兄妹特攻黒川あかね

兄妹特攻黒川あかね


おにいちゃんが居なくなった。ごめん、悪い、探さないでくれっていう書置きを残して通帳や印鑑を持って居なくなったから生きる意思はあるんだと思う…けど。私たちの行為でこうなったことが想像ができるのが、少し辛い。話の顛末は、仲違いを経て仲直りをし復讐を終えたあと空っぽの様に燃え尽きてしまい吹けば消えそうなおにいちゃんを繋ぎとめようとして私たちは体を使った。結果おにいちゃんは持ち直して、二週間の時を経てそんな書置きを残し姿を消した、今思えば繋ぎとめるにしても私とあかねちゃんは悪手をとってしまったという事だ。あのおにいちゃんの事を考えればわかりきっていただろうに、それしかないと思い込んで今に至っているのだから。


「おねえちゃん、ごめんね…こんなことになっちゃって」

「うぅん。あの日、私もそれをよしとしてしまったんだから共犯だよ」

「でもこの病院は本当に信用しても良いの?」

「ルビーちゃん、私の言葉は信用できなくてもアクアくんの言葉は信用するよね?」

「じゃあお兄ちゃんが言ってた病院って」

「ここだよ、絶対に隠したいことがあるならこの病院が良いからここにしろってね」


おねえちゃんは私たちのことをよく理解してる、と思う。おにいちゃんを引き合いに出せば私が納得するのも分かってるし、その逆もしかりで、本当に凄いと思うし自慢のおねえちゃんなんだけど…好きな人が一緒ってところが少し残念。だから本当に少しだけ、都合が良いとも思ってたんだけど。結局私たちの思いはこちらよがりだったって事であって心に来るものがある。そして私たちが今日ここにきているのは、あの日繋がってでも一緒に居させようとしたその行為の授かり物で、一つの…この場合は私たち二人だから二つの代償にもなった。つまりどういうことかというと、私は兄との子を、おねえちゃんは元彼という立場の人の子を授かったのである。


「おめでとうございます。現在、三か月ですね!」


その言葉が、隣の部屋からも聞こえてきた。その瞬間に私の頭は一瞬だけ理解を拒んだ。つまりなんだ、私たちはあの日その行為の一番重要で、一番重たいものを身に宿すことになったという事だ。どうしよう、ミヤコさんやメムにどう伝えよう、フリルやみなみちゃんにどう説明しよう。そんな思考でいっぱいになるなか、一つの疑問が私の中に湧き上がる。仲直りをしたと言っても私の中には後悔が沢山ある、その一つが私の頭の中にいる、『私たち』を起こす。


『あーぁ。だからやめておけば良かったのに、お兄ちゃんを縛る事もできなければ子供までできちゃうなんて、これじゃあママとおんなじだよ』

『でも、それ以上に貴女はこうも思ってるはずだよね』


『『兄の愛も理解できていなかった、私にこの子を愛すことができるのかってね』』


私の中にいるこの二人には図星をつかれてばかりだ、まぁ当然だけど。この二人は私の中にいる私が抑圧してる二つの感情だ、いつだってアクアの妹(みかた)である私と何時だってせんせの味方である前世(わたし)に苛まれる、私がおにいちゃんの事で迷う時に意気揚々と出てくるところが少し腹が立つけどそれも事実だから仕方ない。


「それでは、星野さん…この事は内密にしておきますので。ご安心ください」


そんな言葉も私は聞こえていないぐらい、ただ茫然として、お姉ちゃんがくるまでソファの上で虚空を眺めていた。当然、この子を授かったことはうれしい。けど仕事はどうするかとか、ミヤコさんにどう説明するべきかとか。幸い演技の仕事は入っていないからよかったもののそれ以外の仕事をどうすればいいのかとか本当に色んな事が私の脳内を走っている。こんなところもママに似てどうするんだろう。本当に。


「お姉ちゃん、どうしよっか」

「どうしようって、どうしようね」

「おにいちゃん…探しに行く予定だったのに」

「MEMとかに任せるしかないのかも、かなちゃんにはちょっと無理だろうし」

「あーそうだね、当然のことだから聞いておくけど。産むんだよね?」

「そういうルビーちゃんはどうしたいの?」

「…少し、怖いんだ」

「怖い?なにを怖がってるの?」

「私はお兄ちゃんの愛にも気づけなくて、愛というものを分かってなくて。本当にこの子を愛していけるのだろうかってあの言葉を聞いてからずっと考えてる」

「私は…今微妙な関係だけど、きっと皆は祝福してくれるから。産みたいよ、アクアくんとの子供だもん」

「お姉ちゃんは凄いね、本当に凄い」

「そんな…ことないと思うよ、ルビーちゃんだってアクアくんの事、前世の事を含めて好きなんでしょ?それがあったからあの日体を捧げたんだよね?」

「うん、お兄ちゃんの事も、せんせの事も大好き。大好きなんだけど、やっぱり不安なんだ。私は親の愛を知らないから、この子にもそうしちゃうんじゃないかって」

「…そんな事言ったら、ミヤコさんが可哀そうだよ」

「…え?」

「あの人は本当に、アクアくんのこともルビーちゃんのことも心配してる。例え事実として血が繋がっていなくてもミヤコさんは二人の母親なんだから。あの人からの愛を忘れちゃだめだよ」


そうだ、思い返せばミヤコさんは私たちの幸せを常に考えてくれていた。蒸発してしまった社長の変わりをしながらも私たちの親になってくれて私たちに愛を注いでくれた、そっか。私は愛を知らないんじゃなくて受けていた愛に気づいてないだけだったんだ、ミヤコさんとママが私にくれたものをこの子に注いであげればいいのか…大変だけどやれそうな気がする。こういうことを気づかせてくれるお姉ちゃんって本当に凄い。


「それにね、ルビーちゃん。私はね、不謹慎かもしれないけどルビーちゃんと義姉妹になるの本当にうれしいんだ。だってアクアくんを誰よりも好きな人が傍にいてくれるなんて凄く素敵だと思うし、そのブラコンを演じている星野ルビーって役はもう演技じゃないんでしょう?」

「…普通はさ、どうしてとかそれはおかしいよって言ってくるのにお姉ちゃんは、言わないの?…気持ち悪くないの?!だって私とアクアは血が繋がってて、その上転生とかよく分からないこともしてて!それだけでも十分おかしいはずなのにそれを踏まえて私たちのことを認めてくれるってマトモじゃないよ?!」

「ふふ、そういう所はやっぱり兄妹だと思うよ。昔アクアくんにも、お前はまともじゃないって言われたんだ。だからあの時私が返した言葉を、今度はルビーちゃんに送るね。私の事マトモだと思ってたんだ?ってね」

「…本当にまともじゃないよ…」

「それでね、ルビーちゃん。私たちは今凄く重要な問題があるの」

「問題?」

「この子たちの名前、決めないとでしょ?」

「そういうのって性別が分かってからでも遅くないんじゃ」

「両方決めておけばいいかなって、男女の名前考えておけばお互いにつけれるし」

「…生まれるまでにおにいちゃん帰ってきてくれるかな?」

「多分、帰ってくるよ。私たちの活動がなくなるだろうから心配して…ひょっこり帰ってくるよ。だってアクアくんだよ?私たちを大事にするあまり突き放そうと必死になって悪者演技してたあのアクアくんだよ?」

「…あれ、演技だったの?!」

「…気づいてなかったんだ、でもルビーちゃんらしいかな」


うん、おねえちゃんは強い。おにいちゃんはこの人にあれだけの嘘をついていたのに、それでも見放すこともなく今もおにいちゃんの傍に居ようとしてるの本当に凄いと思うし、それだけあの日救われたのがおねえちゃんにとっておにいちゃんが一番星になる理由だったんだろうな。思えば、おにいちゃんは誰かを救う時の方が星のように輝いてた。先輩を救った時も、おねえちゃんを救った時も、MEMを誘った時も、私の支えてくれてた時も何時だって目に白く瞬く輝きを携えてた。


「ルビーちゃん、今アクアくんの事考えてたでしょ」

「なっ、んで分かるの…?」

「凄く優しい顔してたもん、頭をなでて貰ってたかのような表情で…少し見ほれちゃったな」

「うぅーおねえちゃんがいじめるー」

「虐めてないよ?!…でもどうしよっか…私はお母さんと社長とかに伝えないとだけどルビーちゃんはどうするの?」

「今のメンタルじゃ仕事が厳しいからって一年ぐらいお休み貰う予定」

「ならしばらくしたらアクアくん、本当にひょっこり帰ってくるよ。そうだな…大体半年くらいで帰ってくると思う」

「まさかー、いくらお姉ちゃんでもそこまでの予測できないよー」


そう思ってた時期が私にもありました。今目の前に私たちに囲まれて正座で俯いているおにいちゃんが居ます。本当におねえちゃんが言ってた通り半年で、ひょっこり帰ってきました。おねえちゃんって本当は探偵か何かだったりするのだろうか?いや、でも帰ってきてくれたことは嬉しいし、喜びたいけどまずはね、やってもらうこと沢山あるんだから。


「凄く都合が良い事を言ってるのは分かる、けど俺はルビーを、あかねを支えるために帰ってきた。だからミヤコさん、ルビー、あかね。急にいなくなってごめん!俺はいつも逃げてた。あかねの優しさから逃げて、ルビーの兄であることからも逃げて…最後に家族からも逃げて、一人で生きて行こうとして、勝手にみんなの幸せを決めて俺が居なくても良いって思いこんで!!」


「どうする、おねえちゃん」

「んー、そうだね…どうしよっか」

「二人とも気に食わないかもしれないけど」


「やっぱり、都合がよすぎたよな。…悪い、金輪際みんなの前には現れないから…ごめん…そうだ、ミヤコさん…これ…会社の足しにでもして使ってください…」

「一応聞いておくけど、これは何かしら?」

「………遺産、です」


いままでの事があったから少しおにいちゃんを虐めてみたら、予想以上にダメージを負ってるようで、私もお姉ちゃんも少ししてやったりって表情で眺めていたらとんでもない単語が聞こえてきた。いまなんて…?遺産…?やだ、やだやだやだ…!だめ!ミヤコさんそんなの受け取らないで!ぽいってして!!!


「アクア、あんたって子は…自分の子供から遺産を渡される親の気持ちにもなりなさい」

「けど、皆の表情をみてたら…俺の自惚れだってわかったから…一応用意してたし…都合もいいかなって思って…」

「ルビー、あかねちゃん。あなた達の言葉に乗った私も悪いけど、どうするつもり?」

「私がアクアくんを捨てるなんてありえないから!ちょっとした冗談のつもりだったの…その、アクアくんが帰ってきたら今までの仕返しをしようってルビーちゃんと話をしてて…ね?ルビーちゃん」

「そう、そうそう!ちょっとした冗談だから、そんなに俯かないで。顔を上げて、おにいちゃん。ちゃんと伝えたい言葉もあるんだから、だから顔みせてよ………おにいちゃん?」


俯いて肩を震わせて聞こえてくる嗚咽を含んだ声に、今まで見た事もないおにいちゃんの姿に私は困惑して、その上でなんだかゾクゾクとしたものを感じて…そんな自分に少し嫌気がさす。でも、泣いてるおにいちゃんってなんだか良いね。


「俺、二人の傍にいていいのか…?」

「むしろいてくれないと困るっていうか、その…違和感に気づかない?」

「特に腹部のところとか…ね?」

「そういえば、なんで…まさか…あの日…」

「えっとね。私たち妊娠9か月でちゃんとおにいちゃんのこどもだよ」

「アクアくんが認知しなくてもちゃんと育てるから!」

「認知するし、一緒に育てる。二人が仕事を続けるなら俺が面倒を見るし、謂れなき暴言も俺が受ける。もとをただせば俺のために生まれてくる子たちだからな、親としては頼りないかもしれないけど…アイとミヤコさんが注いでくれたものに、二人がくれたものに報いてそれ以上のものを返せるように頑張らさせてくれ」

「…もう、本当におにいちゃんはさぁ」

「アクアくん、そういうところだよ」


何時だっておにいちゃんは一人で頑張ろうとする、この子たちのことも私たちのことも背負って一人でやろうとしちゃう。けどもう私たちは本当の意味での家族なのだからそれは分け合うべきだし共有するべきだ、だって私たちはもう、その…夫婦になるんだから。


「私は事実婚で、盛大な結婚式とかはいらない。おにいちゃんが傍にいてくれればいいよ。そのかわりおにいちゃんとおねえちゃんの結婚式は凄く盛大なものにしてね?」

「ルビーちゃん…良いの?その、私が表立って結婚して」

「やっぱり私とアクアって兄妹だからね。世間体ってのもあるから…でもお兄ちゃんに関してはちゃんと私とおねえちゃんで半分だから!楽しい事も苦しい事も辛い事、幸せな事全部三人で分け合って生きて行こうね!」

「そうだね…、アクアくん私たちここまで覚悟してるよ?」


『『だから幸せになる事から逃げないで。一緒に幸せになりましょう、旦那様』』

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