何者かになりたかった大学生(20)が考えたコストのこと

何者かになりたかった大学生(20)が考えたコストのこと

モエピス(野上萌)

こんにちは、初めまして。お久しぶりです。

モエピスこと野上萌と申します。

ちょうど前回の大地の芸術祭(2015)の時期に2ヶ月ほどギルドハウス十日町に滞在させていただきながら、大塚眞さんの元で「toiz」のインターン生をしていました。

現在は大学を卒業し、大学院生をしています。


今回私は、3年前の大学生だった20歳頃の私が考えたコストについてお話ししようと思います。

ギルドハウス十日町はとても居心地がいい。そこには確実に言語化そして数値化できない豊かさがあると思います。

行ったことがない人に説明する時少し難しいと感じたことないですか?

相手が都市部の人だとなおさら、彼らは言語化、数値化、視覚化しやすいに囲まれて暮らしている訳なので難しい場面があるような気がします。

だから、大阪で育った私がなぜ自分のバイト代を使ってtoiz十日町支部のインターンに行ったのか、どう行ったのか、何を考えていたのかを振り返ってみようとおもいます。



時間を換金したそのあとに残るもの

4年前、私は何かをしたくて、何者かになりたくて大学に入ったはいいものの

その何かはわからないまま入学してからは授業もそこそこにサークルとバイトに勤しむ時間を過ごしていました。

当時の私の時給は950円。月平均6万円。実家暮らしで学費は親に甘えていたので、バイト代は丸っと自由に使えました。

学校のお昼代やサークルの人といく飲み会費で月2万は消える。これはどうしようもない、どうする気もなかった。当時の私はその残りを何にいくらつぎ込むかによってその後が変わると感じていました。(いや、正直いうとそこまで深く考えるほど真面目でなかった気もするけど)

でも、

「一番お金や時間がかけたものが、その人の強みだ」と道端にいたおじさんが言っていました。

好きなものがわからなくなった時、ふと思い出す言葉です。



コストをかけたもの

20歳手前の私は何者かにならなきゃいけない!なるぞ!と思っていました。今はそこまで思わないけれど。

勉強は好きじゃなかった。バランスよくどの教科も頑張る!みたいなことができなかったので

自分が興味があるかもということについて、文献を使った勉強ではなく実地で学んでみようと思いました。

自分の武器になるものがわからなかったから、とりあえずできることからやってみようと。

その興味があってできそうなことからお金をかけてみようと思いました。

当時の興味は地域がアツいらしいけど、なにが起きているの?ということでした。



もしかしたら入り口はすぐそこにあるのかもしれない

とりあえず「地域 プロモーション 会社」で検索して出てきたtoizのメールに「初めまして、お話聞かせてもらえないでっか」とメールを送ってみました。

(と、簡単に言ったものの本当は何もない自分はただのお荷物だしどうしようという葛藤はあった)

そしたらtoizの大塚さんからなんと返事が返ってきたので、2ヶ月十日町にお邪魔させていただきました。

自分なんてと何かとできない理由をつけずに、まずは進んでみることから始まるのかもしれないと思った瞬間でした。

あと、なにより大きいことは十日町ですごした期間同じようなことをなんども感じました。

他の地域でもフィールドワークをしましたが、十日町はダントツで人を受け入れるハードルが低い人が多いと感じました。

大塚さんが、しがない学生の私のメールを返してくださったことから始まったことだと心の底から思います。

ゲッチュしたもの

コストをかけて一歩なにか進んでみること(そんな大それたこととは思っていなかったけれど)のおかげで

縁のなかった土地にこれまで縁のなかった人にたくさん出会い

自分のしらなかった考え方に触れ感じて考えて自分なりの視点を得ることができました。

私はその後ギルドハウス十日町を改修していたパーリー建築の追っかけとして2年間ドキュメンタリーを撮ることになるのですが・・・その話はまた今度します。

私は大阪が地元なのに新潟にも鳥取にもその他にも「お久しぶりです」と言える人がいる。

それは何かやってみる。その時にコスト(お金と時間)でえた財産です。


あと私の家は厳しく、大学入学時は懸命に頑張ったけれど望まれるような大学に届かなかった自分のことを好きになれませんでした。気づかないうちに見えない圧力を感じていました。

でも、自分で動いて知らなかった世界から刺激を受け考えるという流れを経て案外人生楽しい!なんとかなるかもと自信がつきました。

血のつながりや育った地元とは違う繋がりで私を知っている人がいるということ、自分で考えて得た視点というのは

案外なんとかなるかもという余裕みたいなものをもたらしてくれています。


就活で話すネタを作ろうと思って

東南アジアへのチケットをとって象使いライセンスをとっても

残るのは。。。



無理してお金と時間をかけるよりも

なんとなくチケットをポチってしまったり

スケジュール帳を開いてしまう先に

出会うべき人や世界があるのかもしれない。

そしてゆるく長く続けたい関係もそこにあるのではないかな。

その先に自分がなりたい自分がいるのかも。