偉大な男の最後3
『…悪かったね○○さん、話し途切らせちまって』
「…いや、構わないとも」
置いていた受話器から、ココロの声が聞こえる
どうやら話せる程度には落ち着いたようだ
しかし、その声には未だ隠せぬ悲しみの色が見える
…まぁ当たり前だろうが
「…そういえば、アイスバーグ君とフランキー君は、今どこに?」
聞けば今回の一件では、フランキー君が自作していた戦艦-バトルフランキーと言ったか?-を、CPに利用されたそうだ
司法船の襲撃も、トムやアイスバーグ君への襲撃も
私自身、それに関して言いたいことはないと言えば、嘘になる
しかし、今更私が言うまでもなく、船を造ったフランキー君はもちろん、それを長年にわたり諫めていたというアイスバーグ君の心には様々な感情が重くのしかかっていることだろう
そこで私が文句を言ったところで、ただ追い打ちをかけるだけだ、そんな趣味はない
むしろ、自棄になって馬鹿な真似はしないでくれと願うばかりだ
『フランキーはさっき言ったCPの役人を殴って、そのまま逃げちまったよ
今、アイスバーグが探してくれてる』
「…そうか」
どうやら、すでに遅かったようだ
そこでふと、ココロが思い出したように話し始めた
『…そういえば○○さん、アンタに伝えておくことがあったんだ』
「…なんだ?」
『トムさんが海軍に捕まる直前、アイスバーグに伝言を頼んいたそうだ
もし万が一、自分が最悪の結末を迎えたら、○○さんに伝えてほしい、ってよ』
「…!」
つまりは、遺言、ということか…
「…それで?」
『…○○、今までありがとう
悪いが、後のことは頼みたい、そう言ってたそうだよ』
「…………」
……フン、馬鹿者が
態々そんなこと言い残すくらいなら、言い逃れをするすべでも考えて居ろという話だ
何が後のことを頼みたいだ
私に何の相談もしないからこうなったというのに、今更頼ってきおって
………
『…○○さん?』
「…ありがとう、ココロ、態々伝えてくれて」
『…いいってことよ
それより、さっきも言ったがプルトンの設計図は今アイスバーグの手にある
トムさんが持ってないとわかれば、政府の奴ら、また血眼になって探そうとしてくるだろうよ
若いころからトムさんとつるんでたアンタのとこにも来るかもしれない』
「…あぁ、その時はうまくあしらうさ
そっちこそ、トムの秘書なんだ、十分に気を付けてくれ
また連絡する」
『…なぁ○○さん』
「…なんだ?」
少しこちらが耐えられそうにないと思い、早々に話を切り上げようと受話器を置こうとする
しかし、それに待ったをかけるように聞こえていた心の疑問の声に、私は再び受話器を持ち上げた
『…アタシらは、なんでこんな弱いんだろうねぇ』
「…」
『大切な人ひとり守れず、それどころかその人に救われて、連れてかれんのを指をくわえてみてるしかない、なんてさ…』
「…悪いがココロ、その答えは、私も持っていない」
『…だろうねぇ、悪かったよ』
それだけ言って、ココロは通信を切った
私も受話器を置き、一度椅子に深く座りなおす
………
と、私が通信を切るのを待っていたかのように、扉をノックする音が聞こえた
入室許可を出すと、書類を手にしたタナカが入ってくる
私は努めて感情を出さないよう、表情を作ってで迎えた
「○○様、ご確認していただきたい書類が…
…○○様、そうかなさいましたでしょうか?顔色が…」
…ふむ、自分ではわからないが、はたから見てわかる程度には心中が顔に出ているようだ
正直な話、私自身今の精神状態でまともに仕事をできるとは思えない
…まぁ、今日くらいはいいだろう
「タナカ、悪いが明日の朝まで、本当に下級の要件でない限りは誰もこの部屋に入れるな
書類は明日まで止めておけ」
「…かしこまりました
なにか、必要な物は?」
「ない、飯も今日はいらん」
そういうとタナカは一度礼をし、書類を持ったまま静かに部屋を後にした
…さすが、私に10年以上も仕えてくれているだけあり、こういったときに色々と察してくれる
部屋の鍵を閉め、カーテンを閉じ、応接用のテーブルの上を片付ける
準備を終え、私は部屋の隅にある酒棚からグラスとジョッキを一つずつ、そしてとある酒の瓶を取り出した
その酒こそ、トムの免罪記念に送ろうと考えていた、奴の好きな酒
度数は高く雑味も強くて、正直私はこの酒はあまり好きではない
が、奴はこれをそれはうまそうにジョッキでがぶがぶ飲んでいた
蓋を開け、まずはテーブルに向かい合わせに置いたジョッキになみなみと
そして、手元の方のグラスにも、入るだけ
瓶を置き、グラスを持ち上げ、ふと正面に目を向けると、一瞬だけトムの姿が見えた気がした
ジョッキを片手に、いつものように豪快に笑う、トムの姿が
…本当なら、数日後に見ることが出来たはずの姿
それを幻視するほど自分が弱っていたことに苦笑しつつ、置いてあるジョッキにグラスを打ち付け、そのままグラスの中身を一気に仰ぐ
舌を刺すようなえぐみに咽そうになるのを我慢し、飲み干す
…本当はこんな酒でも、もっと美味く呑めていたはずだったんだがな
そのまま瓶を持ち、二杯目を注ぐ
…今日はこのまま、溺れるほどに呑ませてもらおう
そうすれば、明日にはこの心に泥のように溜まったものも、少しは軽くなっているだろうからな
フランキー君が海列車に轢かれ死亡したという話を聞いたのは、その次の日の昼だった