全てが終わった後。
ここはとある島。
宴の喧騒から離れ、1人の少女が丘の上を目指して歩いている。
赤髪海賊団の音楽家
世界の歌姫ウタ、ここに眠る。
音符の意匠が施されているその墓標に少女はおぼつかない足取りで近づき、そして背中をつけもたれかかった。
昔、姉と背中合わせで座ったように。
「えへへ…疲れちゃったな。」
もう少女には、立つ気力もない。
左腕は無く、残った右腕や足には、弱い体を無理やり動かすために打った注射痕が刻まれている。
「お姉ちゃん、ルフィが海賊王になったよ。あの泣き虫がさ…ほんと、頑張ったと思わない…?」
かつて少女の姉ウタと海賊王ルフィは新時代の夢を誓い合った。そんな二人の夢の果てを見たい、それが少女の夢だった。
自分にはそんな大層な志を持つ勇気も強さもなかったけれど、姉とルフィが作る新時代はきっと…そう信じた。
夢はしかし、叶わなかった。
少女の姉ウタは大海賊時代の闇に飲まれ、心を蝕まれた末に、世界の七割の人間を巻き込む巨大な計画を実行。
少女は大好きな姉と、姉の歌を守るために全てをぶつけた。
世界を巻き込んだ最初で最後の姉妹の大喧嘩は、世界を滅ぼす災厄トットムジカが顕現するに至った。
少女と、少女の父が率いる赤髪海賊団、そしてルフィ率いる麦わらの一味とその場に居合わせた強者達の協力によって、ウタの計画は未遂に終わる。
ウタは人々を解放し、そして永遠の眠りについた。新時代のマークである麦わら帽子に、叶わなかった新時代の夢の果てを託して。
それから少女は、ルフィを海賊王にするため影になった。
ルフィ達が知らないところで、ルフィを海賊王にするための汚れ仕事は全部やった。汚い手を使ってでも敵を追い落とした。沢山人も殺した。
左腕を失った最後の大きな戦いでも、天竜人と世界政府の権力者を皆殺した。
少女は大海賊時代の闇を、姉を飲み込んだ時代への復讐と言わんばかりに全て背負う。
だって、ルフィと、姉の想いの乗ったあの帽子は太陽だから。
二人の夢の果ては汚れてはいけないから。
恨まれ憎まれるのはもう私一人で十分だから。
「ゲホッ…!あはは…そろそろ、かな。」
劇薬を使い、弱い体に無理を重ねてきた少女の命は、もうじき尽きる。
(これでいい、私が死ねば大海賊時代は全部終わる。お姉ちゃんみたいに苦しむ人もいなくなる。)
ふと、誰かが少女の隣に座った。
「お父さん、ルフィ…。」
「ごめんな、お前に全部背負わせちまってよ。」
「…知ってたんだ。私、汚いでしょ?」
「そんなことねぇ!お前は俺の、大切な友達だ!」
ルフィが口にしたのは、少女を止められなかった後悔だった。
薄々感づいていた。しかし、少女と旧知の仲であるゾロから、あいつの覚悟を無駄にするのかと言われ、ずっと言い出せなかったのだ。
「俺は…ウタもお前も助けられなかった…!」
「いいの…これは私が望んでやったことだから。」
「でも―――」
「ルフィなら、私とお姉ちゃんみたいに一人で背負わないでさ、きっとみんなで新時代、作れるから。楽しみにしてるね。」
そして父であるシャンクスと言葉を交わす。
「お父さん、私、赤髪のシャンクスの娘でよかった。」
「ああ、俺もお前が娘でよかった。世界一優しい、自慢の娘だ…。」
少女の頬を涙が伝う。
その様子を宴の参加者全員が見守っていた。
「このかぜ…は…どこから…きた…のと…おい…かけてもそら、は、なにも…いわない…」
姉ウタが歌っていた風のゆくえを口ずさみながら、大海賊時代の闇を背負った少女の命は消えた。
新時代を誓い合ったあの日のように、水平線の彼方に燃えるような夕焼けが広がっていた。