入れ替えスレss

入れ替えスレss

no name

(カリファ1 )

「ったくクソ出やしねえ!!」

スパンダムが受話器を電伝虫に戻す。なにやら愚痴めいたことを呟く声とカツカツと指で机を叩き続ける音が煩い。

「またタイルストンさんですか?お忙しいのでしょう。内線が繋がらないのでしたら私が呼びにいきましょうか、それともなにか言付かります?」

左手にブリーフケースを持ち空の右手を差し出す。

「ん〜…あー、いや」

スパンダムは机の上の堆い書類の内のいくつかを束ねると私の右手に渡しご立派な椅子から立ち上がる。

「おれが行くわ」

言外にこの紙束を持って付いて来いと言われているのはわかるし立場は専属秘書であるのだからそうするのが当然なのだが、どうにも素直に従いたくない気にさせる男だ。

書類を整えケースにしまっている間にスパンダムが廊下に出たのを横目に確認、手をケースに入れたまま両袖机を回り込んだ。

幾秒もしないうちにスパンダムが引き返し開いたままの扉に足の指をぶつけ悶絶する。騒がしい。

「オイこらさっさと来やがれノロマ!」

「はい、いえ。先程社長が使われてれた電伝虫の受話器が外れておりましたので、僭越ながら」

外れた受話器を示し、その目の前で電伝虫を休ませた。

「ハァ!?おれはちゃんと、切ったぞ、うん切ったはず」

おれはちゃくらいまでは怒鳴り声だったが、受話器を戻したつもりで戻しはぐって外れたままだった過去の事例に身に覚えがありすぎるためだろう、語気が尻すぼみになっていった。

「まあいい。とにかく行くぞ」

すまないだとかありがとうだとかそれに類する言葉を持たないところが、この仮初の上司が私の本当の上司に絶対敵いっこない理由のひとつ。これ以外にも敵わない理由は山程あるが。

顔はスパンダムに向けたまま指先でカメラを確かめ、ケースを閉めて部屋を出た。


不機嫌を隠そうともせず、いつもより大振りに手足を無駄に動かし、案の定その手は廊下を飾る花瓶を床に叩き落とした。

人を呼び掃除を言いつける傍らでスパンダムがまた声を荒らげている。

「まず先におれの心配をしろ!!」

「ああ。お怪我はありませんか?ありませんねよかった」

「棒読みやめて!?」

社長が動けば大小なにかしらの事故が起こる。そのたぐい稀なるドジのために社長の側には誰かしらが付き従うのが社の習わし。バカバカしく思うが、これはこれでスパンダムを見張るには都合が良い。

その反面表向きの就業時間中は単独行動がかなりやりにくくもある。私が一人でいれば社長を一人にしているのか社長を放って大丈夫かと声をかけてくる社員が少なくない。


手元の資料は麻の農場のリストや阿麻の価格上昇の予測…社長が直接赴きまでする至急の案件だとは思えない。つまり、タイルストンに会って話さねばならないことが別にあるに違いない。

さきほどの5秒で撮影できた中に当りの情報があるといいが。



(カリファ2)

私がアイスバーグさんの机に近づき挨拶すると周囲が失笑する。

慌てたように立ち上がったアイスバーグさんが勢い振り向いて足を椅子にぶつけるとさらに笑いが広がる。

これがスパンダムだったら椅子ごとすっ転びさぞ間抜けにここに椅子にあるせいだとかなんだとか理不尽に怒り出しそうだ、などと想像することで苛立ちを紛らわせた。

だがそもそもこんなにもアイスバーグさんとただ会話するだけのことで衆目を集めるのはスパンダムが原因だ。

「書類不備により受け付けられません。返却しますので、こちらのメモの修正を参考に書き直して明日までに再提出してください」

アイスバーグさんは姿勢良く起立し顔だけはこちらに向けながら目は気まずそうに壁と床の境を遠く見ている。そのいかにも緊張していますという様子を面白がり見物している社員ども。

『若くて美人の社長秘書はひと回り以上歳上の冴えない平社員に気があるらしい』

くだらないにもほどがある下世話な醜聞。発信元が社長であるため否定する者はいないが同時に社長がひとりで勝手に言っているだけで誰も信じていないのがまだ救いだ。

社長が堅ぶつな秘書をからかっていじっているだけで、アイスバーグはたまたま巻き込まれただけだと社員はみな解釈している。

しかし社長が率先して触れ回っているのだ。社員たちにはからかって嘲笑っていいネタだと受け入れられてしまっている。

そのせいでのこの状況。アイスバーグさんにただ会うだけでも苦労させられる。

「わざわざ、カリファさんに来ていただかなくても、カリファさんに迷惑じゃ」

「セクハラです」

「ははいセクハラでしたすみません」

アイスバーグさんはがばりと頭を下げ脱兎のごとく自席に戻られる。

言われる通り不備書類の返却など社長秘書ではなく事務の仕事だ。しかしいくらかの手間をかけてでもアイスバーグさんを酒場に呼び出したかった。報告と相談と話をしたい、そして指示が欲しかった。

返された書面を見てアイスバーグさんが肩を落とし、その手元を覗いた彼の同僚たちが大笑いしている。

それは珈琲が滲み読めなくなっていた。

『なるほどこれは事務を通り上げられた先で社長のドジで汚損されたのか。それで事務でなくカリファさんが返しに来たのか。』

そういうシナリオが何の説明もなくともこの場にいる大勢に共有されていく。

社長が珈琲を零すのはよくあることだが、本当に今日も珈琲を零したのか、そのとき机にその紙は置かれていて珈琲を被ったのか、そんなことを疑問に思い確かめようと考える者はいやしない。


間違えていないか不安で怖くて、適切な指示がすぐに欲しい。

そっとアイスバーグさんを盗み見る。

嫌われることはなく軽んじられるような人物を演じるとは聞いていた。そしてその通り周囲から軽々しく扱われている。アイスバーグさんの演技力が高いからこそだと思う一方で、あの肩や背中に気安く触れる男たちが憎らしくもある。

て、はああ?ちょっあなたそんな今アイスバーグさんの頭をはたいた?はたいたわよね!?ルッチがここにもし居たらあなた肉片だったわよ!??



(カリファ3)

噂が流れている。

恐ろしい噂。不安で怖くて、アイスバーグさんに話して安心したい。アイスバーグさんならどうすればいいか教えてくれる。


ガレーラカンパニーに出入りしていた弁当屋が海賊に襲われた。

お世辞にも美味しいとはとても言えないが安くて量が多いので肉体労働者を多く抱えるガレーラでは毎日数十個の弁当を注文していた。

襲われたのは配達途中の従業員の青年。

襲った海賊は、W7へ辿り着く数日前に船の食料が底を尽き飢えていたところ偶然にもたったひとりで大量の調理の手間も時間も必要ない食料を運ぶ青年を見つけてしまったのだという。

たまたま、偶然。そんな不幸な偶然があるものだろうか。


いつもの通りに荒事を得意とする船大工たちが海賊を制圧。

カクもそこに駆り出されたのだが、せっかくの機会に取り返しのつかないミスをした。

件の青年を逃がすか殺すかの判断を瞬間迷い咄嗟の行動の遅れから、青年は他の船大工に救出され社長懇意の医師のいる病院へ搬送されてしまったのだ。

従業員の容体の続報は無く、弁当屋のオーナー残りの従業員全員が突如失踪。


噂が流れる。

弁当屋は革命軍のスパイだったと。

別段突飛な想像ではない。

天竜人の御用船すらをも献上するガレーラがテロの標的になるのはなんらおかしなことではない。

そういった族からスパンダムを護ることも不本意ながら私の役だ。設計図のことがなにもわからないまま情報源に死なれてしまっては困る。

設計図が失われるならまだいい。私達の命で詫びることもできる。

世界に仇なす勢力にプルトンの設計図が渡る事態だけはなんとしても防がなくてはならない。命では贖えない。


さらに日が経つと噂は具体性を持った。

尋問の末に白状したらしいぞと

弁当屋は中継役、情報の運び屋に過ぎない。ガレーラカンパニーの中に裏切り者がいる。

裏切り者たちが社内で集めた情報を弁当屋が配達に乗じて受け取り、仕入れのため島外へ出た際に革命軍へ渡していたのだと。


もし噂が正しいならば事は単純だ。

世界の敵に助力する裏切り者とやらを探し処理すればいい。

そうはならない。わたしたちはこの噂が正確ではないと知っている。


噂は殆ど正確だが、不正確な部分もある。

弁当屋の正体は、CP5時代からのアイスバーグさんの協力者だ。



(アイスバーグ)

酒場の隠し部屋。

カリファの話は些かショックだった。おれのミスだろうか、おれのミスだろうな。挽回はできるか、いや、しなくてはならない。

「スパンダムは今はまだタイルストンを疑っている様子です。配達を頼もうと言い出したのが彼だったからと思われます」

カリファは素直だ。美徳でもあるが弱味にもなる。

「タイルストンを貶める方がいいでしょうか?今後どう動くにしろ、彼が疑わしい内は時間稼ぎができます。

しかし、最終的には疑いは晴れると考えると職長クラスとの仲は保っておくべきでしょうか?」

そもそものカクの失態もだが、現場判断臨機応変即断即決がこうも苦手な二人ではなかったはずだ。

「ンマー、そこについてだけは結果的には保留で良かったが」

「え?」

「スパンダムが疑っているのは、ンマー、カリファだな」

「………え」

さんざんフクロウを使い自身がしてきたことだ。だからスパンダムの意図がわかる。

「自白はない。噂を流したのはスパンダムだが、ヤツは何も知らない」

「そんなはず…なら、なんで、あんな」

「ンマー、噂の内容はスパンダムの当てずっぽうの推論だな」

その推理のための状況証拠を提供してしまったのは自分だ。

「CP5の頃、捕まったときはしばらく黙秘で頑張って、ちょこっとだけ拷問されてから偽の自白をするようお願いしていた。窃盗の下見だと。そして全員で窃盗団として処罰を受けてくれと。

ンマー設定を変えなかったおれのミスだ。侮っているつもりはなかったんだが侮っていた」

ガレーラの配達で出入りできる範囲と時間で、空巣の下見に足りるはずがない。

拷問されるまで白を切りさらに偽の自白をするなんぞ窃盗以上の企みがあるのは明白だ。

スパイであっても、何らかの組織に所属しているにしても何らかの組織に売るにしてもら売る程の情報を弁当屋には集めることはできない。

ならば情報を集める者が他にいる。社内を動き回れる者であり、中継を利用する以上は頻繁に島外に出かけられる者ではない。

スパンダムはきっとそのように考えた。おれもまた。


とある加盟国の王立軍から銃火器が革命軍に強奪された。軍需工場からの搬入日時や搬入経路、警備配置がどのように漏洩したのか。スパイを探し始末する仕事がCP9に任された。

軍人には裏切り者はいなかった。しかし、資料を自宅へ持ち帰り仕事をする悪習を持つ者が複数名いた。

それぞれの屋敷に共通し出入りしていた老舗のテイラーがいた。捕らえようとしたところ店丸ごと証拠諸共焼け死なれてしまった。

それぞれの屋敷の中に最低一人ずつは、主人の寝室や書斎に入れる共犯者がいたのは確実であるが、それをどう探す?

フクロウに噂を流させた。どこから誰から言われ聞いたのかわからない興味をそそる噂は広まった。

火事にあったあの店は、革命軍の拠点だった。店の人間は海軍に処刑され店は焼かれたのだ。との噂。

その中で、離職を申し出たり、ひどく怯えたりやたら騒ぎたてたり、噂について聞き回ったり、周囲に攻撃的になるか逆に媚びるようになる、そんな風に平均以上の反応をした使用人たちを一律全て殺害することにした。

その使用人たちの大半はただ他人より臆病だったり神経質だったり噂好きだったりしただけだろうが、仕方ない。

スパンダムはあのときの自分と同じ手を使っている。噂を聞いて強く反応する者を炙りだした。

これが都合のいい妄想なのか推理なのかわからない。

“都合のいい”とは。自分の思考に驚いた。ターゲットが難敵であるのは都合は悪かろうに。何故かおれはスパンダムが難敵である方を望んでいるらしい。


「私、は、どうしたら…?」

カリファが訊ねられ、まあ聞かれたからには答える。

「ンマー、このまま秘書を続けろ。疑われていることに気付いていないふりで」

自分が現場に居れば、報告書濾しより状況を把握できるし迅速に指示を出し方針変更もできる。そう考えて潜入したが。

行動に対し評価をし叱責をし指示をくれる人間がそこに居ては、部下は即断などしにくくなるではないか。

報告を上げ指示がくるまで確実にタイムラグがある場であったなら、カクもカリファもブルーノももっと実力を発揮できていたのではなかろうか。

カリファの困難はおれのミスだ。

だがしかし

「ンマー、噂はスパンダムが考えた嘘だから、スパンダムの考えがそこから見える。

スパンダムは弁当屋が情報を送る先に黒幕が居て、そこから指示が飛ばされていると考え違いをしているってことだな」

「アイスバーグさんはまだ疑われてはいない?」

「か、或いは疑ってはいるが、ンマー、トカゲに切り捨てられる尻尾側だと思われている。だな」

「わかりました。尻尾の私が、トカゲを守ります」











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