例として見せるために適当に書いたSS
In her room at Lichtreich wounded creature waits dreaming.「いやあ……おめでたい事だぜ。本当にめでたい」
「お前の頭のことならいちいち言わずともわかっているぞ」
「うるさい」
わざと軌道を逸らすようにして放たれた美しい右ストレートを最低限の動きで躱すと、男は声を可能な限り小さくしてヴー…と唸り声をあげている女の耳元に遠慮がちに近寄って囁きかけた。
「いいからその口は閉じておけ。今の陛下の様子を見て、心が痛んだりはしないのかお前は。一応、妹なんだろうが」
一応とは何よ一応とは、と口を尖らせながら、女がウェーと言うように口元を歪める。
「なんだよ。今回のに関しては完全に兄様が悪いだろ。他の人との喧嘩は何回止めても出ていっちゃうのに、こういう動くべき時には何回言っても動かないのってどうかと思うの。積極性の割り振り、逆にするべきだろ!どう考えても!」
キャハハ、と声を上げ両足を揺らす女を見ながら、男が心底呆れたような声をあげた。
「あのなあ、逆の立場だったらどう思うかとか……」
「私、阿られるのキラーイ。欲しいものがあって、今私の手中にない理由が他人の不幸に関係ないならそのまま手にいれるし」
「……はあ」
「あーあ、まさかカサネに相手ができちゃうとはなあ。私、そういうのを邪魔する趣味はないし、寂しくなるかも。オマエも実は結構好きだったりしただろ。寂しい?」
「いや………その」面白いものを観察する目になった女の視線から逃れるように、男がついと眼を逸らす。「流石に陛下ほどには……」
「ほらあ、オマエだってあれが流石にみっともないって思ってるんじゃない!」
「恣意的な切り取りはやめて頂こうか」
頭をグイグイと押される度に、女は「うえー」と声を漏らす。
「大体だな……お前だって、その…………黙って座って微笑んでいればそう悪くもなかろうに。何をそんなに他人事のような顔をしている」
「本当にそう思う?」
肘から先がない左腕をひらひらと振って、女が口元を歪に吊り上げた。
「どんなに笑顔で座ってても、人喰いの怪物は人喰いの怪物でしょ。ま、私は好んで食べたりはしないけど」
「………………………」
「別に気にしてねえよ。異分子を排除するというのは、いわば共同体という概念を持つ生物共通の病理です。だとすれば、私にできることは異分子でないと判断される日までそう信じてもらえるよう振るまうだけよね」
「いや、」
「それに、なんだか私って黙って座ってるのが難しい生き物みたいだし。私、自分が好きになった相手まで巻き込んだりして迷惑がられたら嫌だなあ。それに––––––」
「––––––第一に、」ようやく中身が思い付いたかのように、男が遮るかのような声をあげた。「第一に、陛下がお許しにならないだろうからな。仕方ない」
「あ、そっかあ」
ぽん、と両手を打ち、女がどこか乾いた笑い声をあげた。
「確かに、すっごく怒られちゃうかも。……まあ、どっちにせよ、無理って話だよな」
これはどう返すべき状況なんだ?
男は内心で頭を抱えた。普段周りに気遣いを見せるようなことはそうそうしない–––––特に、目の前に座っているような生き物と同種のものに対しては–––––それ故に、適切な対処法がよくわからない。
これは“あの”“あれ”に結婚を申し込んで頷かせるまでに至った(ある意味)怪物を見習って小粋なトーク技術でも見習っておくべきだったのか、いやしかし目の前の“これ”もなかなかに普通の話法では通用しない生き物だし……
……とそのような事を考えながら黙っていると、女が今度は満面の(しかしながら意味合いとしては面白い遊びを思いついた時の)笑みを浮かべていた。
「だから代わりにオマエが頑張ってね。お祝いの言葉ぐらいは送ってやるよ」
「は?」
「なにせいじわるヒューベルトだからなあ……祝いに来てくれる人、私以外誰もいないかもしれない」
「流石にそれはない」
これに関しては即座に否定しなければならない。流石にいるだろう。アルゴラとか。いるよな?
目の前の女が謎の自信をもって断言すると、なぜか確信を持って否定できるはずのものまで実はそうでもないんじゃないかと思えてくる。そういうところは、つくづく不思議なところだった。
「……オマエはいじわるだけど、いつもこうやってお見舞いには来てくれるところはいいところだと思うぜ。そういうところを頑張って伸ばしていけば、兄様からの覚えもよくなるだろうしきっとモテもするでしょ。それこそ、黙って座って微笑んでいればそう悪くもないんじゃない?」
「いやだからそのようなことに興味があると言った覚えは––––」
「はい異論は認めなーいお話おわりー。そう暇でもねえだろ?さっさと帰れ。そもそも乙女の部屋に長居すんな」
こういう状態になった時の女は、まず翻意しないと相場が決まっている。
そうなれば、下手に逆らわずその通りにするのが精神的には得策。男も例外なくそれに則り部屋を退出しようとし––––扉の前で足を止め、意を決したように振り返った。
「……それ、治るものなのか」
「うーん……ちょっと霊圧の相性が悪いし、綺麗さっぱりなくなっちゃったものを治すのは初めてだからなあ。あと七日ぐらいはかかるかも?」
答えを返して用事も終わったはずなのに、なぜか男はドアの前から動く様子を見せない。なぜなのだろうかと首を傾げていると、ようやく絞り出すように次の言葉が続けられた。
「陛下に、もっと顔を見せてやるように進言しておく」
「……?ん、ありがと」
ドアが閉まる音。
こうなってしまえば、できることはあまりない。
読書も絵も刺繍も片手では今ひとつ不便なものだし、先日まで付けられていた護衛は現在蜜月期のはずだ。そういうことを一々気にしたり喜ぶ手合いだとも思わないが、お相手の方が気にする可能性を考慮して無理に呼んだりはしない。一応、気が回るいい女を志している身分である。
「……寝ましょう。再生能力が上がったりすることも無きにしも非ずかもしれませんし……」
ぼんやりと天井を見上げて、女がほう、と息を吐いた。
「……果たして、本当に来るものなのでしょうかね?」
病とは、一個人がどうこうしたからと言って治るものではないから病たりえるのである。
というか、見渡す限りでもほぼ全ての者が侵されているのであれば、それはそうでないものの方がおかしいのだろう。
「………………本当に今度こそ寝ましょう。暇だと頭がおかしくなります」
そう言って、無理矢理に目を閉じる。実の所つい一・二時間前に目が覚めたばかりなので全くもって眠くはないのだが、目を閉じて温まれば勝手に眠くなる程度の自分の知性に欠ける様子については、女は全くもって自信があった。