働かずしてお給金―1年と9カ月の仕事遍歴―

働かずしてお給金―1年と9カ月の仕事遍歴―

ゆんたく

このエントリは、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020(https://adventar.org/calendars/5733)の13日目の記事です。


熊野寮で束の間のモラトリアムを謳歌されている諸氏におかれては、来るべき就職(活動)を憂鬱に思っていることもあるだろう。あるいは、どれだけ寮で好き勝手やろうが(こたつから抜け出せなくて留年したり、賭け麻雀で一財産失ったり、スマブラを極めていたら留年していたり、エトセトラ)、卒業したら結局それらしいスーツを着て憎むべき資本主義の競争社会に飲み込まれていくのだろうと諦観している方もあるかもしれない。かく言う私も卒業後すぐはひじょうに「まっとう」な職に就いたのだが、わずか2年でやってられっかと退職届を押し付けてからのこの1年と9カ月はなかなか愉快な経験をしてきたと自負している。特に、働かずしてお給金をいただけることがこの短い期間に二度もあろうとは思わなかった。こういう世界もあるんだよということで。月給は全部手取り額です。


◆2019夏 オキナワでバスターミナル案内員+4日だけ家庭教師

形態:派遣(いわゆるリゾートバイトというやつで、家賃は無料)

給料:時給1100円 月給大体10万と少し ※労働時間が短かったため

とにかく沖縄に住んでみたくて、あとはできれば英語を使う仕事を、と探していて行きついた。時給1100円は沖縄ではかなり高いほうである。しかし月給としては安かったため、ものすごい貧乏生活だった。にんじんのしりしりとゴーヤチャンプルとキャベツと豚肉の味噌炒めを永遠にローテーションしていた気がする。懐かしい。

仕事は大変楽しかった。10時から17時までバスターミナルの案内所にかりゆしシャツを着て座り、お客さんが来れば案内をする。だいたい美ら海水族館に行きたい人が多かったので、終わりの頃にはその高速バスの運賃や時刻をある程度諳んじられるようになっていた。暇なときはものすごく暇なので本を読んだり。ときどき自分がどこに行きたいのかよく分かっていないお客さんがいて(こういう名前のショッピングセンターがあった気がするんだけど、とかこのあたりにこういうバス停があった気がするんだけど、と言われて調べてもぴったりくるものがないときとか)、一緒に考えるのが楽しかった。正解にたどり着いたときの感慨はひとしおだ。

諸事情によりお給料よりも自分の時間を取って勉強するほうが大事だったためこの条件で働いていたが、さすがに貧乏すぎたため、家庭教師のト○イにも登録してみた。短期では難しいかもと思っていたけれど、4日間だけの仕事をまわしてもらえた。それはかわいらしい中学生の双子に、理科、数学、英語を少し。理科、特に生物なんてそれこそ中学卒業以来ご無沙汰だったのであわあわで、先生理科苦手なんだね、と一瞬で見抜かれた。すいません、一応トラ○に出した書類には理科は無理ですって書いたんだけどね、という言い訳は心の中に留めておいた。おかげで玉ねぎの根の成長点は先端にあることをしばらくは忘れないだろう。お母さんが出してくれたマンゴーや持たせてくれたフーチバージューシーには今も感謝している。

貧しかったがとにかく楽しい夏だった。ああ、世の中には楽しいが圧倒的パーセンテージを占める仕事もあるんだなあと思ったものだ。仕事が苦しくなくてはいけないなんて誰が決めたのか。


◆2019秋~冬 本気の山奥でレストランサービス

形態:派遣(こちらもリゾバ。家賃と、光熱費・食費も無料)

給料:時給1200円→1300円(途中で上げてもらった) 月給20万くらい

沖縄から実家に帰ってしばらくハロワ通いをしていたもののあまりうまくいかず、最寄りのコンビニまで歩いて2時間、駅前の郵便局にはATMがないというまじもんのド田舎にやってきた。そこそこいいお値段のするリゾートホテルのレストランでホールスタッフとして働くことになった。ちなみに飲食業は学生時代のバイトを含めても初めて。

ただただ楽しいばかりとはいかなかったけれど、コース料理のサービスのベストタイミングをあれこれ考えてみたりとか、ごぼうピラフごぼう少な目という珍妙な注文のワケを同僚と推理してみたりとか、たまに下賜されるデザートにきゃっきゃしたりとかしながら、ときにお客さんに紅茶用ミルクをぶっかけたりなんてことがありながらも愉快にやっていた。派遣の同僚たちのバックグラウンドは様々で、夏はここで稼いで冬は好きな国でのんびりする人、ワーホリ後で労働ビザが下りるのを待っている人、とりあえずなんにもないところがいいと言ったらここになったという人(ここまでなんにもないとは思わなかったと言っていたが)などなどがいた。正社員も含めて大学を卒業している人のほうが少なくて、私が元の職場に留まっていたならばきっと関わることのなかっただろう人たちだった。ある程度はしょうがないのかもしれないけれど、私はやっぱりそうやって世界が別れていくのをよいことだとは思わない。


◆2020春 作業現場の事務員

形態:派遣(リゾバではない、いわゆる普通の派遣。実家から通い。)

給料:時給1300円 月給25万くらい

建設現場とはちょっと違うのだが、イメージはだいたいそんな感じでたぶん間違っていない。諸々の雑務をこなす事務員という触れ込みで向かったその職場で、たぶん2020年というかここ数年でピカイチのカルチャーショックを受けた。仕事がない。のに、なんかお金はたくさんもらえる。座っているだけでお金がもらえる。何が起こっているのかよく分からなかった。今でも分かっていない。

契約労働時間は8時から17時なのに、しょっぱなにそんなに早く来なくていいよと言われ、16時を過ぎたらまだいるのと言われ、実質職場にいるのは9時前から16時前。土曜日来る?タイムカードはどっちにしろ来たことにしていいけどと言われ意味が分からず、月~金、8~17時働いたことにした勤務表を上司に提出したら、なぜ土曜日が欠勤になっているのかとちょっと怒られる。意味が分からない。

日々の仕事は郵便の回収とときどきコピーとラミネートと掃除。以上。まじで、以上。だいたい毎日30分でタスクは終わる。掃除してたらそんなことさせてごめんねと言われる。残りの時間は私的な勉強にあてた。

にもかかわらず、書類上は週40時間以上働いたことになっているので、追加手当まで支給されていた。山奥時代も家賃等を考えたら手元に残る額は元職より多かったのに、普通に手取りで上回ってしまった。うける。99%大丈夫だとは思うが派遣会社にバレたらまずいので拡散しないでください。

まわりの人たちも本当にいい人たちだった。コロナ禍真っ最中で派遣切りが横行する中、私は一人パラレルワールドを生きているような気分だった。


◆2020秋~ パリのレストランで再びサービス

形態:正社員 週16時間の無期限契約

給料:時給だいたい10ユーロ 先月分として支給されたのは約600ユーロ

そして現在、私はまた働かずしてお金をいただいている。

なぜ定職に就かずブラブラしていたのかというと、留学を目指していたから。やはりコロナ禍でオンライン授業になってしまったりしたけれど、入国制限の隙間を潜り抜け無事パリにやってきた(身構えていた入国審査は秒で終わった、本当にBonjourしか言われなかった)。着いて2週間ほどしてからアルバイトを探し始め、あるラーメンビストロ(ラーメン屋というにはお洒落で少しお高い)に運よく採用された。9月下旬から1か月ほどはフランス語が分からんと泣きながらもまじめに働いていたのだが、ここでやってきたのがそう、ロックダウン。ちなみにフランス語ではconfinement。

ここでフランスの労働法制について簡単に説明すると、基本的に非正規(日本的なアルバイトや派遣など)というものは存在しない。一部派遣的な人たちはいるらしいが、彼らはプロフェッショナルで、不安定な身分に見合うだけの給料を取っているらしい。みんな正規で、保険料や税金は一律給料から引かれるかわりに、有給も最初からもらえる。期限付き(CDD)と無期限(CDI)の区分はあるが、私は後者で、身分的にはフルタイムで働いている人と変わりない。もちろん給与形態は違うけれど。週16時間働くという契約になっていて、あまりに下回ると時給が少し落ちるらしいが、上回ると逆に上乗せになる。

ロックダウン下でレストランは営業できないため、フランス政府が休業補償を出してくれると言う。さらに何がびっくりかというと、その額は上記の契約労働時間に基づいて算出されるため(契約時間だけ働いて得られる給料の八割強)、私の場合は実際にシフトに入って働いていたときよりも数万円多くもらえてしまうのである。ちなみに今のところ消費税以外の税金は払っていない。レストランの休業は少なくとも1/20までは続くので、それまでは文字通り1秒も働いていないのに定収入があるという夢のような状況、なうである。


ずいぶん長くなってしまった。

この数年で正規から非正規、大都会からドドド田舎、事務から現場、日本からフランスとまあ実に様々な職場を渡り歩いてきて感じることは、ボーナスは最高非正規は人権侵害(まじめに)、そして月並みだけれど本当に、世の中にはいろんな仕事があるということ。人間関係はどんな職場でもめちゃくちゃ重要だけれど、仕事内容もやっぱり大事。さすがに少しの存在意義はあったほうがいい、いくら高給だとしても。

留学を終えたあとどんな仕事に就くかはまだ全く分からないけれど、なにかしらこの愉快な履歴書の一行一行が生きるようなことができたらいいなと思っている。

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