全て夢
「あ、恐神さん」
京都のとある通り道、ニット帽を被った少年がある男性に気付く。見ればその男性はもう1人と歩いている様で此方に気付く様子はない。と言うよりも他のことに集中していて気付いていないようだ。
「ん、あれ、盗賊じゃん」
どうやら先に気付いたのはもう1人の方だった。長い茶髪を靡かせながら振り向く様は少々絵になっている。大人の雰囲気というやつだろうか。高過ぎる身長の横でもぞもぞと動く恐神が可愛らしく見えるほど、らしい雰囲気が醸し出している。
石川は普段とのギャップに慄きながら近付いた。
「賭けさんも一緒だったんですか。」
「そーそー、レイジクンと食べ歩き中。京都久々だって言うからさ」
「珍しいですね…交流があったんですか?」
「そういうこと。俺とレイジクンは超親友(ブラザー)だし」
「はっ倒しますよ隼人さん」
お、デレたと一言呟き横を見る。石川と同じ高さかそれより少し低い所から睨み上げる空色の双眸がある。両手に抱えられているカツサンドを噛み締める様に食べているその様はまるでハムスター。いやこんなデカいハムスターいてたまるか。
「お久しぶりですね、恐神さん。」
「…、こんにちは、お久しぶりです。其方は任務で?」
「はい、現場で坂野…あー、絵文字と集合してて」
「そうなのですね、お疲れ様です。…ビーフカツサンド食べますか?隼人さんの奢りです。」
「あ、じゃあ遠慮なく」
「ちょいちょいちょーい??レイジクン???」
奢ってもらったカツサンドを遠慮なく石川に差し上げる恐神と遠慮なく貰う石川。と肩にぽん、と手に置き困惑しながら口角を上げる朔日。
貰ったカツサンドを頬張って心地よくなっている石川を横目に、恐神は肩に置かれた手をあしらう。意地なのかシャツに食い込ませる朔日にため息をついて諦めた。それを見て苦笑している後輩。
微温湯の様な、暖かい。
そんな日々。
《零士、起きよ。》
呼び掛けられた低い声に、意識が浮上する。薄暗い空に空気が凍えるくらいの外気温、冷える指先が微かに青くなっているのに気付き、寒さを除こうと摩る。
...そうだ、そうだった。当主から呼び出された手紙を頼りに村に向かっていたのだった。一晩では無理であったから村の廃墟に寝泊まって、凌いでいたのだと思い出す。
酷く湿って重い衣服を身に纏って起き上がり、零士は辺りを見渡す。
「...あさ、ですか」
《左様。定刻迄時間は有れど彼の物の事だ。疾うに行った方が善いだろう。》
「...えぇ、そうですね。」
心が酷く冷めていくのを感じる。何か温かいものが自分の中から無くなっていく感覚に身震いをした。けれど、そんなことを言っている暇などない。何時だって冷たい現実が零士の生きる世なのだから。
「...行きましょう、餓者髑髏」
そう言って立ち上がる。記憶の中に霞む顔と声が次第に消えていく。何か夢を見ていたような、けれど其れも間違いなのだろう。
曇天を歩く影は1人。
向かう先は曾ての地獄。
止まる事は、もう無い。