僕らの革命前夜/僕らが願う君の今日(いま)

僕らの革命前夜/僕らが願う君の今日(いま)



戦争国家、ジェルマ王国のお膝元。

兵器を作る家業を継ぐのが嫌で、弟たちを置いて家を飛び出した。


そしてただなんとなく、家業と全く関係の無い仕事をしたいからと始めた料理が、僕の運命を変えた。


#僕らの革命前夜


料理人になり数年。

戦争帰りのレイジュ様に連れられ、分館303電伝虫の城内を歩く。

レイジュ様の案内の元、厨房へ向かう。

道中、 「余計な詮索はしないように」と釘を刺されたことに怯えつつその場で待機していれば、レイジュ様は僕の他に3人のコックを連れて来た。


その後「貴方達の料理長を連れてくるわ」とその場を離れたレイジュ様を待ちつつ、残りの3人に挨拶をする。


マリィちゃんはおっとりしているが芯のある女の子だしジャンさんは物静かだけど真っ直ぐな人だ。

そしてイライザさんは、なんというか、とても強い人だ。


どうやら全員悪い人ではないらしく、ホッと息を吐けば再び厨房の扉が開く。


「ほらサンジ。挨拶しなさい」


そう言って優しく笑んだレイジュ様の後ろで、星色がきらきらと揺れていた。


***


レイジュ様の背後から出て来た少年ーーーサンジと名乗った彼は、今回「大規模な宴が開きたい」という思いを持って厨房に足を踏み入れたらしい。


辿々しい、というより最早ぎこちない話し方、人に怯えるような目線、そしてレイジュ様に似た名前と特徴的な眉毛から恐らく彼女となんらかの関係はあるんだろう。

けれど詮索は禁止されているし、何より彼の様子から根掘り葉掘り事情を聞くのは憚られた。


そうして年若いわけアリの料理長が僕らの上司となり、僕らのこの城での料理人人生は始まった。


***


「サンジくん。」

いよいよ明日だね。


宴前日。

仕込みの最終確認と大量の餃子包みに精を出すサンジくんに声を掛ける。


「マロージュさん!」


にぱっと笑う彼の隣に座りつつ餃子包みを手伝う。

初めて会った日から比べれば、随分と表情豊かになったものだ、とちょっぴり感慨深くなる。


なんとなく雑談をしながら餃子を並んで包む。

そういえば、明日について大事な話をしていなかった。

そう思い至った僕は「サンジくん」と声を掛け口を開いた。


「とりあえず、明日から3日間、ホールで話す時は敬語で話しかけるね」

「えっ」

なんで?と不安そうな表情に苦笑しつつ、

「君はこの厨房の料理長だからね。」

そう告げれば「ぅあ…」と言葉を詰まらせたのち「わ、わかった」と蚊の鳴くような声が返ってくる。


そう言って俯いてしまったから、僕には彼の顔は見えなかったけれど、まんまるな頭越しに覗きみえたその耳は照れからか真っ赤に染まっている。


「…」

「…」


なんとなく沈黙が生まれる。


「なぁ、マロージュさん。」

「どうしたんだい?サンジくん。」


言い淀むサンジくんの言葉をゆっくりと待つ。

子供が言いたいことをうまく言えない時は急かしてはいけない。

こんなところで弟たちを相手にしていた知識が役に立つなんて、とちょっとだけ感慨深くなる。


「あ、明日」

「うん。」

「明日になったらさ!!」


緊張からか、声の音量調整も上手くいかないのだろう。

少しだけ大きくなった声を宥めるように彼の小さな手を握れば、サンジくんは深呼吸をひとつ落とす。


「み、みんな、よ、喜んで、くれるかな…?」


餃子を包む指の動きは少しも澱むことはない。

けれど声は先程に比べてだいぶ小さくなっている。


きっと今、この少年の中は不安でいっぱいなのだろう。


「ーーー大丈夫だよ。」


付けていたビニール手袋を外し、ゆっくりとサンジくんの方に手を伸ばす。

びくり、と身体を震わせた彼は、けれど伸ばされる手から逃げようとはしなかった。


(初日には、絶対頭なんて触らせてくれなかったのにな)


そんな小さな変化にも、ほんわりと胸が熱くなる。


「君も僕たちも、今日まで沢山準備して来ただろう?」

だから明日からの宴は、きっと上手くいくよ。


瞬間、サンジくんは花が綻ぶようにぶわりと笑う。

そんな顔を見ながら、僕は願う。


幼子のようにふにゃりと笑う彼の明日が、どうか幸せでありますように。


#僕らの革命前夜



ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー○ー


どうしてこんなことになってしまったんだろう。


サンジくんが大切にしているノートをぎゅっと抱きしめるマリィちゃんの前でデッキブラシを握りしめる。


更にその前で扉を睨みつけるジャンさんとイライザさんの手にはそれぞれ武器が握られている。


(ーーー怖い)


怖い、けれど。


ここで逃げてしまえば、きっと僕は変われない。


それに、僕は悲しかった。

最初は僕らと話すことすら緊張していた彼は、宴の1日目に料理の追加について話しかけに行った時にはもうお友達ができていた。

そんなサンジくんが、今日もにこにことお友達と話すんだと語っていたサンジくんの時間が。

こんな無粋な砲撃や攻撃に奪われてしまったことが。

僕は本当に、悲しかった。


だからこそ。


サンジくんが今日までに積み重ねてきた時間が、想いが、詰まったこの厨房とノートを荒らされるわけにはいかないのだ。


震える手で、再度ブラシを握りしめる。


(ーーー神様)

どうかこれ以上、サンジくんを苦しめないでくれ。


***


外で戦っていた3人が戻って来た。

幸いにも大怪我を負った人は居ないようで心底安心した。


「3人とも、手当しますからこっちへ!」

とりあえず自分に出来ることをしよう、と足元に用意していた

「なんだ、マロージュてめェ手当てなんかできんのか」

「か、簡単なものなら一応」

そんな受け答えをしながら足元の救急箱を開く。


赫足ーーー。いや。

オーナーゼフという呼び名を気に入ったのだという男についた小さな傷を消毒しながら、きっと今、何処かで傷ついているであろう、きらきらと輝く、あの少年の心にも包帯が巻ければいいのにと願う。


脆く優しいサンジくんの今日が、どうかこれ以上傷つき苦しいものになりませんように。


#僕らが願う君の今日(いま)

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