元ぼっち故の過ち
ましろ、ツバサ、あげはの3人は、嵐堂家に招かれていた。
意外や意外、未だに自分からアクションを起こすことの少ないヤクモの招待である。
しかも彼の想い人であるソラを態々除外した面子に声をかけた辺り、彼らの仲に何らかの問題が発生したのかもしれない。
何があったのかとハラハラした様子のましろ。
順調にヤクモの自主性が育っているようで嬉しそうなあげは。
自分は浮気認定されないために呼ばれたんだろうな、と目が半開きになっているツバサ。
三者三様の表情が並ぶ中、ヤクモは重々しく口を開いた。
「実は、料理を教えてほしくて」
「……え?」
「それだけ?」
全く違っていた3人の表情が、拍子抜け一色に染まる。
彼は別に料理が下手というわけではない。どちらかと言えば寧ろ上手い部類だろう。
特に、不便な中での調理経験が多いためか手際の良さは目を見張るものがある。
同居していないのでそう頻繁に食事を共にしてはいないが、カバトンとの決戦前の特訓の際等はキャンパーとして大いに腕を振るってくれた。
そんなヤクモが唐突に料理を教えてほしいと言い出したのには勿論理由があった。
「うん。この前ソラさんがウチに来て、夜ご飯食べてったことあったじゃん」
「ああ、お家デートの」
「……父さんに稽古つけてもらってたら遅くなっちゃっただけだよ」
ましろの横やりに目を逸らしつつ、咳ばらいをひとつ。
「それで俺がお詫びも兼ねて料理をご馳走したんだけど、ソラさんの反応がその……芳しくなくて」
「え、ホントに?」
思わずあげはが聞き返す。
ヤクモの腕は前述の通りであるし、ソラが他人の、それもヤクモの手料理に不快感を示すとは考えにくい。
当人達が気が付いていないだけで、2人はどう見ても想いあっているのだ。
「変に気合い入れて何か失敗したんじゃないですか?」
「父さんは普通に食べてたしそれはない、と思う……単純に好みの問題もあるかもしれないから、その辺りも含めて相談に乗ってほしいんだ」
内心料理には自信があったのか、心底困ったと言いたげなヤクモ。
確かに彼がソラの食の好みを知る機会はあまりなかった。
給食は何が出ても好き嫌いせず食べているし、ヤクモも含めたメンバーで遠出したときも何でも美味しいと言っている。
というより、ましろ達もソラの好物なら兎も角嫌いなものは心当たりがない。
「具体的に何を作って、どんな反応だったのか詳しく説明してくれるかな?」
「えーと、作ったのは鮭のアヒージョだよ。運動した後だったしにんにく多めのヤツ」
あちゃあ。
納得のメニューに女性陣が天を仰ぐ。
ツバサも察しがついたらしく苦笑気味だ。
「一応全部食べてはくれたんだけど、急によそよそしくなってそそくさ帰っちゃって。何かマズかったのかな……」
「そうだろうね……」
下を向いていたヤクモは気付いていなかったが、ましろの言葉に顔を上げた。
ましろさんのジト目なんて珍しいものを見たな、などと現実逃避しかける頭をなんとか繋ぎ留める。
どうやらそうさせるだけの大ポカをやらかしたようだ。
「そ、その……そんなにダメだったかな? ソラさんは鮭好きって聞いたんだけど」
「そっちじゃなくて。ヤクモ君は男の子だしランボーグ出してカロリー消費できるから気にならないかもだけど、女の子的に動いた後にアヒージョはヤバいよ」
「それにニンニク食べた後なんて匂いが気になってお話できなくなっちゃうよ……」
「な、なるほど……」
ハッキリ言って、そんなことは気にしたことがなかった。
ヤクモはランボーグを召喚するようになる前からあまり脂肪がつかない質である。
口臭に至ってはそもそも食後に話をする相手などほぼいなかったのだ。
単純にソラの好きな食材を、自分の好きな調理法で出したにすぎない。
最近までまともな人付き合いをしてこなかったツケが回ってきたというわけだ。
「技術的なところは問題ないと思うから、まずはそういう知識とソラちゃん向けの低脂質なレパートリーが必要だね」
「オッケー。ソラちゃんは鍛えてて食事にも気を付けてるみたいだし、そっち方面も教えていこうか」
「お手柔らかに、お願いします……」
なんだか盛り上がっている女性陣と、圧倒されつつも受けて立つ姿勢は見せるヤクモ。
料理ができないわけではないが、特別上手いわけでも女性向けのレシピの知識があるわけでもないツバサはそれを眺めるだけだ。
(やっぱり、僕はプリンセスと一緒に留守番でよかったんじゃないかな……)
今頃はソラとヨヨに面倒を見てもらっているはずのエルちゃんに思いを馳せるのだった。