兄と姉、盃の誓い
「なあウタ。俺と一緒に来るか?」
旅立ちの日。ちょうどルフィがいなくなった間に、エースはそう聞いてきた。
「どういう意味?」
「いやなに、よく考えたら俺たちの出航にお前が合わせる必要はねぇと思ってな? 俺も赤髪のシャンクスには挨拶に行くつもりだしな。だからいち早く会いてぇなら、俺が連れてやってもいいと思ってな」
実に軽く、されどふざけた様子のない口調で言うエース。
確かに私はこの二人ともう一人の男──サボと盃を交わしたわけではなく、彼らの約束に付き添う義理はないのは確かだ。
「どうだ? ルフィよりは快適に旅させてやれると思うぜ?」
確かにエースの手を取り、彼と共に海へ出ればルフィと航海するより安全にあいつの元までたどり着けるだろう。
エースは強い。あの頃より強くなったルフィが一勝もできないくらいで、シャンクスの船にいても十分に活躍できるほど頼りになる男だ。
……だけどそれでも、そんな男からの提案でも、私の答えは決まっている。
「ごめん。私はルフィについてくよ。
あいつにエスコートしてもらってさ、二人で立派になってから、私を放り出したバカ親父に会いにいくからさ」
「……そうか。悪りぃ、こいつは野暮なこと聞いちまったな」
エースは私の答えに少し驚きを見せ、少しだけ笑みを浮かてから私の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
あの頃のシャンクスみたいな男の掌。固く、それでいて暖かい手だ。
「ちょっとエース! 女の髪に気安く触るのは──」
「なあウタ。俺たちの妹分に、一つ頼みがあるんだ」
「……なに?」
そう言ってエースが取り出したのは、『山賊盃』と書かれたラベルが張られた酒瓶と、“四つ”の赤い盃。
「…覚えているよな?昔、俺とサボとルフィが交わした、『兄弟』の誓いの盃の事」
「……うん、覚えてるよ。あの時何で誘ってくれなかったのって言ったら、エースが『女のお前は入れねェよ』なんて嫌味ったらしく言ってたよね~」
私はそう言って当時の事を思い出しながら、こんな時に一体なんのつもりかと首を傾げていると、エースは瓶の蓋を開け、一つずつ丁寧に盃へ酒を注ぎ始める。
「──こいつは、俺の分。
こいつは、サボの分。
これは、ルフィの分。
……そしてこれがウタ、お前の分だ」
「ッ‼」
エースはそう語りながら、最後に注ぎ終えた盃を私に手渡した。
──あの盃は単なる兄弟の契りじゃねェんだ。
──たとえ別々の船出になっても、ずっと3人の絆を繋ごうって意味の盃。
──赤髪の船長に断りなく、"娘"のお前を勝手におれ達の"兄弟"にするわけにはいかねェ。
それはかつてサボから教えられた、三人の誓いの証。
“赤髪海賊団 音楽家”である私には誓う事の出来なかった、兄弟の絆の象徴。
「俺にとってお前は、可愛い妹分だ。
そして、そんな妹分にゃあ“ルフィの姉”として、弟を見守ってて欲しいんだ。
これからアイツの傍から離れて海に出る俺には、出来ない事だ」
「……」
──おれはまだお前の事完全に認めたわけじゃねえからな。
──半人前の女が海賊だなんて、おれは認めねえ!!
あの時は認めてもらえなかった誓いを、私に交わすことを許してくれた。
あの3兄弟の中で一番私を認めていなかったエースが、だ。
「ウタ、これは“誓い”だ。
もうじきお前らの前から居なくなる俺と、あの時死んだサボの分まで、ルフィを守ってやって欲しいという“兄妹の絆”を表す、誓いの盃」
……私はエースから手渡された盃を、戸惑いながらも手に取る。
そして彼も同じように三つある盃のうちひとつを手に取り、互いに笑みを浮かべながら、二つの盃をぶつけ合った。
「出来の悪い弟だがよ、あいつをよろしく頼む。きょうだい」