光と音
「私がまだ何も知らなかった頃、人は自分の選んだ立場を全うしなきゃいけないって教えられた。私はそれを、誰かに言ったことはないけどね。でも、あれは正しかったんだって、今なら思うんだ。この状況も、私の今いるこの立場も、自分で選んだ結果なんだから。ナギちゃん、セイアちゃん、ごめんね。私、本当は……」
(トリニティ総合学園元ティーパーティー所属 聖園ミカのモモトーク履歴より)
トリニティライガーとミカの戦いはまさに獅子奮迅と呼ぶべきものだった。ミメシスとはいえ、体格も性能も勝るギルドラゴン部隊の真っ只中に飛び込む。接近してくるギルドラゴン達の上に飛び乗って、飛び石のように飛び移りながら、ビームスマッシャーやプラズマ粒子砲による同士討ちを誘い、一機、また一機とギルドラゴン達を落としていく。ただ早いだけではない。トリニティライガーの戦闘経験とタービンによる加速、そして、それらのポテンシャルを限界まで引き出すことのできる、ミカだからこそできる戦い方であった。
ギルドラゴンも数で押してはいるが、トリニティライガーの縦横無尽な動きに旋回速度が追いつけず、かといって振り落とそうと加速すると、他のギルドラゴンに衝突してしまう。少しずつだが確実に数を減らしていくギルドラゴン達だが、業を煮やしたのか、同士討ち覚悟で放った一発のビームスマッシャーがトリニティライガーの身体を掠めた。
荷電粒子砲のエネルギーを凝縮した光輪は、掠っただけでもトリニティライガーが悲鳴を上げるほどのダメージを与え、地面に落下させる。しかし、それでも、十体はいたギルドラゴンのミメシスは、今や半数ほどに減っていた。プラズマ粒子砲とビームスマッシャーの雨を逃れ、一時的に物陰へ身を隠す。
「ライガー……まだ、行けそう? ……うん、ありがとう」
ミカにはもう帰らぬ覚悟ができていた。これが自分へ与えられた罰なのだ。幼馴染を裏切った、トリニティの魔女。そんなどうしようもない自分に、ライガーはついてきてくれる。その上、誰かを守って、自分を納得させて、最期を迎えられる。それならむしろ……身に余るほどだ、と。
「最期まで、一緒だよ」
操縦桿を握り直し、強い決意と共に踏み込もうとする。しかし、トリニティライガーは動かなかった。故障……? いや、違う。
ライガーが、操縦を拒んでいるのだ。突然のことにミカは一瞬頭が真っ白になる。どうして。なぜ。
ミカの思考が途切れ、操縦桿を握る手から力が抜けたのは一瞬だったが、全てはその一瞬の間に動いた。突然、トリニティライガーのコクピットハッチが開き、脱出装置が作動したのだ。ライガーの外に放り出され、シートの安全装置が働く。空と地面が何度も反転し、ミカはシートごと地面に落下していく。視界が定まらない。しかし、ライガーが赤い輝きを発しながら、光の塊となって駆け抜けていくのが、視界の端に映った。
見たこともないような強さの閃光が視界を遮り、聞いたこともないような大きさの爆発音が周囲から音を奪う。ミカの「待って」「行かないで」という、トリニティライガーへ懇願する声すらも。
光と音が止む。視覚と聴覚が回復したミカが周囲を見渡すと、そこには何も残されていなかった。激しい戦闘の跡さえ残されているが、他は地形を抉るようなクレーターがそこにあるだけで、ギルドラゴンの姿も、トリニティライガーの姿もない。ミカはシートから降りて周囲を見渡すが、誰も、何もない事を悟り、その場に座り込んだ。
行ってしまった。トリニティライガーが、自分を残して。ライガーとなら死んでもいいと思った。ボロボロになるまで戦い、ビームスマッシャーやプラズマ粒子砲で跡形も消えてなくなる、それが自分の運命だと受け入れていたのに。自分は生き残ってしまった。
「どう、して」
か細く疑問が喉から漏れる。たどり着いた答えは、一つだった。
「私となんか、死んでやるもんかってこと……? 私が、勝手なことばっかりしたから……? 私が、魔女だから……?」
ミカは溢れ出る涙を拭うことも忘れ、その場で放心状態となっていた。大勢の人に迷惑をかけた。自分の浅慮が、親友を追い詰め、仲間を追い詰め、学友を傷つけ、失望させた。挙げ句、いつも一緒だったトリニティライガーまで失った。
私が、トリニティライガーを殺した。
ミカは頭を抱え、掠れた声で後悔の慟哭をあげ、自分の運命を呪った。しかし、運命はミカに余裕を与えてはくれない。遠くから、重苦しい足音が聞こえる。恐らく、新たなユスティナの増援だろう。飛行ゾイドではないが、かなりの数がいる。
ミカはふらふらと立ち上がり、身を隠せる場所を探す。奇跡的に形を保っていた古い聖堂に入り、再び腰を落とした。膝に、地面に涙が落ちる。
いや、自分には、泣くことすら許されないのかもしれない。
――このままトリニティライガーを失った絶望に苛まれながら、ゾイド達に踏み潰される。これが、自分への罰なのだ。
足音はすぐそこまで迫ってきている。だが、ミカは気付いていなかった。迫りくるゾイドの群れとはまた違った、もう一つの巨大な足音が、ミカの側まで来ていることを。