先生が死んでから

先生が死んでから


先生が居なくなってから世界が一段暗くなったような気がした。

生徒の中には内に閉じこもって授業にすら出なくなった子がいれば、未だに泣き腫らしている子もいる。

私も、ただ何かの作業をしているように日々を過ごしているだけ。みんな、どこかしら変わってしまった。

なのに、それなのに。お姉ちゃんだけはなにも変わらない。


キヴォトスを訃報が駆け巡ったその日は私と一緒に泣いていたような気もする。

けれど、今ではその記憶すらどこか訝しむ私がいる。それくらいに。


「あ、ミドリ! 遅かったじゃーん。一緒にゲームしようよー!」


作業のように部室へ足を運ぶと出迎えるのは、どこまでも明るいお姉ちゃんの声。

ゲーム部のみんなも変わってしまって、今ではみんな足を運ぶことすら稀なのに、それでもお姉ちゃんはいつものように部室にいる。


ゲーム作成用の資料をまとめた戸棚には、もう幾つものシナリオのストックが貯まっているようだった。

グラフィックなんて線画すら起こしていない。ソースコードなんか一行も綴られていない。

ただ、お姉ちゃんだけが部室に来て、ゲームで遊んで、まだゲームを作ってる。


「お姉ちゃんはさ、どうしてそんなにいつもどおりなの……?」


何かが溢れ出しそうだった。

いつものように笑うお姉ちゃんの笑顔に、何かが。


「えー、なにその質問。急にどうしたのさ」


こんなに苦しいのに。

胸には穴が開いたままなのに。


「私はっ! そんな平気そうな顔して笑えない!」


私の大声に目を丸くしたお姉ちゃんに、それでも言葉は堰を切ったように溢れていく。


「気を抜くと、泣きそうに、なるんだよ……ずっと、目頭が熱いんだ。胸が痛くて、気が付くと先生のことばっかり……思い出してる」


流すつもりのなかった涙までもが、言葉と同じように。


「平気じゃないよ? でも、平気に見えてるならよかった」

「……え?」


頬を伝う涙を近くまで来たお姉ちゃんが指で拭う。

久しぶりに近くで見た顔は目元が少しだけ赤かった。


「考えたんだよね。先生ならどう思うかって」

「例えばだけど、もし先生が今ここにいてさ、泣いているミドリを見たらきっと悲しむと思うんだよね」


本人のことは本人にしか分からないから想像だけど、とお姉ちゃんは少し寂しそうに続ける。


「ちょっとは悲しんで欲しいと思うかもしれないけど、先生ならさ。きっと、乗り越えていつものように笑顔を見せて欲しいって思うんじゃないかな」

「ミドリの中の先生はどう?」


少し、考える。

思い出そうと思わずとも思い出していた先生との記憶を、自分の意志で、辿る。答えは。


「私も、おんなじ」


私の答えに、お姉ちゃんは少しだけ滲ませていた哀しみを吹き飛ばすような笑みを浮かべた。


「でしょ? だからさ。一緒にゲームしよう!」


差し出されたコントローラーを受け取って、いつものようにテレビの前へ座る。

起動されていた随分プレイしていなかったもので、今のように仲良くなる切っ掛けになったソフトだった。

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