兄カルナルート 女神魔性転生 クルクシェートラ6
マーリンが杖を振ると花畑が現れる。降下速度はゆっくりと、地下の広い空間へ降りる。中央の祭壇には、黄色い水、その中にいるものはカルデアのドゥフシャラーに似ていた。人の形はかろうじて保っていたが、カルデアにいるドゥリーヨダナオルタと同じように四肢はカリによく似ていた。頭には、角がある。
「カルナ!!」
スヨーダナの呼び声に合わせて花を足場にカルナが弓を引く。アシュヴァッターマンから渡されたヴィジャヤだ。すごい音を立てて弓が飛ぶが、彼女に当たる前に何かに弾かれた。
「寝込みを襲うのはクシャトリヤとして恥じるべきことではないか?」
「まだ王ではない。」
「酷いな。お前の弟の妹だぞ。」
「抹殺する。」
シャクニにも弓が放たれるがこれも弾かれる。まだ条件が、足りない。
「目覚めてからにして欲しいものだ。契約でね。まずは彼女と話をして欲しい。お楽しみはそれからにしてくれ。」
足が地面に着く。弓が引けたということは、それは、ここはシャクニの領域だ。まだ条件が足りない。
「綱さんあれは。」
「あれは、酷い魔性の煮凝りだ。全部集まっている。」
「そうだね。私にもわかるよ。そして聖杯もあれにあるね。」
「でも角はカリのものっす。まだ。」
「間に合うってことだ。でも、あれは、」
「躊躇するな。もうあれは、人ではない。魂もない。」
「お前の妹だろ。人に戻せねぇのか。」
機構化した彼らは、決して人間には戻らなかった。花ととともに消えていった。孤独な神とともに最後を迎えた。愛とともに消滅した。カルナを思って消えた。あれは、多分戻せない部類のものだ。
「スヨーダナ!!」
いつの間にか、ドゥフシャラーの近くに女性が立っていた。目の周囲は入念に布で覆われている。
「会いたかった。貴方に。もう少しこちらへ来てください。」
あれはガーンダーリーか。カルナが顔を顰めている。
「母として、貴方のことを思わない日はありませんでした。お願いです。貴方の妹を殺さないでください。」
カルナが弓を引く。
「ガーンダーリーは、俺が生まれた時に殺されたが?」
カルナの弓が目隠しを貫いた。はらりと落ちる布地の合間から見えたのは、百王子と違う黄緑色の瞳。
「カルナは嘘がわかる。シャクニは俺の目は母と同じと言った。俺は生まれた時のことを覚えている。生まれる前のことも覚えている。」
彼女の顔色が急に悪くなる。
「厳密にはあれは妹ではないだろう。自分がしたことを忘れたか?」
「何を、言っているの?」
「ボケでも始まったか?聞いたぞ。ドゥリーヨダナは魔性を内包し、ヴァジュラの蓄積と花でできている。渡辺綱、俺に魔性はあるか?」
「綺麗さっぱりないな。」
否定された女はたじろいでいる。
「立香、昨日も問うたが、カルデアの俺との違いは何だ?」
「ま、魔性がない?」
「他は?」
「・・・大きさ?」
「どうして誰も俺と百王子のデカさが違うことに気がつかないのか本当に理解できんのだが。」
「栄養状態の問題じゃなくて?」
「カルナはそうかもしれん。だったら同じ食事の俺も同じ体型であるべきだろ。」
「俺たちは大体同じもの食べてたぞ。カルナは大食漢だがアーユスも普通に食べるぞ。」
「身長の高い低いは食べ物で変わらん。なぁ、そこな女。」
「・・・」
「お前、俺を二つに別けたな。」
百の内の一つをさらに二つに分けた。それなら、理解できる。一つに魔性を、一つは魔性の代わりに花で埋められたのか。
「おおよそ母を言いくるめたのだろう。貴女の息子が戦争を起こして殺されるとでも言ったか?悪さを起こすのは魔性、魔性分だけの肉を削ぎましょうとでも言ったか?どれかはわからんが、俺がカルナに拾われなければ死んでいたぞ。」
「でもおかしくないっすか?機構を起動させるなら聖杯で成長させてすぐに機構化すれば邪魔が入らないのに、どうして今何すか?」
「良い質問だ。ガネーシャ神。簡単だ。よくわからんが、今回は女神が自分で出てようとした。だが、大地と相性がいいのは花の方で魔性の方ではなかった。それだけの話だ。」
確かに、大地に根付くのは花の方だ。カルデアのドゥリーヨダナオルタは花からカリを生み出していた。魔性だけでは神性と相性が悪いのだ。
「・・・どうして、女神が目覚めるまで待てないのですか?クル国以外の国にしか対象にしません。貴方達が被害に遭うことはありません。」
彼女の矛盾は自分でもわかる。神は個人意思を尊重しない。
「どうして、女神がお前との約束を守るとわかるのだ?」
神様は、何もしてくれなかった。両親が死んだ時に、縋るものはお金しかなかった。
「神が、人との約束を守ったことなど、あったか?」
神様は、助けてくれない。不戦敗で消えゆく自分を救ったのは人としてのカルナだ。
「それは俺だから、わかるぞ。お前は聖杯で何を見た?」
もし、女神が人類悪に転じようとしているのであれば、その聖杯は汚染されている。汚染された人間の精神は、正しい判断ができなくなる。
「立香、機構化した俺たちは、人を区別したか?」
「・・・等しく、殺していた。神性を持つ人は、殺していないことが多かったけど、そうでなければ等しく、殺された。」
人を減らすことを目的として作られた。本当に、その機能しか持たないものなのだ。
「それはそんなに器用ではないのだ。殺す機能しか必要とされていない。」
「嘘だ!」
「女神が成り代わっても変わらない。女神は人が減ればいいんだろう。人であれば何でもいい。」
そもそも女神が介入して事態が正常化したことはあっただろうか。より事態を複雑にした記憶しかない。
「お前も、愚かだな。何かを得るために何かを捨てるのは間違っている。全て欲しいと、願うべきだったのだ。」
マハーバーラタの彼は、全てを手に入れたいと願い、行動し、自らの卑怯すらその全てが敵側のパーンダヴァのものになった。
「何もしなければ、物語は普通に進んだ。ドゥリーヨダナは俺だった、戦争は起きたがお前の息子は死ななかった。聖杯は捨てて、女神など無視すれば良かったんだ。」
黄色い水面が揺れる。浸されていた体が浮かび上がる。その異形の右手は、彼女の腹を貫いた。
女神は人を愛していた。愛していたからこそ、耐えていた。耐えきれず発した悲鳴が聖杯になった。それを手にしてしまった私は、違う世界の息子と同様に狂ってしまったのだろう。世界線の違う私の息子のは、神殺しとなった。優しい子だったからこそ、神殺しの力なんて手に入れてしまったのだろう。女神が早期の殲滅を願うということは、機構が早くに目覚めるということだ。女神は人を区別しない。人を減らせるなら誰だって構わない。だからこそ息子はすぐに殺されるだろう。だから、私が何とかしなくてはと思ったのだ。その代償が何であろうと、それで息子が守れるならそれでいいと思った。
聖杯は契約の証、女神の望みを叶える代わりにクル国だけは守ればいいのだ。機構を手に入れるためにガーンダーリーを晒した。ドゥリーヨダナとなる肉片を聖杯の力で花と魔性に分けた。魂は花に、機構としての機能は魔性の肉に、それぞれ分けてギーで培養した。魔性の肉は私が管理することになった。花の王子は魔性と分けられている。本来与えられる凶兆はなく、魔性でもないただの王子として生まれる、はずだった。誤算は二つが同じ時に生まれてしまったこと、魔性に反応して獣が啼いたこと、それでガーンダーリーが殺されたこと、百王子の長兄は捨てられたことだった。その時、ふと魔が刺してしまったのだ。息子は百王子の長兄になった。私はガーンダーリーになった。
シャクニは早々に始末した。酒と寝込みを襲うと簡単だった。不思議なことに殺した瞬間に聖杯から一騎の英霊が召喚された。キャスタークラスのシャクニだった。なぜかシャクニは私を殺さなかった。その代わりガーンダーリーを殺した神官の身柄を要求した。神官がどうなったのかは私にもわからない。クル国を巻き込むことはできない。女神の願いはガンダーラ国で叶えることにした。
魔性の肉は女神の肉体となるため女性体とした。名前は他の世界線を参考にドゥフシャラーとした。ある程度の大きさになったため、ガンダーラ国で計画を実行しようとした。できなかった。大地は魔性よりも花の方が相性が良かったのだ。だが機構は肉にしっかり組み込まれている。あとは調節が必要となってしまった。頭の中には女神の悲鳴が響くようになった。一気に人を減らすつもりだったが、徐々に減らす方針に変えた。肉をギーにつける、聖杯で無理矢理機構を作動させる。全てを使うと全てを飲み込み災厄になってしまうから、少しずつ、少しずつ、女神との相性を高めるために地の中を這わせてゆっくりと体の末端からカリを作った。本体も段々と異形化してしまったのは、致し方なかった。体が変化する毎に、生み出せるカリの数は増えた。
息子との時間は少なかった。それでも正しくあるように説いた。顔を見えれば百王子の長兄には無理があるため百王子には顔を隠させた。聖杯で暗示をかければ簡単に意識を封じることができた。五王子については息子と縁を結んでもらわなければならない。できる限りのことを五王子にするように言った。それが息子の身を最大限守る方法なのだ。本当に、そう思っていた。
ドリタラーシュトラ王も聖杯の力で私をガーンダーリーと信じた。そして本当のドゥリーヨダナのように息子を愛した。
魔性は大地に侵食した。今度は大地が魔性に還る。女神が、分霊として召喚される。そうすれば、人は死ぬがクル国と息子は死なないのだ。
ギーの中の体が動く。重い瞼が開く。ようやく、長い時が報われるのだ。そう思ったのに。体を貫く異形の腕を見る。シャクニはただ笑っている。どうしてシャクニを早々に処分したのかを思い出す。ガーンダーリーに並々ならぬ厄介な執着を寄せていたからだ。殺される前に、殺したのだ。
今にして思うと、ドゥリーヨダナは完璧な器だった。魔性と大地と相性のいい花でできた体は、機構として大地に根付くことに問題なかった。一人を犠牲にしたら良かった。そうできなかったのは聖杯で見たガーンダーリーのせいだ。子を愛する母の気持ちが分かりすぎたから、二つに分けたんだった。そうだ、なんで、忘れていたのか。こうなるなら聖杯でも何でも使ってドゥリーヨダナを最初から捧げば良かった。ああ、でもそうしたら、私が真っ先に死んでいたのだろう。
「助けて。」
掠れた声は、花に紛れて消える。
「そうだね、次からは神を利用するのはやめた方がいい。」
腹に穴は空いていない。夢でも見ているのだろうか。
「私は花の魔術師マーリン。幻術は得意中の得意なのさ。」
美しく笑う夢魔の向こうで悪意が嗤った。
「なんだ、死なんかったか。つまらん。」
余談
アーユス君の体格が百王子よりも小さい理由がそもそもの肉が半分だったこと、本来は魔性がいい感じに肉体補強するところを本体が花なので陽の光がないと成長阻害が起きるため妹(仮)ともども病弱とされ表舞台に立てない。カルナがすぐそばいることで半分以上には大きくなれました。
この世界ではドゥリーヨダナの魔性がドゥフシャラーをとされているので本来のドゥフシャラーがいない世界線になります。
一人称視点で読みにくい?それはすみません。