元凶と魔獣:前日譚
ホシノが単身アビドスから離れたif==================
──小鳥遊ホシノがアビドスから消えた
普段の彼女は飄々とした態度で、自分のことを“おじさん”と自称し私達アビドスに流入してきた人々をまとめている。
しかし時折幻覚や幻聴に苛まれており、いつ限界を迎えて発狂してもおかしくないような瀬戸際の生活を送っていた
私とハナコ、そして一部の親衛隊達だけは彼女の苦しみを知っていたが、ホシノ本人から「皆には内緒だよ〜?」と言われて以来隠すことしか出来なかった…
あんなにも辛そうな目をしておいて何故相談もせずに隠し通そうとするのか、私には理解できない。ハナコもきっと同じ気持ちだろう
もしやその苦しみこそが、自分を戒めるための罰かとも思った…しかし結局の所ホシノ自身の心を窺い知る事など出来るはずもなく、私は彼女の言う通りに閉口することに決めたのだった
そして先日の朝、私が対策委員室へ入ると…そこには誰もおらず、ただ机の上に「ちょっとお散歩してくる」という書き置きがあるだけ。ホシノの姿は影も形もなかった
焦った私は急いで警備室へ向かい、室長のハレに賄賂の飴を与えて行方を調査させたものの、どの防犯カメラにも彼女の姿は映っていなかった…確かに彼女ならカメラを避けて移動することなど容易いだろう。しかしそれによって私の心配はより増大していく
ハナコにも相談し知恵を出してもらおうとしたが、この事態を鑑みた結果
「ホシノの連絡が来るまで私とハナコとハレだけの秘密にするしかない。」
との結論に行き着くのみだった…
ホシノ…貴女が居ないと私は…
私たちは…
せめて居なくなるなら、理由を教えて…
私が悪かったなら謝るから…
…
……
………
何時間も経過する
夜を迎えた
それなのに連絡さえ来ない
1日経った
一睡もせず待っているのに
ホシノは戻らない
どこにいるのよ…
ちょっとの散歩じゃないでしょう…
涙を浮かべた私の隣で、ハナコが背中を摩ってくれてる
その時
ハレから特別回線で連絡が入った
私は急いで応答する
やっと、やっと見つかった!?
だがそう思ったのも束の間
その連絡はホシノと関係ない一報だった
どうやらアビドス地区郊外に砂嵐が発生したらしい
ハレは悪くないものの、残念なため息を出してしまう
ハレは申し訳なさそうにする
はっと気づいてごめんなさいと伝えた
しかし砂嵐は看過できない
とりあえず何とか取り繕いながら、砂嵐に近い地区の住民へ注意を呼びかけるよう風紀委員達に指示を飛ばす
──ホシノ…
まさか、そこにいるというの…?
いやそんなことはありえない
それに彼女は砂嵐程度で倒れるわけが…
縁起でも無い事を考えるな
待ってるから
早く帰ってきて
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ホシノ「はぁ…はぁ…」
偽物の懐かしい声に導かれ、私は郊外の砂漠を進んでいく。一日中ずっと歩きっぱなしなので、流石に疲れてきた…
途中(もしここで誰にも気づかれず野垂れ死んだらどうなるんだろう)なんて考えながら足を動かし続ける
──結局、昨日は寝られなかった
それもそうだろう。私の頭の中で、ユメ先輩の声と姿をした偽物がずーっと喋りかけてくるのだから
何回もうるさいうるさいと振り払ったが結局無駄なので無視して好きに喋らせていた
するとユメ先輩の幻覚は「ホシノちゃんに行って欲しいところがあるの」などと言い出した…それも無視しようとしたが「せめてこれだけでも聞いて」と何度もお願いされたので、仕方なくその願いを聞き入れることにした
かつて先輩の願いや夢を一蹴した経験があった私は、いくら偽物だとしても先輩の願いを聞きたいという思いに負けてしまって…
早朝、まだみんなが寝ている時間に私は書き置きを残してアビドスを出た
人目につかないようにして欲しいとの事だったので、寝静まっているアビドスに来たみんなを起こさないよう屋根を飛び跳ねて目的地に向かう。
ハレちゃんにもバレないよう監視カメラを避け、着地音は最小限に
そうしてアビドス自治区から離れ砂漠を歩き始めたのはいいものの、偽物の先輩が指示する場所が全く定まらない
朝を超え昼を超え、夜になってしまった
水分と飴だけは持ってきたので死ぬ危険はないものの、もう一日は流石に限界
「…もしかして私をからかってます?」
ユメ?『違うってば〜!私も昔過ぎて、何処なのか見失っちゃってるだけなんだよ〜!』
「じゃあどこだかちゃんと分かってから呼び出してください。全然分からないのなら良い加減帰るので」
『うえ〜ん!ホシノちゃんが冷たい!』
「…もう夜だから冷えるに決まってるでしょう。一日中歩き回るなんて嫌ですからね?」
ああ、私は本当に愚かだ
こんな声に従ってしまうなんて
ヒナちゃん達…心配してるだろうなぁ
遂に翌日の朝を迎えてしまった
流石に疲労が出てくる
もうこれ以上付き合ってられない…
と思ったその時
向こうの方で轟音が聞こえる
『あ、あれだよ!あそこに向かって!』
「…はぁ!?」
どう見てもそれは砂嵐だった
この人は何を言ってるんだ?
何故わざわざ砂嵐の方へ行かせる?
「意味が分からない!早く避難させて…くださ…くっ!」
ダメだ…疲労が溜まり過ぎて…
『お疲れ様、ホシノちゃん』
その言葉が聞こえたのを最後に
私は砂嵐に巻き上げられ意識を失った
………
……
…
──────────────────────────
一方その頃、反アビドス連合からの要請を受けたシャーレの先生は、偵察部隊が戻ってくる時を待っていた
連合が仮の拠点として築いたこの場所はアビドス自治区に近く、少し足を踏み出せば広大なアビドス砂漠がすぐ目の前にあるという場所…向こうの行動に対して迅速な対応が出来るように偵察するための最前線というものだ
先生が呼び出されたのは偵察部隊が戻るタイミングで、万が一アビドス側が攻め込んで来た際指揮を取ってもらうためである
しかし結局そのような事態は起こらず、偵察部隊も無事帰ってきたのでシャーレに戻ろうとした先生…
その時、アロナとプラナが先生へ衝撃的な報告を伝達する
“えっ!?ホシノの携帯電波!?”
アロナ「はい!キャッチ出来ました!」
プラナ「位置情報確認…アビドス自治区から見て北北西地点です。現在位置から砂漠にも対応可能な車で向かえば30分程で到着可能かと」
“く、車かぁ…今から拠点に戻って借りるのは難しいかも…”
「で、でも徒歩だと、計算では2時間以上かかってしまいます!」
“参った…どうしよう…こうなったら徒歩ででも…!ホシノを連れ戻せるなら!”
???「うふふっ…お困りでしょうか?あなた様…♡」
“…!その声は!”
ワカモ「はい♡あなたの愛しのワカモでございます♡ちょうどこちらに偶然用意してある装甲車がありますので…お乗りなさいますか?♡」
“うん!お願いワカモ!偶然じゃない気はするけどこの際後回しでいいや!”
先生はアロナとプラナが指示する地点へ向かうようワカモに運転を頼み、砂漠を装甲車で走り抜けていく…
たとえそれが誤発信であったとしても
そこにホシノがいなかったとしても
ホシノがいた場合を考えてその地点へと向かったのであった…
──────────────────────────
……なんだか、声が聞こえる
ユメ先輩…の声じゃない
縺贋クサ縺ョ霄ォ
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謌代′萓昜サ」縺ィ縺励※
意味は分からないが、悍ましい声なのは確かだ
ああ、沢山の人を狂わせ堕とした咎人の末路には相応しいかもね?謎の化け物に食べられちゃうなんて…
でも…せめて、ちゃんとみんなにお別れしたかったなぁ…
ごめん、ヒナちゃん
ハナコちゃん
アビドスに来てくれたみんな
連合のみんな
…先生
ダキューンッ!
!?
突然耳元で聞こえた弾着音
自分の顔に砂が降りかかる感覚
“人間の声”が聞こえる
私はようやく目を開けた
…ああ、この声は…
──────────────────────────
アロナ「あっ!信号が近いです!しかしどんどん微弱に…!電波感度を一時最大にしますっ!」
“…いや待って、見えた!あそこにいる!ホシノーッ!”
先生は装甲車から顔を出し、遠くで倒れ伏す少女の姿を目で捉えた
しかし、同時に別のものまで捉える
“…待って、ホシノの近くになんか…”
あれは何だ?
砂が、まるでうねるように蠢いている
もしや砂漠に潜む怪物!?
ワカモ「あなた様っ!一度運転をお願い致しますっ!」
“えっ!?あ、うん分かった!”
運転を交代する先生
ワカモは全力疾走する装甲車の上に立ち自身の愛用する「真紅の災厄」を構えると、その蠢く砂に狙いを定め…
見事砂だけに命中させた
砂は蠢きをやめ何事もなかったかのような平坦な砂漠へと戻る
そして車を降りホシノへ駆け寄る先生
“ホシノ!大丈夫!?”
「…っ…ぁ゛…せん、せ…きたんだ…」
“ホシノが携帯の電源をオンにしてくれたお陰だよ…電波を辿って急いで来たんだ”
「う、うへぇ…おじさん、痛恨のミス…しちゃったかなぁ…おじさんは、先生の敵なんだよ…?」
“…違う。ホシノも大事な生徒だよ”
「………また、そんなこと…」
“非行に走っただけの、私の生徒だよ”
「…あーあ…先生ってば、私はこんなに変わっちゃったのに…全然変わってないじゃん…」
目を伏せ自虐するホシノ
先生は彼女を抱き上げると、装甲車の中に連れて行き寝かせる
“…まずは治療しなきゃね。話はそれからかな”
「…おじさんは別に、拷問とかしてもらってもいいんだけどなぁ〜?」
“そんな事絶対にさせないよ。責任は私が全部負うからね”
「せ、先生!大変です!前方から砂嵐が接近中です!この規模だと、いくらこの走行車といえど耐えきれません!」
“ええっ!?ワカモ、お願いばっかで悪いけど全速力でシャーレに戻って!”
「了解しましたわ♡…ホシノさんの事は内密にすべきですか?」
“うん、そうだね…出来れば”
「それが先生のお言葉なら喜んで♡」
こうして先生は、最も救うのが難しいと思われていた小鳥遊ホシノを救出する事に成功した
ホシノは衰弱もあって抵抗する気が全く起きず、そのままシャーレへと搬送されていく…その道中眠る彼女を見守る先生は、例え大勢の憎悪を一手に引き受ける事になるとしてもホシノの身の安全を助けることを心に誓う
それとは別に
あの蠢く砂はなんだったのか
突如出現した砂嵐はなんだったのか
もしやアビドスには何か曰く付きの存在が眠っているのではないかとも考え始める先生
しかしその事は頭の片隅に一旦置き
まずはホシノを治療することを優先するのであった…
──────────────────────────
ホシノが姿を消して1週間が経った頃…
私たちはここに来てやっと気づいた
小鳥遊ホシノはアビドスを離れて先生達の所へ行ってしまったのだと
ヒナ「………ハナコ」
ハナコ「えぇヒナさん。このような時が訪れるとは薄々思っていました」
「貴女もそう?奇遇ね…
それでもホシノを責める気は全く無い。そうでしょう?」
「…はい♡こうなった以上、私達が黒幕になるべきですもの♡」
「彼女の意思は私達が受け継ぐ。裁かれるべき悪党はホシノではなく…」
「空崎ヒナと浦和ハナコ…ですね♡」
私とハナコは椅子から立つと、ホシノがリーダーであった証拠となり得る書類を全て処分することにした
その時、一枚の封筒が出てくる
「…これって」
その封筒を開けると、中にはホシノの字で書かれた手紙が入っていた
[ヒナちゃんとハナコちゃんへ]
[ヒナちゃん、ハナコちゃん、もし私の気がおかしくなって、反アビドス連合に自首しちゃった時は…すぐに武器も砂糖も捨てて降伏してね。私の夢は、確かに砂祭りの復活だけれど…もしそれを諦めたのなら、ヒナちゃんやハナコちゃん達が背負う意味は無いんだから]
[どうか自分の命を大事にしてね。そうじゃないとおじさん怒っちゃうぞ〜!…ここまで付き合わせちゃってごめんなさい。そしてありがとう]
[小鳥遊ホシノ]
「…今更、そんな事出来るわけないじゃない…何もかも捨てたら、これまで私達がやってきた意味が無くなっちゃう…」
「本当に、ホシノさんは身勝手な方ですね…ヒナさん、その言葉を聞き入れなくても別に構わないと思います。
これまでも好き勝手やってたのだから…私達が本当の黒幕だ!って言うくらいの仕返し、やりましょう♡」
「──そうね。ホシノが驚く顔を見てあげようかしら」
私はわざと悪そうな笑みを浮かべながらハナコの言葉に賛同する
「…そうですね、どうせ黒幕になるなら黒幕らしいことをしませんか?」
「…何をしたいの?」
「ふふっ…♡それは………
トリニティへの襲撃
です♡」
…それはハナコが計画していた、砂糖を求めるトリニティの人々をアビドスへと招き入れるための作戦
ホシノと私は計画が完成するまで待っていたが…ホシノが居なくなってしまった以上、さっさと始めてしまった方が良いと判断したのだろう
「了解したわ、作戦に協力する」
私はそれに賛成した
ホシノ
私達が貴女のユメを叶える
そのためなら例え人々から巨悪と蔑まれようが構わない
ハナコのトリニティ襲撃へ手を貸す事に決めた私は、彼女の作戦説明を聞き入れると早速準備を始めた…
私は陽動部隊長を引き受け、風紀委員の一部や元ホシノの親衛隊達の了承を得て陽動部隊を結成
勧誘部隊は、アビドスイーツ団と名乗る自警団が中心の部隊になったらしい
そして私たちは、ホシノが消えて10日後という短い期間でトリニティ襲撃の準備を終え、作戦を開始するのだった…
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