兄貴
その日、私は夢を見た。
人に戻って何度目かの夜、心なしかいつもよりもぐっすり眠ることができた日のことだった。
気がつくと、私は真っ暗な空間にいた。
と言っても完全な暗闇ではなく、遠くに小さな灯りが見える。
さっきまでルフィの隣で眠っていたはずなのに?
ここはどこだろう?
少し考え、私は今ここにいる空間が私の夢の中だと結論づけた。
ウタワールドとも全然違う。私が作ったウタワールドなら、もっと賑やかな場所にする。
じゃあ、この夢は一体何?
「…………」
アテもないので灯りの方へ歩みを進める。
やがて、パチパチと何かが燃えるような音も聞こえてきた
「……焚き火?」
更に近づくと、焚き火の近くに誰かが座っているのが見えた。
「誰だろう……」
こっちには気がついてないみたい。
でも念のため慎重に近寄ろう。
「あの〜……」
「…………よう」
「!」
声をかけると反応があった。
よう、の2文字だけだったけど、私は何故か、その声をとても懐かしく感じた。
「お前がウタだな。よく来てくれた」
「私の名前……あなたは……?」
「おれか?おれは……」
顔を見せるために、深く被った帽子のつばをくいと上げる。
つい先日再会したルフィの義兄、サボがよくする仕草とよく似てた。
「…………! もしかして……
エース?」
「おう、思い出したか」
ニッ、と歯を見せて笑うエース。
最後に会ったのはいつだろう……
エースが旅に出た時以来……あっ、その後アラバスタでも会ってるか。
「エース……」
「いやァ、不思議なこともあるもんだな。ルフィに四六時中引っ付いてたあの人形が、まさかこんなイカした女だったなんてよ」
「…………」
何だか不思議な感じだ。
前会った時は私はまだ人形だったから、エースの話を聞いていることしか出来なかった。
だけど今は……
「……何かもう、初めましてって言ったほうがいいかもね」
「かもな」
ふふふ、と2人で笑い合う。
これもまた不思議な感じだ。
人間に戻れたら、赤髪海賊団の次に会いたかった人だけど、その願いが叶うことはなかった。
エースは志半ばで倒れてしまったと聞いていた。
そのエースが今、目の前にいる。
「……あのさエース、ここは……」
「ん?ああ、夢の中だ。本当は死んだ奴がこんなことやっちゃいけねェんだけどな……」
「……やっぱり、そっか」
分かってはいたことだけど、本人の口から「死んだ奴」なんて単語が出ると、少しクるものがある。
でも、禁じられてることをしてまでここに来た理由は何だろう?
「やっちゃいけないなら、どうしてこんなとこにいるの?」
「お前が人間に戻れたんなら、どうしてもちょっと話してみたくなってよ」
「……そっか。エースは知ってたんだね」
「ああ、こっちに来てからな。どうもあの世にまでは悪魔の実の呪いは効かないみたいでよ」
「ということは、メラメラの力も?」
「残念、サボに持ってかれちまった」
ヒラヒラと手を振るエース。彼の代名詞だった火の粉がその手から散ることはない。
「あはは……そりゃ残念だ」
「まあ、別に不自由はないけどな。
ま、座れよ。大したもてなしは出来ねェけどな」
「じゃ、お邪魔しまーす」
エースの向かいに腰掛ける。
揺れる焚き火に照らされ、エースの顔が輝いて見える。
その輝いたエースの顔が、私の顔をまじまじと見つめていた。
「な、何?」
「ふーん……成程ねェ。
いや、ルフィも隅に置けねェなと思ってよ」
「……???」
ふん、と鼻で笑ったエースの反応がよくわからない。バカにされたわけじゃなさそうだけど……
「ハハハ、気にすんな。褒めてんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ。
なあ、それより聞かせてくれよ」
「何を?」
「おれと会う前のルフィの話だよ。色々知ってるんだろ?」
「えー……」
何というか……ルフィ程じゃないけどマイペースだなぁ。
まあ、そういう話なら私誰にも負けないけど。
「いいよ、いっぱい話したげる。でも覚悟してね?すっごく長くなるから」
「おう、望むところだ」
────
エースの方から話してみたかったとか言ってたのに、結局ほとんど私が話すことになっちゃった。
どんな話をしてもリアクションしてくれるから、私も楽しくなっちゃったってのもあるんだけど。
エースは私をあくまで一人のルフィの幼馴染として見てくれてた。
私が辛かったことを思い出しそうな話は、必要以上に聞いてくることはしなかった。
何の前触れもなくいきなり寝たときはびっくりしたけど……
耳元で思いっきり叫んでやったらひっくり返ってた。可笑しいの。
私がケラケラ笑ってたらちょっと不機嫌そうだったけど、次の話をしたらすぐにニコニコしてた。
本人達は否定するかもだけど、やっぱりちょっと、どこか似てる。
────
「…………ん、もうこんな時間か。そろそろ帰らねェとな」
「え、もう行っちゃうの?」
「いや、おれじゃねェ。お前を帰さねェとだ。あんまり長居すると帰れなくなっちまうからな」
「ええっ!?」
サラリと衝撃のカミングアウト。
時間に気づかなかったら私このまま帰れなかったの?
「そういうことはもっと早く言ってよ……コワ〜」
「へへ、悪かったな。けど心配するな、今更ルフィからもう一度何かを奪うようなおれじゃねェよ」
「も〜……」
「それから最後に……あー、何だ」
「?」
急に歯切れが悪くなった。
何か言いにくいことでもあるんだろうか?
「……ルフィのこと?」
「……ああ」
グッと向き直り、一言。
「……ルフィのこと、よろしく頼む。おれの大事な弟だ」
「!」
さっきまでとは打って変わっての真面目な顔を見せるエース。
そこには兄としての気遣いと同時に、一人の大海賊としての貫禄も覗いていた。
「……本当はこれ言うために呼んだはずなんだけどな……最後になっちまった」
「……ふふっ」
「!」
「あはは、どうせその後は『出来の悪い弟を持つと〜』とか言うんでしょ?もう聞いたから分かるよ」
「ぐぬぬ……」
してやったりという顔を作って見せると、図星だったのかエースは思ったより悔しそうな顔してた。
悔しがる兄に、私はこう続ける。
「……ルフィのお兄ちゃんなら、私にとってもお兄ちゃんみたいなもんだからさ。
大丈夫。ルフィやエースを悲しませるようなこと、私は絶対しないから」
「……ハハ、そりゃ心強いな。任せて安心だ。
しかし、ここに来て妹が増えるとはなぁ」
エースがこちらから顔を背けると、私の体がキラキラと光に包まれる。
恐らく、もう時間なんだろう。
「エース……」
「サボにもよろしく言っといてくれよ。アイツにとっても同じはずだからな。
出来の悪い弟もそうだが……可愛い妹ってのも兄貴は心配するもんだ。
まだしばらくはこっちに来てくれるなよ、あんまり早いと歓迎できねェからな」
「……うん」
だんだんと、エースの姿が見えなくなっていく。
それでも、声ははっきりと聞こえた。
「……じゃーな、ウタ」
「……またね、エース」
──────
目を覚ました私の目に一番に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込むルフィの顔だった。
「うわぁ!?」
「お、起きたか」
「る、ルフィ?どうしたの……?」
「そりゃこっちのセリフだよ、お前寝ながら泣いてたんだぞ?」
「泣いてた……?」
目尻に手を触れてみる。
確かに湿っていた。
鏡を見ると、涙が伝った跡もある。
「また何か嫌な夢でも見たのか?」
「……ううん、大丈夫。今日は嬉しい夢だったから」
「そうか?ならいーけどよ……」
エースの名前を出したらルフィは羨ましがるかもしれないし、寂しがるかもしれない。
だから、今日見た夢は秘密にしておこう。
『ルフィのこと、よろしく頼む』
──その約束だけ、胸に秘めて……ね。