便利屋
ブルーアーカイブ「…ただいま、カヨコ、ムツキ、ハルカ」
誰も居ない便利屋68の事務所で私はそう呟く
つい数ヶ月前はあんなに賑やかだった空間は消え去り、今は音ひとつしない
「久々に帰ったから埃が凄いわね…少し掃除しようかしら」
とりあえず、目についた場所を丁寧に掃除していく、一通り作業を終えた後、私は今世界で1番大切な物に手を伸ばす
「…いつ見ても綺麗ね、貴方達…ただの写真だというのにキラキラしていて輝いている…今の私とは大違いね」
彼女が見ている物はカヨコ達の遺影だった
濁り切った目をしながら彼女は目の前にある遺影をとても大事そうに布で拭いていく
その様子にはかつての面影など一つも残っていなかった
「……」
仏壇に手を合わせて合掌した後、ソファで横になる
…カヨコ達が死んでから、彼女はずっと一人で孤独に戦っていた
それまでの優しい彼女とは違い、ありとあらゆる手を使って犯人を追っている
たくさんの人を詐欺で嵌めては金を稼ぎ、時には圧倒的な武力で敵を叩きのめし、いつしか名うてのアウトローとして世間からは恐れられていた
かつて自分が願っていた夢が叶ったというのに全く嬉しくない、むしろあの時にこれだけの力があればと無数の後悔ばかりが浮かんでくる
しかし何も得なかった訳じゃない、アビドスの借金など軽く返済できる程の金が手に入ったし、得た金を使って身体を改造して強くなる事が出来た
そしてなによりカヨコ達を殺した犯人を少しずつだか捕まえる事が出来ている
あと三年もあれば犯人を全員捕まえる事が出来るだろう
少しずつだか確実に事態は好転しているのにも関わらず彼女の心は虚しさしか抱えていなかった
「復讐を終えた所であの子達は帰って来ない…先生にももう合わせる顔が無いし…どうやって生きていけばいいのかしらね、私」
夢も叶った、復讐も果たした。そんな未来を想像しても少しも良い気分にならない
全部終わったらもういっそのこと自殺しようか…そう考えていたとき玄関からインターホンが鳴った
「…ん?誰かしらこんな時間に…すぐ出るからちっょと待ってて頂戴」
もう真夜中だというのに一体誰が?という疑問を抱きつつもソファから立ち上がり、念の為近くに置いてあった銃を手に取りながら玄関へと足を進める
ドアの前に立ちドアノブに手を伸ばし出ようとしたその瞬間強烈な違和感に襲われる
(いやいやどう考えてもおかしいじゃない!今の便利屋周りには大量のトラップを仕掛けてあるのよ!?それなのになんで物音1つしないのよ!!!)
カヨコ達が死んでから本格的にアウトローとして活動した時に防犯目的としてムツキが使っていたトラップや地雷、それに有り余る金で無名の司祭から買上げたオーバーパーツ、デカグラマトンの遺物を大量に配置したのだ
自分には作動しない様にいちいち設定するのは面倒だったが、その甲斐もあってか今まで報復として事務所を襲おうとした温泉開発部や美食研究会、風紀委員長、カイザー、さらにはミレミアムとSRTとで手を組んだ先生をも返り討ちにしていた
そんな圧倒的な性能を誇っていたトラップが作動すらしていないのはあまりにも不自然だった
(一体誰が…?あの風紀委員長でさえ突破でき無かったのにどうやって…)
インターホンの画面を見てみるが真っ暗な外の景色以外何も映っていない
それどころか気配すら感じ無いのだ、ここまで辿り着いたと言う事は相当な実力者である筈なのにギヴォトスの強者特有の威圧感や殺気は一切感じられないのがより不気味だった
(風紀委員長…?いや今は失踪中で行方不明なはず…仮にそうだったとしても私が何も感知しないのはおかしい…)
必死に考えるも全く対象を絞れず不安ばかりが胸に広がっていく
あれだけ悪事を重ねた今の私に味方をする人は誰もいないだろう
となれば風紀委員長以上の化け物が私を殺しに来ていると考えるのが自然だった
(どうしましょう…ここまで来た化け物相手に戦って勝てる気はしないし…かといって逃げる訳には…)
一瞬隠し通路から逃げる事も考えたがすぐに思い直す
この場所は彼女達が生きた最後の証
復讐をする為、そしてこの何よりも大切な思い出を守る為に、私は誇りも信念も友情も何もかも捨てて来たのだ
それを今更捨てる事なんで出来る訳がない
(やってやろうじゃない…私だって強くなったのよ…なにがあってもここは絶対に守り抜いてみせる……!)
そう決意し、私は勢いよくドアノブを引いた
「動かないで!武器を置かなければ撃つわ…よ?」
勢いよく外に飛び出そうとしたが思わず足を止める
目の前にいたのはただの黒猫だった
別にめちゃくちゃデカいとかそういう訳はなく本当にただの一般的な子猫であった
一体どんな化け物が待ち構えているのかと思っていた私は呆気に取られる
「えっ、なんで…ぇぇ…?」
あまりに予想外の出来事に思わず困惑してしまう
見たところこの子猫以外には誰もいないので恐らくこの子がインターホンを鳴らしたのだろう
ただの子猫がどうやってここまで来たのか?何故インターホンを鳴らせたのか?本当は別の誰かが隠れているのでは無いのか?
いくつもの疑問が頭に浮かんで整理出来ない
「にゃ〜ぉ」
「……ん?その鳴き声、その見た目…あっ!あなたもしかして、よくカヨコが世話していたあの野良猫!?」
カヨコが生きていた頃よく世話していたのを思い出す
他の猫と違って異様な程運動神経が良く、賢かったのでよく記憶に残っている
壁を垂直に登り、呼ばれたら返事をする姿を見てよくドン引いていたものだ
「にゃっ!」
「やっぱり!返事もしてるし間違いないわね…でもなんで急に…もしかして餌が欲しいのかしら?」
昔カヨコがにゃぁにゃぁ猫の声真似をしながら餌をやっていたのを思い出す
この子は自分から餌をねだりに来ていたので、恐らく今回もお腹が空いて食べ物をねだりに来たのだと考える
子猫の小柄な体格とこの子特有の運動神経でトラップが作動せず、持ち前の賢さでインターホンを押せば私が出てくると理解してそれを鳴らしたのだろう
そう思うと一気に緊張が抜け、肩の力が抜けた
同時にあれだけ警戒していた自分が馬鹿馬鹿しく思ってしまう
「こんな子猫相手に私は一体…まぁいいわ、缶詰め持って来るからちょっと待ってて頂戴」
私は缶詰を取ろうと部屋に入ろうとする
「本当?ありがとう、嬉しいよ。じゃあもし良かったらマグロ味を用意してくれないかな」
「わかったわ、すぐ持ってくる…え?」
気のせいだろうか、何故か人間の声が聞こえたきがする
もしかしたらやはり誰か隠れていたのか、そう思い急いで外を見渡してしまう
「どうしたんだいアル?そんなにキョロキョロして、僕と君以外には誰もいないから安心しなよ」
「えっ、ええぇ!?猫が喋って…えぇっ!!?」
「そこまで驚くとは思って無かったな…まぁいいや、立ち話もなんだしこの家の中に入っていいかな?」