保安部の語らい ヴィヴィア編
「ne vivam si abis. 」
※スタニスワフ・レムの「ソラリスの陽のもとに」、横溝正史の「夜歩く」の内容に触れております。
語らい1
ヴィヴィア「……」
ヤコウ「ヴィヴィア、何の本読んでたんだ?」
ヴィヴィア「……サイエンス・フィクション……いわゆる『SF』です」
ヤコウ「へぇ。SFって難しい印象があるけど……どんな話なんだ?」
ヴィヴィア「……興味があるんですか?」
ヤコウ「あぁ。あんまり読まないジャンルだからな」
ヴィヴィア「はぁ……説明は面倒ですが……、わかりました……。簡単に、あらすじをお話しします……。主人公はとある『意志を持つ惑星』へ降り立ちますが……その惑星は降り立った人間の記憶を読み取り、強く想っている人間のコピーを作り出すという特性を持っているんです……」
ヤコウ「え、つまり……大切な人のコピー人間を作り出すってことか!?」
ヴィヴィア「そうです……。物語の主人公の前には、自殺をしてしまった恋人が現れていました……」
ヤコウ「……」
ヴィヴィア「その惑星に、確かに意志があることはわかっているのですが……最後まで、何のためにコピー人間を産み出していたのかは、明かされません……。
ねぇ、部長。部長は……どう思いますか? 『意志を持つ惑星』が大切な人のコピーを作り出すのは、善意からでしょうか? それとも……悪意?」
ヤコウ「……」
▶︎善意
ヤコウ「善意、じゃないか?」
ヴィヴィア「ふぅん……」
ヤコウ「大切な人にもう一度会わせてあげたいって思った、惑星の善意……とオレは思うよ。主人公にとっても、自殺したっていう恋人にとっても……残酷すぎるとは思うけど……」
▶︎悪意
ヤコウ「悪意、だろ……」
ヴィヴィア「へぇ……」
ヤコウ「大切な人のコピー……。記憶を探られてそんなものを勝手に作られるなんて、主人公にとっても、恋人にとっても、冒涜以外の何者でもない」
▶︎どちらでもない
ヤコウ「どちらでもないんじゃないか?」
ヴィヴィア「……というのは?」
ヤコウ「熱いものに触れたら反射で手を引っ込める……みたいに、惑星に意思はあってもコピー人間を生み出すことに意識を向けていないというか、呼吸みたいなものかもって思ったんだ。……それにしては残酷すぎるけどな。主人公にとっても、自殺した恋人にとっても」
ヤコウ「だから、もしもオレがその惑星に降り立ったら、惑星の真意がどうであれ悪意と捉えると思う。なぁ、主人公は最終的にどうしたんだ?」
ヴィヴィア「最終的に主人公はその惑星で研究を続けます……。『意志を持つ惑星』を理解するために……」
ヤコウ「……すごいな。オレにはとてもじゃないけど、できそうにないよ……」
ヴィヴィア「…………」
ヤコウ「なぁ、ヴィヴィア、もしまた本を読んだら教えてくれないか?」
ヴィヴィア「え……? なぜ……?」
ヤコウ「お前の口から色々聞きたいんだ。気が向いた時で構わないけど」
ヴィヴィア「……はぁ。わかりました……」
語らい2
ヴィヴィア「部長……本を読み終えたので、報告に来ました……」
ヤコウ「おぉ、さすが読み慣れてるだけあって早いな。今度はどんな本なんだ?」
ヴィヴィア「推理小説です。有名なシリーズの一つなんですが……」
ヤコウ「うんうん。……ああ、ネタバレに関しては気にしなくていいから」
ヴィヴィア「わかりました……。では、言ってしまいますが……犯人は陵辱され、精神的に殺されてしまった妻の仇を討つため、様々な人間を利用し犯行を行った……語り部の男でした」
ヤコウ「語り部ってことは……いわゆる叙述トリックってヤツだな」
ヴィヴィア「はい……。詳細は省きますが、犯人の男は自分を好いている女を利用してまで……ただただ、愛する女性のためだけに、人を殺します……」
ヤコウ「壮絶な覚悟だったんだな、きっと」
ヴィヴィア「ですが、最終的に彼の復讐は探偵に止められてしまいます……一番殺したかった、妻を凌辱した男を……殺せないままに……」
ヤコウ「……」
ヴィヴィア「罪を全て解き明かされてしまい、犯人は逮捕されてしまいましたが、妻は保護され、妻を凌辱した男は恐怖のあまり正気を失います……。……最後は犯人が『自分は果たして妻を凌辱したあの男に勝てたのか、あるいは負けたのか』と自問し、物語は終わります」
ヤコウ「……」
ヴィヴィア「部長は、どう考えますか……? 犯人の男は、勝ったと言えるのでしょうか? それとも、負けてしまったのでしょうか?」
▶︎男は勝った
ヤコウ「オレは、男は勝ったと思うよ」
ヴィヴィア「……どうして?」
ヤコウ「……確かに、一番殺したかった奴は殺せなかったかもしれない。けどそいつは正気を失ってしまったんだろ? それに、妻は保護された。犯人だって生きてる。夫婦で生きているなら、これからどうとでもなるはずさ。二人には未来があるんだから」
▶︎男は負けた
ヤコウ「男は……負けていると思うな」
ヴィヴィア「部長は……そう思うんですね」
ヤコウ「あぁ。精神的にとはいえ妻が殺されているのに、凌辱した男は生きているんだろう。正気を失っているとはいえ、人を一人殺した奴に未来があるだなんて……と考えると、やっぱり負けていると思わざるを得ないな」
▶︎勝敗はついていない
ヤコウ「うーん、勝負はついていないと思うな」
ヴィヴィア「物語は……幕を閉じたのに?」
ヤコウ「確かにそこで終わったんだろうけど、これから男は服役して、おそらく出所するだろう? 話を聞く限り、死刑になるような大量殺人犯じゃないんだろうし。そうしたら、きっと犯人は妻を凌辱した男を殺しに行くんじゃないか? 何度だって……」
ヤコウ「……犯人は本当に妻を大事にしていたんだな。オレは……ちょっと同情してしまうよ、犯人に」
ヴィヴィア「私にも……わかります。犯人にとって……妻は、それほど大事な人だったようです。何も無い自分に立った一人、寄り添ってくれた人だ……と書かれていました……」
ヤコウ「そうか……。……方法は間違っていたかもしれないけれど……オレはその犯人に幸せになってほしいな。夫婦二人で」
ヴィヴィア「……はい。私も、そう思います……」
語らい3
ヴィヴィア「深淵たる闇を覗かんとするものは、同じように闇に覗かれる覚悟が必要だと……部長はそう思いませんか?」
ヤコウ「なんて?」
ヴィヴィア「不思議なんです……部長が、紙を折って月に挑まんとするその理由が……」
ヤコウ「紙? 月?」
ヴィヴィア「なぜなのです?」
ヤコウ「ええっと……、ヴィヴィアはもしかして……オレがなんで本の話を聞きたがるか気になってるの?」
ヴィヴィア「そうとも、言いますね……」
ヤコウ「あれ? 言わなかったっけ? ヴィヴィアと話したいからだよ」
ヴィヴィア「! …………私の、幽体離脱について……聞きたいんですか?」
ヤコウ「え? 何で急に……? まぁ、ヴィヴィアが話したいなら聞くけど」
ヴィヴィア「……………………」
ヤコウ「……………………」
ヴィヴィア「…………………………………………」
ヤコウ「……ヴィヴィア、幽体離脱のことについて話したくないなら、無理に話す必要はないし……そもそも、話すのがしんどいなら、オレに気を遣わなくても良いんだぞ?」
ヴィヴィア「………………わからないのです……部長が何故私にわざわざ語りかけてくれるのか……」
ヤコウ「そんなの、オレがヴィヴィアのことを知りたいからだ。一緒に仕事をする部下なんだからさ」
ヴィヴィア「……部長は、優しいんですね……私にまで、そんなことを言うなんて」
ヤコウ「普通だと思うけど……」
ヴィヴィア「ふふ…………今度は、部長のことも私に教えてくださいね」
ヤコウ「わかった。……面白い話はできないけど、そこは許してくれよ?」
語らい4
ヴィヴィア「ねぇ、部長……」
ヤコウ「んー? どうした、ヴィヴィア」
ヴィヴィア「全てを封じる堅き封印を解くための白銀が、闇に覆われてしまったら……無力な私は、ただ沈黙するしかなく……」
ヤコウ「お、おう」
ヴィヴィア「涙を流せばより……闇は力を増すのでしょうね……」
ヤコウ「悪い、ヴィヴィア。何のことだかさっぱりだ」
ヴィヴィア「……」
▶︎もしかして、カッターの刃の話?
ヤコウ「もしかして、カッターの刃の話?」
ヴィヴィア「真実は時に鋭く闇を切りさき、光明をもたらす……。あまりにも眩しい光は瞳を貫いてしまいますが……」
ヤコウ「見せてみろ。……あー……もうだいぶ錆びてるな。換えたほうがいいんじゃないか?」
▶︎もしかして、何かの本の話?
ヤコウ「もしかして、何かの本の話?」
ヴィヴィア「……ある意味では正しく、ある意味では過ちであり……それを判断するには、その瞳で見てもらうことこそ、たった一つの冴えたやり方かもしれませんね……」
ヤコウ「ん? カッター? ……あー……もうだいぶ錆びてるな。換えたほうがいいんじゃないか?」
▶︎もしかして、ゲームの話?
ヤコウ「もしかして、ゲームの話?」
ヴィヴィア「大海原に出た船は、灯台の光が無ければただただ、彷徨うばかり……」
ヤコウ「ご、ごめん。違ったか……」
ヴィヴィア「真実へ至るために、部長の瞳に闇を映すことこそ、たった一つの冴えたやり方……そう言うことですね」
ヤコウ「ん? カッター? ……あー……もうだいぶ錆びてるな。替えたほうがいいんじゃないか?」
ヤコウ「確かこの辺に替刃が……あれ。無い」
ヴィヴィア「……」
ヤコウ「もしかして、カッターの刃を買ってほしいってこと?」
ヴィヴィア「……」
ヤコウ「なーんだ。それなら明日にでも買いに行こうか」
ヴィヴィア「良いんですか……?」
ヤコウ「それぐらいなんてことないよ」
ヴィヴィア「…………ふふ……」
語らい5
ヴィヴィア「これで、必要なものは全て買えましたか……?」
ヤコウ「あぁ。替え刃も買ったし、これで全部だ」
ヴィヴィア「ならば、我々の在るべき場所へと戻りましょう……」
ヤコウ「だな。……あ、そうだ。ほら、ヴィヴィア」
ヴィヴィア「これは……カッターですか? 一体どうして……?」
ヤコウ「普段使ってるやつ、結構昔から使ってるんじゃないか? ちょうど良い機会だし、買い替えたら良いんじゃないかなって思ってさ」
ヴィヴィア「…………何でも無い日に贈り物をもらうなんて……初めてです」
ヤコウ「贈り物なんてもんでもないけど、喜んでもらえて良かったよ」
ヴィヴィア「…………はぁ……いつか死にたい」
ヤコウ「今!?」
ヴィヴィア「……部長は、優しいです。私なんかに、心を配ってくれる……優しい言葉をくれる…………。部長の優しさを受け取るたびに……ここを死に場所にしたいと、そう考えてしまいます……」
ヤコウ「……オレは、お前が死ぬのは嫌だよ。お前はアマテラス社保安部の重要な戦力なんだから。それに、お前がいてこそのみんなであり、オレなんだからな。忘れないでくれよ」
ヤコウ(俯いているヴィヴィアの頭をくしゃくしゃと撫でる。ヴィヴィアは、なされるがままだ)
ヴィヴィア「あぁ……髪が崩れてしまう。……けど…………ありがとうございます……部長……」