端切れ話(『偉大なる商人』小ゲイブ)

端切れ話(『偉大なる商人』小ゲイブ)


フロント脱出編

※リクエストSSです




  長いあいだ付き合いのある友達から、珍しく頼みごとがあると通信が来たある日のこと。

 その日、小ゲイブは予定していた休暇を取りやめることにした。

 何せあまり隙を見せない友からの頼みごとである。少しくらい損をしても、後でいくらでも取り返せるだろうという算段があった。

 小ゲイブは一見穏やかで常にぼんやりしているように見えるが、その実シビアに物事を見ている───と、自分では自負している。たまにあり得ないほどの派手な買い物をする時もあるが、基本は慎重な商人なのだ。

 そんな小ゲイブが友からの頼みで請け負った依頼内容は、とある2人組を地球への最寄りのフロントへと送って欲しいというものだった。

 友…ハンスはこの辺りの輸送船では最大規模の船の乗組員だ。しかもただの下っ端ではなく上級役員として日々仕事に励んでいる、本来なら雲の上の存在だ。

 そんな彼からの依頼である。それも人嫌いの彼から直々に人を運んで欲しいと言ってきているのだ。嫌でも好奇心がうずいてしまう。

 小ゲイブは約束の日が近づくと、最低限の人員を残してわくわくしながら迎えに行った。途中までは叔父が連れて来ているはずだ。

 叔父を発見し、大きく手を振る。すぐに2人組と対面することになったが、ここで小ゲイブは心の中で首を傾げることになる。

 聞いた話では、上級スペーシアンに目を付けられたアーシアンの子供たちが、実家に逃げ帰るためにハンスを頼ったということだった。

 けれど、目の前の子供たちにはそんな弱々しい雰囲気はまったくない。

 女の子の方は楽しそうにニコニコしているし、男の子の方に至っては何だかやたらと貫禄がある。

 少しイメージが違ったが、まぁそういう事もあるだろうと小ゲイブはスルーすることにした。勝手に弱いイメージを持っていたが、逆に強すぎて目を付けられるという事もよくある話だからだ。

 叔父は2人組、特に男の子の方に懐かれているようで、別れ際に名前などを聞かれていた。それを微笑ましく見守りながらも、彼らに自らの名前を名乗る。

 面倒くさがった叔父は名前を口にしなかったから、代わりに自分が堂々と2人分の名前を口にする。叔父と自分の名前は同じなのである。

 この名前と言うものは厄介なもので、自分が宇宙での船乗りになったのは叔父と同じ名前にしたからだと散々家族からはからかわれている。ついでに結婚もしない所も似てしまったと嘆かれることもある。

 なら同じ名前にしなければいいじゃないかと思うのだが、亡き父が叔父と親友同士で、どうしても最初の子は同じ名前がいいと我が儘を言ったらしい。

 叔父の姉である母は、夫の珍しい我が儘だったと笑っていた。

 小ゲイブにとって、自分の名前はたまに面倒な時もあるけれど、とても好きで大事なものだった。

 だからかすぐに感付くことが出来た。2人組の名前は偽名であると。

 女の子の挙動がおかしいと言うのもあるが、男の子の方も少し違和感がある。もしかしてスペーシアンから逃げる為に名前も隠しているのだろうか。徹底している。

 これも指摘はせずにスルーして、2人を船内に案内する。いい商人と言うのは秘密を守るものなのだ。

 短い船旅ながらに少しでも馴染んでもらおうと、途中で取り扱っている荷物や地球産の加工食品についての話をする。普段なら倉庫も見せていたかもしれないが、今は閑散としているので言葉だけでの説明だ。

 元々休みのはずだったので、今はほとんどの船員たちも一旦船を降りている。だから人目を忍んで地球に行きたい彼らには都合がよかったかもしれない。誰も通り過ぎない通路に商人らしい滑らかな声が響いていく。

 2人はときどき相槌や質問をしながら、小ゲイブの説明を真剣に聞いてくれている。叔父が褒めるように本当にいい子達らしい。しかも眉目秀麗だ。これはスペーシアンなら放って置かないだろうなと確信が持てた。

 特に男の子の方はより真剣に聞いてくれている。何というか、空気が違う。切実なものを感じると言うか…少しも情報を取り逃がしたくないという熱を感じる。

 気になった小ゲイブは、2人に溜まっていた仕事を手伝ってもらう代わりに色々な話を振ってみた。

 地球の話。宇宙の話。苦労話。楽しい話。…取り留めない雑談をしながら、反応を伺ってみる。

 それで分かったのは、男の子の方は今現在の地球の情報をとても欲しがっているという事だった。

 注意深くあからさまに反応しないようにしているようだが、小ゲイブの目から見れば一目瞭然だった。

 逆に女の子の方は純粋に話を楽しんでいるようだった。コミックも好きなようで、単純に話すだけなら女の子との方が話が合いそうだ。うっかり好きなコミックの作者について長く語ってしまったりもしたが、それも楽しそうに聞いてくれている。

 しばらくそうやって観察していたが、やはり男女で反応が全く違う。女の子はのびのびとしているが、男の子はどこかピリピリしている。

 帰るところは一緒との事だが、何か理由があってすぐに実家に帰れないのかもしれない。それを知ってのこの反応なら、女の子はものすごい大物だなと思った。

 逆に男の子の方は苦労するだろう事は窺い知れた。

 小ゲイブは何だか不憫になって、これは流石にスルーせずにきちんと手助けする事にした。恐らくハンスもそれを期待しているに違いない。彼より自分の方が今の地球情勢には詳しいからだ。

 女の子が休んだタイミングで、小ゲイブは雑談をもう少し地球情勢よりに切り替えてみた。するとやはり男の子はすごい食いつきを見せて、結局は夜深くまで情報提供することになった。

 特に聞きたがったのは企業傘下の地域の情報だ。比較的治安のいい地域、更にベネリットの力が及んでいない地域の情報を一言も聞き漏らすまいとするように聞いている。

 自ずとどこから逃げて来たのか知れてしまうが、小ゲイブはもちろんそれを誰かに話したりしようとは思わない。できる商人は信用第一なのである。


 一夜が過ぎ、目的のフロントに着いた小ゲイブは、ここで少し休憩して行こうと大きく伸びをした。

 すでに彼らは船を発っている。今頃は物見遊山をしているか、次の船の予約をしている頃だろうか。

 彼らが船にいたのはたった1日だけだったが、溜まった書類仕事も大分進み、中々有意義な時間を過ごせた。ハンスにも借りを作れたことだし、一時的に損害があったとしても、あっという間に取り戻せるだろう。

 さてぶらぶら散歩でもしようかと歩いていると、フロントでは珍しい紙のチラシを配っている集団に出くわした。貰ってみると娯楽施設の宣伝のようだ。

 小規模なものだが、地球では廃れてしまったテーマパークがあるらしい。人によっては鼻白んでしまうだろうが、小ゲイブは特に気にしなかった。

 最近のフロントではきな臭い情報が多いが、地球の各地域でも色々と水面下で動きがあることは掴んでいる。

 宇宙議会連合が陰で動いているようなのだが、穏便な彼らの事だ。場合によっては地球側が力を取り戻し、このようなテーマパークが再び地球に姿を現す一助となるかもしれない。

 小ゲイブとしては歓迎すべきことだ。自身がアーシアンというのもあるが、単純に物を壊すよりも物を作る方が好ましいし、商業活動においてその方が効率がいいと考えているからだ。

 戦争なんて、くだらない。続けても先細りするだけで未来がない。

 それよりも物や情報を各地でやり取りして、人々が様々な地域で生産活動を繰り返した方がよほど豊かになるだろう。

 つまりは、儲かるネタも多くなるという事だ。

 小ゲイブは心の中で好戦的で傲慢なスペーシアンへのダメ出しをしながら、それはそれとしてテーマパークへの道を歩いていった。ほんの少し歩けば行ける距離だからだ。

 商人には、何事も切り替えて考える頭が必要である。

 面白ければ後でハンスや叔父を誘って一緒に来るのもいいかもしれない。好奇心旺盛な小ゲイブは、地球では姿を消したテーマパークとやらを視察するつもりだった。

 この日小ゲイブは、いい歳をした大人の男が1人でテーマパークに行くという無謀な挑戦を行なった。年甲斐もなく大いに楽しんで帰ったのだが、後日友人と叔父は2度目の訪問に付き合ってくれる事はなかった。

 商人だと言うのに付き合いの悪い。怒りながらそう言ったが、乾いた笑いが帰って来るだけである。


 将来の地球圏で広大な商用ネットワークを築くことになる、『偉大なる商人』小ゲイブのとある日の出来事だった。






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