兄やめんなら×ね

兄やめんなら×ね


※記憶喪失🐫ネタ、🐊が感情的、殺し合い(未遂)





















 殺してやる。クロコダイルは決意した。

 砂に変じた体を突風に委ねて肉薄する。伸ばした右手越しに兄、キャメルを見た。凪いだ表情は自分に向けられるべきものではなく、殺意がより盛り上がる。互いの距離が薄皮一枚ほどになった瞬間、クロコダイルに悪寒が走った。咄嗟に腕を引く。爪先と、降りた前髪の端が切れた。キャメルがその得物、カロリナを振るったのだと気づく。

「初対面で随分なご挨拶だ。上品なのは見せかけだけか」

 キャメルの声は静かで言葉も短かった。だがクロコダイルには、クロスギルドで催される宴より尚喧しく感じられる。


 クロスギルドは海軍と交戦した。新兵器の猛攻と、海上という相性の悪さからクロコダイルは負傷し、海に落ちたのだ。そうなれば、またも「私と組もう」と弟を誘うため乗船していた兄が取る行動は決まっていた。間もなくクロスギルドは戦線を離脱した。クロコダイルは自分を乱暴に海から引き上げたキャメルを詰ろうとしたが、その姿は船上のどこにもなかった。

 兄に借りを作るなど屈辱だ。それから、クロコダイルは血眼でキャメルを捜した。しかし再会したキャメルは顔を綻ばせるどころか、お前は誰だと首を傾げる。続いた言葉には、クロコダイルはもはや耐えられなかった。

「私に兄弟なんていない」


「黙れ。黙れ、黙れ……」

 応じるまでもなくキャメルは沈黙している。

 溺れたショックで記憶を失ったのだろう。クロコダイルの頭は冷静に兄の現状を分析していた。しかし何もわからない。激情はクロコダイルの思考を蹴散らし、殴る以外の選択肢を奪った。クロコダイルの体がほどけて、砂粒が渦を巻く。

「おれの人生を始まった瞬間から滅茶苦茶にしておいて、今更アニキをやめられるなんざ思うなよ」

 クロコダイルは「兄の考えがわからなくなること」を気が触れそうなほど疎んでいた。決して認めないが、キャメルが自分を残して去ったその日からのトラウマだ。




 砂嵐が迫る。それに肌を裂かれながら、キャメルはまた首を捻った。砂に化けた男が何者かも、話す内容もわからない。興味もなかった。そのはずなのに、ひどく青ざめた彼の顔が頭から離れない。すぐにでも彼の髪や背を撫でてやらねばいけないと、強い衝動に駆られていた。

 キャメルは道理を必要としない。だからさっさと疑問を捨てて、そうしたいのだからそうすると決めた。まずは捩じ伏せる所から始めよう。キャメルはカロリナを構え直した。


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