傷は男の勲章らしい。
短い。久しぶりに酒場で出会したキャメルの顔には、覚えのない傷が増えていた。
思わず顔を顰めたクロコダイルに、なにを勘違いしたのか困ったように笑っている。
舌打ちをひとつ。
それから手首を掴んで引き摺るようにして、賑やかな酒場から連れ出す。
「わっ、と…!クロ、どうしたんだい?いきなり……」
戸惑う声を無視して路地裏へ引っ張り込むと、壁に押し付けて問い詰める。
すると、少しだけ困ったような顔になって視線を逸らされた。
苛立ちが増していく。胸倉を掴む手に力がこもった。
それでも大して気にした様子もなく、降参降参と両手を挙げて苦笑いしている。
その余裕のある態度が更に腹立たしい。
「なんだ、また持病の暇潰しのせいなのか」
「あぁ……うん、そうだね。ごめんよ、心配かけて。でも本当に大丈夫だから」
「……考えなしが」
「えぇー?そんなことないと思うがなぁ……。私はちゃんと考えてるつもりだよ?」
そう言って笑う姿はまるで子供のように純粋だった。
嘘偽りなど微塵もないように見える。それが余計に恐ろしかった。
この兄は、いつだって自由気ままなのだ。
クロコダイルのため以外に、他人のために動くことなど滅多になく、ただ自分の欲を満たすためだけに生きている。
その生き方に疑問すら抱かず、むしろ海賊なのだから勝手気ままで当たり前だと思っている節さえあった。
昔はもう少し落ち着いていたような気もしないが、思い出補正かもしれない。
「……お前は昔からそうやってヘラヘラ笑ってばかりいるが、本当は何を考えているのかわからないところが不気味で仕方がないんだよ」
吐き捨てるような言葉にキョトンとした表情を浮かべたかと思えば、すぐに吹き出して肩を震わせている。
なんとも楽しげなその姿にイラついて舌打ちをした。
しかしそれも意に介さず、心底愉快だと言わんばかりの笑顔を見せたかと思えば、ふわりと抱き締められた。
「っ……!?おい!」
慌てて離れようとすれば、より強く腕の中に閉じこめられる。
宥めるように背中を撫でられ、落ち着けと言うようにポンポンと叩かれた。
抵抗するのも馬鹿らしくなって大人しくされるがままにしていると、やがて満足したのかゆっくりと身体が離される。
「久しぶりなんだから、面倒な話より美味しいものでも食べようじゃないか。今日は何を食べたい?」
「……肉。財布、空にしてやる」
「了解了解。じゃあ行こうか」
差し出された手を躊躇いがちに握れば、そのまま引っ張られて歩き出した。
繋いだ手を振り払うことはしなかった。
きっと振り払っても無駄だろうと思ったからだ。
そしてそれは正解だったらしい。
嬉しそうな横顔を見て、小さく溜息をついた。