塗れになるまで切り付けられた。
「む、六車隊長……この人、死んでるんじゃないですか……?」
「突っ伏してるだけだろ」
地べたに這いつくばったまま、微動だにしない男に思わず山田花太郎は介抱しに行く。
そして男がブツブツと何かを呟いていることに気付いてしまった。
「う、浮竹君……浮竹君……君のみ、みた世界は……こんなに……」
虚ろな目で独り言をし続ける様は途轍もなく不気味で、花太郎は思わず抱きあげた腕を離してしまう。
「がッ」
「ああ!!すみません!すみませんっ!」
それが引き金となり臓腑の損傷による血反吐を吹き出す男。
必死に回道をかけるも、暫くの間彼が正気を取り戻すことはなかった。
「あ、明日も同じ時間にここに集合な。次は俺のツテで元鬼道衆の副鬼道長を呼んで鬼道の練習もするぞ」
「……私もここまでか」
「つ、綱彌代さーん!!息してくださーい!」
まだ拳西ブートキャンプは始まったばかりである。