海軍本部三等兵・ナミ【1】

海軍本部三等兵・ナミ【1】


「死んじゃうんだよ……?」


懇願だった。

「このまま魚人たちに向かっていけば殺される」「勝ち目なんてない」。

修羅場をくぐった経験が残酷な結論を導き出すが、ナミは言葉としてカタチにできなかった。

子供のように、震えることしかできなかった。


「わかっている」


大人たちは、残酷な結論を受け容れていた。いや、選択した。

無駄な抵抗だというなら、この10年ナミだけに重荷を背負わせていたことこそが無駄だった。

大人として責任をとらねばならない。重荷となっている己の命を散らし、ナミが逃げ出せるチャンスを邪魔しないようにしなければならない。


ナミはそんなことして欲しくはなかった。ゲンさんたちがいるから、また頑張ることができる。私が頑張ればいいんだから、死なないで欲しい。

また"母"のように、自分のために死んで欲しくない。

ナイフを持って"父"と村人たち立ち塞がるが、ナミは迷子のように震えていた。

だからこそ──ゲンゾウは、一喝した。


「どきなさい!!ナミ!!!!」


もはや引き返せない、生きろ。

言外に込められた𠮟りつけに、ナミはもはや何も言えなかった。情けなくへたり込み、ナイフも取りこぼしてしまう。

少なくとも追ってくることはない、死に様を見せることもない。そう確信したゲンゾウは、決死の号令をかける。


「いくぞ皆!!我々の意地をみせてやれェ!!!!」

「うおおおおおおおォォォォ!!!!」

「まって、みんな、待って‥‥!!」


「やだ、みんな、しんじゃやだ‥‥!!」



怒号がナミの哀願をかきけす。ただ一人の子供でしかなくなってしまったナミには、大人たちの狂騒じみた決意を止める言葉も力も持たなかった。



新時代はこの未来だ、世界中ぜんぶかえてしまえば──♪


彼らを止めたのは、"歌"だった。


ドンドットット♪ドンドットット♪


「え‥‥?」


歌が響く。

軽妙なドラムのリズムに乗るように、村人たちが歩をとめて地面の太鼓を叩く。

殺意をギラつかせた眼は閉じてひらくことなく。かくんかくんと首が揺れ動き、導かれるように手近な家へと入っていく。

まるで、誰かに操られてるかのように。


ジャマモノ やなもの なんて消して♪

この世とメタモルフォーゼしようぜ♪

ミュージック、キミが起こすマジック♪


村人たちの即席軍勢を割って表れたのは、海兵部隊──の、軍楽隊だった。

先頭の歌手らしき女海兵が、様々な楽器を演奏する部下たちを率いてポップミュージックの行進曲を奏でている。


「なに、これ」


何から何まで意味がわからない──あるいは能力者と出会った経験があれば別だったろうが──ナミの理解を超えていた。

ザクリザクリと左腕の刺青を刺してみるが、泣きそうなほど痛い。

だったら、これは現実かもしれない。

眼の前で歌う、赤い髪の海兵はなんなんだろうか。

そもそも本物の海兵なのか。


「ベルメールさん‥‥?」


奇妙なことだが、ナミは自分とさして変わらない年頃の少女に、母の面影をみた。

存命の頃に、姉とわがままを言って見せてもらった海兵当時の姿。

いつもよりもっとカッコいい姿を褒めそやしたせいで、その日はずっと母が照れっぱなしだったのを覚えている。


目を閉じれば未来が開いて♪

いつまでも終わりが来ないようにって♪


だったら、この女海兵は母の産まれ変わりか、母の若い頃なのだろうか。

ザクリザクリ。

死にそうなほど痛い。だったら、やっぱりこれは現実だ。

この人はベルメールさんではない。


「この歌を、う‥‥ッてええええええェェェ?!!?」

「ひゃっ‥‥!!」


女海兵が急に歌うのを止め、ナミをみて全力シャウトした。サビへの溜めを腹に込めた絶叫は、人の動きが絶えた村中に銅鑼の如く響く。


「なにやってるのアナタ!!じぶんでザックザク腕刺しちゃって!!」

「へ‥‥?」


女海兵が駆け寄って地面に膝をつき、ナミへ簡単にメディカルチェックを行う。


「他に目立った外傷なし、ナイフを抜く‥‥のはダメか。衛生兵ー!!」

「はい!!」


女海兵の号令で、さきほどまではサックス奏者だった海兵が手際よく楽器から救急箱へと、道具を持ち換える。

彼女らの機敏で鍛えられた動きに、ナミはようやく「やっぱり海兵だった」と実感したが、それでも問わずにはいられなかった。


「アンタたち‥‥なんなの?」


「私?私は海軍本部・少佐のウタ!!」

「あなたは、ナミちゃんだよね?よろしく!!」


ウタが正義コートの胸元から、ナミに写真を見せた。


「あ、あぁぁぁァァァ……!!」

「私は全くしらないけど、ベルメールさんは海兵の先輩なんだ」

「べる゛め゛ーる゛ざん゛……!!」


海兵姿をねがったとき、一緒に村の写真屋さんで撮った写真。

正義コートごと、"母"の腕に姉と抱かれた写真。

"母"は恥ずかしいから捨てたと言っていた写真は、コッソリかつての教官のもとに届けられていた。「先生、海兵を辞めて今は幸せです」と。


「"先生"がね、心配してたんだ。引退式出席の返事がなかったから」


握り潰され、力及ばず、頼ることすらできなった助けの声は。

アーロンが知らず・興味も抱かなかった"母の愛"で、母の仲間たちに届けられていた。

ナミの様子をみて、ウタも部下たちも悟る。

ベルメールという仲間がどうなったか。だが、今は感傷に浸るべきときではない。

戦いへの決意を燃やすときだ。

仲間の故郷の、夜明けを迎えるために。


「これより、ココヤシ村奪還作戦を開始します!!!!」 


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