兄カルナルート 閑話
閑話1 ビーマセーナと百王子
スヨーダナ以外の百王子の顔を初めて見た。髪の色は、良く似ている。彼らの父と同じだ。それ以外、顔つきはあまりスヨーダナと似ていない。だが仮面を外した王子達の顔は良く似ていた。長兄としてある、あれは、誰だ?
百王子は一つの肉から分かれ産まれた。魂も百に希釈されたため長兄以外の明確な意識は存在しない。長兄を生かすように設定された働き蟻のようなものだと聞いている。感情があるなんて、聞いていない。こんな風に、
「ビーマセーナ。」
わざわざ仮面を外して現れる能があるなんて思っても見なかった。
「まずは礼を。食料の強奪と暴力を控えていただけたこと、弟達が犠牲になることがなく平穏になったことを感謝しよう。」
声も初めて聞いた。喋れたのか。
「俺はドゥフシャーサナ。こいつはヴィカルナ。」
名前まで、あったのか。
「「取引だ、ビーマ。俺たちは、お前のやって来たことを許そう。」」
声を揃えて、一言一句同じ顔から発する言葉を一瞬理解できなかった。
「許す?あれは、お前たちにとって許せることなのか?」
「んなわけねーだろ。お前を許してでもやることがあんだよ。」
「俺たちの兄を、取り戻したい。」
百王子の長兄スヨーダナ。
公明正大な戦士であるかと言われると、人の域を出ないとしかいいようがない奴だった。良くも悪くも普通の領域を出ない。正しき王家を導きたいはあいつの口癖だったが、戦士としても頑張ってはいるが、それまでだった。
「・・・一応聞くが、スヨーダナは」
「百王子の長兄だと思うか?あれが。」
ドゥフシャーサナが片目を歪ませる。ヴィカルナも面白く無さそうな顔をしている。二人の顔はそっくりだ。スヨーダナとは似ているが、同じではない。
「一つの肉より分かたれし百の王子。それが俺たちであるのならあれは違う。これ(仮面)のせいで阻害されていたが、もうわかる。兄は奪われた。」
「ビーマ、五王子は、正当なる王位のためにここに来たんだろう。その正しい王座の横に正しくないものがいるのはどうなのか。」
「俺たちは兄を取り戻したい。お前は王となる兄のため善行を成す。」
「どちらにも大義名分がある。俺たちは長兄が他の奴にとられるのは嫌だ。」
まるで誰が長兄か、わかっているような口振りであった。いや、自分も自覚している。王宮で百王子以外に同じ髪色をしているのは、一人しか知らない。
「あの使用人か?呼び出して仮面剥ぐか?」
「そんなことしたら逃げられるだろ!呼び出した時点で察して逃げるわ。」
「逃げられない状況で百王子の長兄であると皆から認識させる必要がある。それにはお前の協力が必要だ。」
「平民と王族の何処にそんな機会がある?」
「あるさ、俺たちはな、兄弟が大事だ。俺たちがそうなら、長兄もそうだ。」
「軍事訓練は平民からも志願すれば受けることが出来る。」
「お前らの耳には入らんだろうが、そこになかなか腕のたつ奴がいて、それは俺たちの長兄の兄を名乗っている。」
「忌々しいが、確かに力がある。お前らと、いやお前ら以上かもしれない。」
「軍事訓練の終了時には御前試合がある。力を示すのであれば、平民にはその時しかない。」
「いや、普通に考えて無理だろ。」
王族は王族としか戦わない。平民が王族の相手が出来る訳がない。
「やる。兄弟だからな。分かる。」
「ああ、やるな。」
その長兄への確信はなんなんだ。
「何年先だと、」
「その時点じゃないと逃げる選択肢がでる。」
「残念なことに長兄の兄弟関係はいいらしいからな。逃げることに躊躇しないだろう。」
百王子の骨を折ることに、一切の配慮をしない俺の前に迷わず飛び出した、あの仮面の下の顔を見たくないかと言われればみたい。
「いいぜ、乗ってやる。」
分からないが、俺も本当の百王子の長兄がいないと嫌みたいだ。自分の大事なところにあの紫があったような気がするのだ。正しき悪行、いいだろう、お前の言う悪行の一環でお前を表舞台に引き摺り出してやる。
「おい、悪い顔するな。悪巧みはこっちの仕事だ。」
「お前はすることは俺たちの内情を黙っておくこと、御前試合でいい具合に相手を煽る位だな。」
「後の根回しは俺たちがやっておく。」
「俺たちのは元々一つ。用事があれば百王子の誰かに言えばだいたい伝わる。見分けもつかないだろ。」
「いや、ドゥフシャーサナは分かるな。俺のこと嫌いだろう。」
「骨を折るやつのこと好きになれるか?」
「悪かった。」
「もう言うなよ。毒飲まして縛り上げて川に捨てたくなる。」
「止めろ。まだ駄目だ。」
「何時でも駄目だが?」
百王子はふざけている、トンチキ王子どもだった。
「ところで、ビーマ、備品壊しすぎだろ。力加減考えろ。」
「果物とかどうしてんの?」
「弟に剥いてもらうか、一人ならかじる。小さいやつは握って汁だけ吸ってるな。」
「・・・ライチ剥けるか?」
「一瞬で弾け飛ぶが?」
「・・・自分が食べるもの自分で作れば力加減出来るのでは?まな板まで切るなよ。」
「絶対切るわ~」
「切らねぇ(何度も切る)。」
「机まで壊すな。」
「壊さねぇ!(壊す)」
ドゥフシャーサナ:骨を折られた方。次兄なので何とか我慢している。
ヴィカルナ:庇われていた方。兄分が足りなくて時々本当の兄を偶然を装い吸う。ドゥフシャーサナには内緒。
他の百王子:ビーマの肉体言語のおかげで痛みがわかって少しずつ情緒が形成されてきたところに二人の洗脳がとけたので芋づる式に通常百王子になりつつある。
ビーマ:罪悪感を覚えた。力加減の練習に料理を始める。ライチはまだむけない。
王宮の使用人:ビーマの百王子への対応はどうかと思っていた。少しずつ脳を焼かれている。
弟ヨダナ:兄と弟の食育に忙しい。最近よく厨房からお弁当をもらう。時々仮面の少年に菓子を握らされた後くっつかれる。直ぐに離れていくのでなんだろうと思っている。
閑話2 百王子と使用人
一緒に産まれた。一から分かれた百王子、その一つは別たれてしまった。
声も、顔も、知らない。自分の顔すら、仮面に隠れてわからない。自分では外せない、着ければ何もかも良くわからなくなる。長兄のことだって、どうでもよかった。突然の痛みで意識が浮かび上がるまでは。
菖蒲色の暴力は、俺たちに存在していることを思い出させた。当然だと言うような態度で、骨は折れて肉は腫れて、段々と痩せていく俺たちを見てもそれは止まらなかった。成り代わりには何を言っても無駄だった。正しきこと、兄弟が傷つくことを許容することが、正しいことなわけがない。痛みと恐怖があるときだけ、自分でいられた。痛いのも怖いのも嫌だ。ドゥフシャーサナの腕は折れた。この間治ったところだったのに。まだ、嵐は収まらない。
「止めよ」
俺たちと同じ紫色。腰のたありまで伸びて、あまり手入れがされていないことが伺えた。俺たちでは外せなかった仮面を簡単に外した。手が、触れる、なくなっていた接続が繋がるような感覚がする。分かる、なくなった、奪われていた、最初の一つ。
ビーマはあの日から暴力と食料の搾取を止めた。元から成り代わりの提案であり、ビーマのみに責任があるわけではない。あの日から、俺たちは自分の意思で仮面を外すことが出来るようになった。思考が邪魔されない。声も、行動も制限されない。であるのならば、取り戻さなければならない。兄弟を傷つける長兄は俺たちの長兄ではない。
父の御者の養子、獣の騒ぐ夜に川で拾われたという。百王子に習い仮面を着け家族のために下働きを始めた。
昼間の間数時間だが兄の姿を見ることが出来る。ビーマの騒動から以降、王宮でも百王子の居住内での仕事を多く割り振られるようにしたからだ。ふと、仮面越しに兄と目があってしまう。
「ああ、お前、あの時の奴だな。あれから何もされていないか?」
やはりこの人が俺たちの兄なのだ。
「・・・わかるのか?」
「?庇われていた方だろう?」
「ああ、そうだ。」
あれは俺たちのことを弟としか呼ばない。名前を知っているかどうかも怪しい。どうして近くにいるのにこんなにも遠いのだろう。分かれたものが側にいないのがこんなにも---
「大丈夫か?うわっ」
少しくらい近づいたっていいだろう。抱き込んだ体は自分より小さい。
「俺は、ヴィカルナ、骨を折られた奴はドゥフシャーサナ。」
自分より華奢な体は心配になる。平民と王族の差がこれか。
「ありがとう。俺たちを、見つけてくれて。」
首もとに顔を埋めるとちょっといいにおいもする。本当は今すぐ長兄に戻って欲しい。でもそんなことをすれば逃げられるのが分かる。閉じ込めることも出来ない。彼の兄が全てを壊して連れていってしまう。逃れようのない状況でないと失敗してしまう。
「感謝を。あれからビーマには何もされていない。貴方には何もなかっただろうか。」
「五体満足だ。ドゥフシャーサナの怪我はどうだ?」
「骨は綺麗に折れてたから、上手くくっつくまで部屋で座学を頑張ってるよ。」
「そうか。すまない、鍛練の時間だ。」
髪が頬を撫でて、腕の中から温もりが消える。彼の仮の名を呼ぶ声がする。
百王子の居住に立ち入ることが出来る者は、クシャトリヤ、バラモン、限られた使用人で理解できないあり、彼の兄はそれに該当しない。
「アーユス!」
灼熱の赤が目に眩しい。ドローナ師の息子が、俺たちがあるべき兄の胸に飛び込んでいく。
「アシュヴァッターマン。飛び付くのはよさんか。俺ならよいが他にすると怪我しかねんからな。」
「アーユスにしかしない~。」
「そうか。」
「早く行こう!父さんも待ってるって。」
「ああ、ちょっとまて。またお会いしましょう。ヴィカルナ殿下。」
「また・・・」
二人の姿はまるで兄弟だった。俺たちの長兄なのに。
調べたところによると、彼の兄を名乗る男はカルナというらしい。白い髪、黄金の鎧、青い瞳を持つ美丈夫であった。
軍事訓練にも参加していて弓の才能を見出だされている。それ以外にチョロチョロしているのがドローナ師の息子、アシュヴァッターマン。正当なるバラモンの嫡子、父からの愛を一身に受けているにも関わらず兄からの親愛も与えられている。俺たちよりもどうして優先される奴等がいるのか。
「ドゥフシャーサナ。」
ドゥフシャーサナの骨は綺麗に治るように折れていた。そんなことに気がつくなら最初から折らないように気を付けることを考えればよかったのに。
「ヴィカルナ。」
思うところは一つ。俺たちの長兄をあるべき姿に戻す。そのためなら五王子だって利用してやろう。
百王子:名前を覚えてもらうために抜け駆けして突撃している。
ヴィカルナ:BSOの気配を感じている。イライラするので長兄吸いをばれない程度にしている。
ドゥフシャーサナ:次兄なので我慢出来ると思うな。弟に色々先を越されている。骨折がなおるまで先を越され続ける。
本当の長兄:この後日替わりで百王子が名前を教えてくれるよ。
余談
どうして使用人が百王子に対してため口なんですか?
→無意識の弟認定のためです。
ちょっとヴィカルナ怖くないですか?
→カリステーキの印象が強くてヴィカルナならするかなって思ったんです。ごめんなさい。