偶然の予言者

偶然の予言者



「大企業は影で世界の支配を狙っているの」と、少女は言った。


「単一の企業による計画ではないわ。いくらなんでも、そこまで巨大な企業は存在しない。リスク管理の面でも愚策。企業の支配とはすなわち経済の支配を意味する──けれど、どれだけ巨大な企業体でも人類の全ての経済活動をカバーすることはできない。できないんだけど……支配分野を異にする覇権企業同士が、世界支配という一つの目標のもとに完全なる融和と同調を実現することが出来るとしたら? それは巨人を超えた巨人として世界を支配するに足る存在となり得る……そうは思わない?」

「さあ」

「少なくとも彼ら自身はそう考えてる。そして真面目に世界支配に向けて邁進している。事実、各産業分野ごとの争いは熾烈にして苛烈になっているわ。一定以上の大きさの企業では専門の戦闘営業職を大増員して武力抗争に備えているという……超売り手市場よ」


「多分だけど」と、少年は言った。「進路希望はもう少し真面目に書いた方がいい」

少年は鞄を抱えなおすと教室を出て、帰途についた。


途中、二人のビジネスマンが微妙な距離を置いて相対しているのを見た。どちらも大手コンビニチェーンのポリ袋をぶら下げていた。かたや業界二位、もう一方は三位の企業だった。二人は妙な緊張感を漂わせたまま、示し合わせたように歩き出し、路地裏へと消えていった。


直後、路地の奥から、なにか鈍い音が連続して聞こえてきたような気がした。



◇◆◇◆◇



「秘密結社がついに表舞台に出ようとしているわ」と、少女は言った。


「組織の名前は不明。なぜなら秘密結社だから。目的はよく分からない。秘密結社だから。活動内容は千差万別で、構成員ですらそれがなんのためにやっていることなのか理解していない。どうしてかというと……」

「秘密結社だから」

「ナイス。ともあれ、これまで歴史の影で雌伏していた秘密結が動き始めたの。大秘密結社時代の到来よ。非常に危険な時代だわ。男は閾を跨げば七人の敵あり、は今やクラシックな考え方よ。敵は七人どころか秘密結社。アップデートが必要なの。寄らば大樹の陰……結社から身を守らんと欲すれば結社たるべし。そう、貴方も秘密結社に対抗するために秘密結社に入りましょう。今すぐに」


「多分だけど」と、少年は言った。「新入部員の勧誘にはもっと別の言い方があると思う」

少年は汗を拭うとオカルト部の部室を出て、帰途についた。


途中、そこかしこの壁に奇妙なステッカーが貼ってあるのを見た。描かれているのは渦巻きと五芒星。そして読み方も分からない文字めいた記号だった。じっと見ていると、買い物帰りと思しき通りすがりの子連れの女性が声をかけていった。


「それは先週分よ。更新は明日」



◇◆◇◆◇



「オーパーツは引かれあうという言葉を知ってる?」と、少女は言った。


「《場違いな人工物》……それは大半が偽物だと考えられているわ。勘違いや鑑定の誤り。あるいは悪意ある詐術。かつて存在したであろう高度技術の産物への幻想は、未来の展望から夢を失った時代において、人類の偉大さの証明を荒唐無稽な過去へと求める欲求とも言えるでしょう」

「どうかな」

「そうなの。そんな論拠に従い考察を深めると、この世界にある真に偉大なオーパーツとは人間だと言えるわ。それもただの人間じゃない。時代に不似合いな人間なの。過去に生み出され、未来への展望に自信が持てず、現代性で測ると時代に合わせられない。オーパーツとはそんな人間。そしてオーパーツは惹かれ合うの」


「多分だけど」と、少年は言った。「次のデートは映画はやめた方がいいと思う」

少年は空になったプラカップを片付けると、バーガーショップから出て帰途についた。


途中、道ばたに奇妙な物体が落ちているのを見つけた。金色の指輪の周りに小さな銀の輪を五つ取り付けたような不思議な形をしていた。実用品とは思えないがアクセサリーとしても不自然な気がする。なんとなく拾おうと手を伸ばした瞬間、


カチッ


硬質な音と共に銀の指輪が六つに増えた──今、どこかから一つ飛んできて貼り付いたような……



◇◆◇◆◇



……そして次の週、少年は奇妙な指輪を手に、選ばれし者として秘密結社のメンバーとなることを強制され、世界支配を狙う企業連合体《タイタン》との熾烈な戦いに巻き込まれることになる。


「多分だけど」と、少年は独りごちた。「これ、全部偶然なんだと思うんだ」


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