入道狐と侍
・回想(二十年前)のさらに前、本編の三十~四十年前を想定しています
・某様がちょいファンタジスタです
それでもよろしければ、どうぞ
今は昔、ワノ国は鈴後の町外れに「いつえだ橋」という橋があった
この橋には、いつの頃からか化け物が出るという噂があった
橋を渡る人があると、見上げる程に大きな僧兵のような化け物が何処からともなく現れる
そのあまりの大きさと迫力に人々は恐れおののき、一目散に逃げていく
「化け物なんぞ退治してやる」と勝負を挑もうとする者も現れたが、皆刀や武器を奪われ一様に逃げ帰ってきた
そんな具合なので、いつしか「おいはぎ橋」だの「あやかし橋」だのと呼ばれるようになっていた
ある日のこと、一人の若い侍がおいはぎ橋までやってきた
侍が橋を渡ろうとすると、目の前に巨大な僧兵が現れた
侍は僧兵を見上げるとこう言った
「すまないが、城への道を教えてくれぬか?城下の見廻りをしていた筈が、いつの間にかこんな所に来てしまっていた」
「はっ?」
化け物はおもわず素っ頓狂な声をあげた
この男、少しも驚かないばかりか道を尋ねてきたのだ
このような反応をされたのは初めての事だったので、化け物は侍を観察した
どこか鋭さを持った瞳に青い髷の男
着物はあまり上等ではないが、刀はなかなか良い物のようだ
何より、いままで己に挑もうとしてきた輩とは明らかに纏っている“空気”が違っていた
だがそんな事で驚く化け物ではない
いつもの様に此奴の刀も奪ってる、と口角を上げた
「やいそこの男!この橋を通りたくば俺様と勝負しろ!!」
化け物は声を張り上げるや否や、どこからか取り出した薙刀を構えて男に遅いかかった
「いきなり攻撃とは穏やかではないな」
突然の化け物の攻撃を躱しながら、侍は肩を竦める
その眉一つ動かない表情に化け物は苛立ち、さらに薙刀を振るう
その切っ先の動きを最小限で見切りながら侍は化け物の方を見る
「その見上げる程の巨体…なるほど、おぬしが噂に聞くあやかし橋の化け物か」
そう呟いたその時、
「隙ありィ!!」
「おっと!」
化け物の攻撃をすんでのところで避け、侍は橋の欄干にひらりと立つ
「隙を狙うとは、おぬしなかなかやるな」
侍はそう言うと、懐から扇子を取り出した
「扇子一本で俺様を相手しようとは、嘗めた真似を!我が刃の錆にしてくれるわァ!!」
化け物が欄干に向かって薙刀を大きく振った
だが、そこに侍の姿はなかった
「なかなかやるが…」
「ぬっ!?」
声のする方に視線を移すと、侍の扇子が黒く染まるのが見えた
そして、
「詰めが甘いな!」
侍は扇子で化け物の向こう脛を打った
「ぐあぁっ!!?」
一点に集中された痛みに化け物は叫びを上げる
向こう脛、ワノ国に伝わる物語に登場する荒武者“ベンケイ”の唯一の弱点であることから「ベンケイの泣き所」とも呼ばれる一点は、どうやら化け物にも有効だったようだ
化け物は体制を崩し、そのまま背後から倒れる
そして、
どろん!
身体から煙を吐いたかと思うと、一匹の狛狐が姿を現した
「ふむ、あやかし橋の化け物の正体は狛狐であったか。しかし、この辺りの狛狐は穏やかな気性で人を化かすようなことは…あっ!」
そう言って顔を上げると、目に涙を浮かべながらどこかへ逃げていく狐の姿があった
「おい、待ってくれ!さっきも申したが、城への道を教えてくれぬか!」
侍は本来の目的を叫びながら、慌てて狐を追いかけた
人を化かす狐と若き大名
後に無二の相棒となる一人と一匹の出会いは、このようなものだったのだとか