信頼より
カラン カラン、夕方にさしかかろうという頃、静かなキッチンいちのせにドアベルが響いた。外にはCLOSEへ看板を裏返していたはず、それとも何か用件か。フロアの隅の席から錆丸が振り返るより早く、彼の目の前にスパナが座る。
「やはりここにいたか」
「……どうして」
「お前たちが集まれる場所はここぐらいだろう」
当然のように返され錆丸は言葉に詰まる。たしかに、錬金アカデミーという居場所も何もかも奪われたが、奮起のため4人で集まったのがここだ。しかしスパナはこれまでどこで、何をしていたのか。気になるところではあるがそれを問う前にアイザックを通して尋ねる。
〈何の用だ。宝太郎と九堂はまだ学校だぞ〉
「鶴原錆丸、スマホを出せ」
「え?」
それは予想外。てっきり2人かどちらかに用があるとばかり。しかしスパナは錆丸に手を差し出して、今すぐにと態度で急かす。席にしっかりと腰を落ち着かせてしまっているし、これは何を聞いても動きそうにない。それなら仕方ないと私用のスマホを手渡せば、スパナは自分のスマホもテーブルに出して並べだす。優れた超A級錬金術師は何を考えているのかここまでさっぱりだ。錆丸は作業の手を止めたまま、スパナの動かす手をじっと見つめていた。
それもほんの少しの間。すぐにスマホは返されてスパナも自身のそれをしまう。
「俺の連絡先を登録した。何かあればすぐにかけろ」
電話機能を開けば『よく使う項目』の4番目に新しく並ぶ彼の名前。勝手なことをと思いはしても、錆丸はスマホを渡した時点でそれを許してしまったのだ。……なんとなく、その勝手はとっくに許している気もする。
〈何かあればって、呼ぶほどのことじゃなかったらどうするんだ〉
「それはない。お前の判断に誤りはないからな」
〈そりゃどうも〉
(……また、これだ)
スパナは穿つようなまっすぐすぎる視線で見るものだから、錆丸は隠れるようにPCモニターの陰に身を縮こませた。彼のそれがひどく苦手だ。錬金術師然とした態度も、考えも、自分とはタイプから何から違いすぎる。それがどうしてか、誰にでもわかるほどはっきりと言葉にして評価されている。初めはスパナが派遣されて来てからすぐに、あの時『噂には聞いていたが』と前置きしたからにはそれより前は何を把握していたのかとか、こうなると知るのは少し怖い。
「どうして……」
「まだ理由が必要か」
〈今回は、自分と組むようには言わないんだな〉
「この状況で下手に分かれるのは危険だ、あいつらといた方がいい」
このように、認められるのは錆丸にとってむずがゆい。蓮華と肩を組み二人で誇らしげにすることもできるし、宝太郎から「すごい!」と聞くのは純粋に嬉しいかった、宝太郎へもすごいと返せる。ところがスパナからの言葉にはどうにも返せない。コミュニケーションが苦手な以上に、苦手だと思う気持ちがじわりと滲む。
小さく、ため息を吐かれた気がした。
「あとは判断に任せる」
スパナはそれだけ言うと立ち上がって出入り口に向かう。もう少しだけ聞きたいことがあるのに、待ってと言えればいいのに言葉がうまく出ない。
〈待てよ!〉
「なんだ」
〈今はどうしてるんだ〉
「信頼のおける人の所に身を寄せている、本部は当てにならん」
〈そうか……〉
「気をつけて」
スパナはほんの少し瞠目して、またいつもの顔で「ああ」とだけ言った。
スパナ視点も書きたい